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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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冒険者と行商人

 三の刻の鐘が鳴るとユウとトリスタンは個室を出た。そのまま外に出ると市場に向かう。今朝は雪がちらついていて地面が白い。


 ほぼ1週間ぶりの外出で2人はすっかり浮かれている。空は一面どんよりとして気候も底冷えしているがお構いなしだ。


 市場は以前と同じく雑多な活気に溢れていた。ユウたち3人はここしばらく緊迫していたがそんな影響は微塵もない。いつも通りである。


 雑踏の中を歩いてユウが最初に向かった先は以前寄ったことのある串肉を扱う屋台だ。その前に立つと店主に声をかける。


「おじさん、1本ください」


「俺も」


「あいよ! あんた、前に食べに来てくれた冒険者だな。仲間を連れて来てくれたのか」


「そうですよ。1度食べてもらおうと思ってね」


「嬉しいじゃないか!」


 たまたま来客がないこともあって、ユウとトリスタンは店主も交えて雑談をした。冒険者パーティのひとつが無茶なことをして塩ギルドにしょっ引かれたという話以外、特に覚えておく必要もないことばかりである。


 食べ終わった2人は再び市場を巡った。魔塩の買取屋が並ぶ路地を歩くと冒険者や商売人や人足が麻袋を持って店を出入りしている。エッベとよく通った店舗の前を通ったときは、気付いた店主から目で挨拶をされたので同じように返礼した。


 昼からは町の東の外れに2人揃って向かう。昼からはちらついていた雪が止んだので、空いた場所で久しぶりに組み手をした。部屋に閉じこもりっきりだった反動だ。昼下がり、空が朱く染まりきった頃に白い息を吐きながら2人は動きを止めた。体の芯から温かい。


 大きく吸って息を吐いたユウがトリスタンに声をかける。


「そろそろ戻ろうか」


「そうだな。あー、久しぶりに動いたな」


 日没が近づく中、ユウとトリスタンは路地を歩いた。まだ五の刻にもなっていないので歓楽街の人通りは多くない。


 隣り合って歩きながら雑談していたところ、トリスタンが話題を変えてくる。


「ところで、ユウはまだあの魔塩の残りかすってやつを舐めているのか?」


「最近は舐めていないよ。あれは冷える夜の見張り番のときに舐めるだけだから」


「体が温かくなるんだよな」


「お願いした精霊が温めてくれるんだと思う」


「そのために舐めるのかぁ。お駄賃みたいなものか」


「僕の感覚だと薪代なんだけれどね」


「普通の塩なら止めておけって言うんだが、お前の場合ちゃんと意味があるからなぁ」


「なんか、ごめん」


「あんまり舐めすぎないようにな」


 何とも言えない表情を浮かべたトリスタンに対してユウは申し訳なさそうに返した。塩分の取り過ぎが良くないことはユウも知っているので食べ過ぎには気を付けようと改めて自分を戒める。


 宿の個室に戻るとエッベが戻っていた。2人を見て立ち上がる。


「2人とも戻って来ましたね。六の刻頃に3人で祝杯を上げようと思っていたんで、誘おうと待っていたんですよ」


「もちろん行くよ」


「それと、今回の報酬を渡しておきます。ほぼ2週間ですので金貨2枚ですね」


「後半は部屋に閉じこもっていただけなんだけどね」


「魔塩の採掘より部屋の中にいた方が儲かるとはなぁ」


「今回のは例外ですよ。さすがにあんなのばっかりじゃ、あっしが文無しになってしまいますって」


 エッベがおどけたところで全員が笑った。ユウとトリスタンは大金が入ってきたので機嫌が良い。


 そんな2人に対してエッベが更に告げる。


「あっしはこれから町の中の商人ギルドに行ってきます。最近ある程度貯まった金を別のもんに換えたいんで」


「エッベもそういうことをするんだ」


「ということは、ユウも金がまとまったときは他のもんに換えるんですか?」


「うん、トリスタンもするよ。いいなぁ、僕とトリスタンも付いていって良いかな?」


「部外者だと難しいんじゃ。それに、町に入るとなると銀貨1枚がかかりますよ。どうせなら、あっしがまとめてやりましょうか?」


「良いの?」


「構いませんよ。何をどのくらい交換したいんですか?」


 思わぬ申し出にユウとトリスタンはエッベに自分たちの希望を伝えた。可能だと返事をされると必要な金額をそれぞれ手渡す。


 あまり時間はかからないとエッベに伝えられた2人は宿の個室で待つことにした。今から出かけるとなると歓楽街になるが、そこで受け取るには大金過ぎるというのもある。


 ということで、日が暮れた後、ユウはトリスタンと共に宿の個室で雑談を始めた。




 日が暮れて鐘1回分以上過ぎた六の刻頃、ユウたち3人は酒場に来ていた。既に料理と酒はテーブルに並べられており、全員が木製のジョッキを持っている。酒盛りは既に始まっていた。


 喉を慣らして木製のジョッキを空にしたエッベが笑顔を浮かべる。


「やっと一段落着きましたねぇ。これで安心して魔塩を採掘できるってもんですよ」


「塩脈の候補はいくつかあるんだろう。大儲け確実じゃないか」


「トリスタン、本当に採れるかどうかはやってみないとわからないですしねぇ」


「でも最初の塩脈は当たりだっただろう。他のもその可能性は高いぜ。まったく、いい爺さんを持ったよな」


「まったくです。ここで掘って掘って掘りまくって大金を稼いでやりますよ。やり方はわかりましたからね。何とかなります」


 給仕女から代わりの木製のジョッキを受け取ったエッベがすぐにそれへと口を付けた。いつになく機嫌が良さそうだ。


 その様子を見ていたユウは先程宿の個室で受け取った砂金のことを思い出す。あれでまた結構な量になった。故郷に戻ったときにどのくらいになっているか楽しみになる。旅に出た当初は金貨が大金の象徴だったが今は少し感覚が変化していた。稼げるようになった証拠だろう。これからもこうありたいと思った。


 途中から黙っていたユウに対してエッベが声をかける。


「ユウ、どうしたんですか?」


「なんでもないよ。ちょっと先のことを考えていただけだから」


「先と言えば、ユウたちは次に冬の森に行くんでしたっけ」


「そうだよ。大きな遺跡が見つかったって前に聞いたから、僕たちも行こうと思うんだ」


「どんな遺跡なんです?」


「まだ何も調べていないんだよね。前にソルターの町を通り過ぎたときは深く聞かなかったし、ロルトの町に着いてからはずっと魔塩の採掘だったから」


「あのときはエッベが前のめりで先を急いでいたからな」


 横からトリスタンがにやにや笑いながら口を挟んできた。エッベが苦笑いをする。


「どのくらい大きな遺跡かは知らないけれど、色々と探索してみたいとは思っているよ」


「地下があったら面白そうだよな。下水路みたいには臭わないだろうから、探索を楽しめるんじゃないか?」


「下水路って何ですか?」


 事情を知らないエッベが説明を求めた。そこでトリスタンが自分の故郷の地下について語る。都市を支える下水路網の壮大さを懐かしそうだった。


 それが一段落すると、エッベは再びユウに話を振る。


「トリスタンの故郷の地下がなかなか大したものだということはわかりました。冬の森の遺跡もそのくらい大きかったらさぞ探検のし甲斐があるんでしょうね。で、そこが一段落したらまた次の所へと行くわけですか?」


「そのつもりだよ。この島から出て西に向かう予定だね」


「マギスの町から一旦船で外に出た後、陸路で行くんですか? それとも海路で一気に西へ行くんですか?」


「エッベはどっちの方が良いと思う?」


「船のことは良くわからないんですよねぇ。この島に渡るときに初めて乗ったくらいですから」


「そうだったね。そうなると、マギスの町に戻ったときに考えるしかないかな」


「ただ、陸路で西に行くのなら、マギスの町から船でルゼント帝国のウェスラの町に渡った方がいいですよ。あそこから南に伸びてる街道をひたすら進むだけで西方へ抜ける山越えの街道に行けるはずですから」


「そうなんだ。ちなみに、ティパ市に戻って街道を進んだらどうなるの?」


「大きな川を最低2つは渡らないといけないですし、何より国境を越えないといけなくなります。西方に行きたいのなら回り道になりますからお勧めできませんね」


 思わぬ話を聞けたユウはトリスタン共々目を丸くした。


 そんな2人にエッベが木製のジョッキを突き出す。


「何にせよ、まずは冬の森で大活躍してください。あっしを儲けさせてくれた2人だ、そのくらいは楽勝でしょう」


「ありがとう。お爺さんの教えがあれだけ正確だったら、今後もうまくいくんじゃないかな。それに、この町に来てからの手腕を見ていると、一山どころ二山以上稼げそうだよね」


「俺もそう思う。お互い頑張ろうぜ!」


 それぞれがお互いを励ます言葉を言い合うと3人は突き出した木製のジョッキを傾けた。その後も楽しい宴会は続く。


 この晩は3人で夜遅くまで飲み続けた。

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― 新着の感想 ―
エッベ、ずっと2人の懐事情や行動をやたら窺ってくるからいつ本性表すか疑って読んでました ほんとにただ山っ気のある下積み商人だったんか いやでも要所要所でそつのない行動するし、てっきり裏があるとばかり …
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