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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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不埒者への行商人の対応(後)

 何とか自分たちの荷物だけは確保したユウたち3人はできるだけ急いで下山した。身の危険を感じてではない。エッベの策を次の段階に進めるためだ。


 2日かけて日没直前の町に戻った3人は真っ先に自分たちの宿に戻る。次いで酒場へと向かった。


 その途中、エッベが2人に確認する。


「相手が正しき炎(レッツフランマ)だってわかったんで、この後は予定通りに聞き込みをお願いします。その結果によって明日の対応が変わってきますんで」


「わかっているよ。明日が勝負の日になるんだよね」


「忙しくなりそうだぜ」


 不敵な笑みを浮かべた3人は歓楽街へと入ると個別に分かれて酒場へと入った。そうしてそれぞれの方法で酒場にいる冒険者やその他の者たちに話を聞いて行く。


 その結果、正しき炎(レッツフランマ)についてある程度のことがわかった。オロフたち4人は地元の貧民出身の冒険者で主に魔塩の採掘で生計を立てているパーティだ。町では金に卑しいことで有名である。そんな4人の稼ぎは不安定でまた金遣いも荒いため、金に困っていることが多いらしい。最近は同業者や行商人などが個人で採掘する塩脈を狙って問題を起こしている。秋には奪取に失敗した採掘場を崩落させて喧嘩沙汰にまでなった。しかし、その喧嘩にも負けて近頃はすっかり肩身の狭い思いをしているらしい。


 酒場での聞き込み調査を終えたユウたち3人は宿の個室に戻る。そして、自分たちが聞いた話を仲間と共有した。


 相手の評判を知ったエッベが喜ぶ。


「こりゃぁ都合がいいですね。下手に仲間内の評判が良かったらやりにくかったですよ」


「ということは、明日の勝負には勝てそうだってことかな?」


「恐らく勝てるでしょうね」


 自信ありげにエッベがうなずいたのを見たユウとトリスタンは安心した。


 翌朝、ユウたち3人は三の刻を待って市場へと出向く。ここでも酒場同様に3人はばらばらになった。


 ユウは屋台の並ぶ一角へと向かう。黒パンに何かの肉を挟んだ物をひとつ買った。その際に店主と話をする。


「これ、おいしいですね。たくさんの人が買いに来るんじゃないですか?」


「もちろんさ! みんなの評判になってるんだぜ」


「その中に僕のような冒険者って多いんですか?」


「さすがに少ないね。ここはほら、塩ギルドの人足が多いからな」


「ということは、冒険者がここに来ると目立つんだ」


「まぁそれほどってわけじゃないが。でもどうしてそんなことを聞くんだ?」


「いや実はね、ちょっと正しき炎(レッツフランマ)っていう冒険者パーティについて聞いた話があるから、知っていたら教えてもらおうかなって」


 そうして、ユウはあらかじめ流布するために用意した話を店主に話した。正しき炎(レッツフランマ)が秋に捨てられた塩脈を掘って一山当てたらしいこと、最近羽振りが良いこと、金に困っているという評判は偽装していることなどを吹き込む。


 一通り話し終えると別の雑談に切り替えて、手にした食べ物をすべて食べ終えると次に向かった。これを繰り返してゆく。また、市場だけでなく、昼食と夕食のときに酒場でも触れて回った。


 1日が終わると3人は宿の個室に集まる。七の刻を回った辺りで全員が揃った。


 最初にエッベが他の2人に話しかける。


「2人とも、首尾はどんなもんですか?」


「とりあえず、話せるだけ話したよ。市場の屋台や酒場でね。あれが広がるかは様子を見ないとわからないけれど」


「俺も市場だけでなくて賭場でも話をしてきたぞ。食いつきは悪くなかった。そっちは?」


「あっしの方も上々です。魔塩の買取屋には話を付けましたし、塩ギルドへもタレ込んでおきました。あの様子だと調査をしてくれるでしょうね」


 トリスタンの問いかけにエッベが機嫌良く答えた。


 この行商人の言う魔塩の買取屋への話というのは、懇意にしている魔塩の買取屋の買収についてである。今まで売った魔塩をオロフたちが売ったことにしてもらったのだ。更に塩ギルドへのたれ込みというのは、秋以降のあの魔塩の塩脈に関する報告である。エッベたちは鑑定人の鑑定後、10月中にはあの塩脈を放棄し、その後にオロフたちが早い段階で魔塩の採掘をして塩脈を掘り当てた可能性について説明したのだ。


 今まで3人がやって来たことを整理すると、エッベが諦めた塩脈を後からやって来た正しき炎(レッツフランマ)が採掘して一山当て、しかも塩ギルドに内緒で今も掘り続けているということになる。


 塩ギルドがある程度黙認するという話はあるが、その目安は採掘を始めて1ヵ月程度だ。さすがに2ヵ月以上魔塩を採掘してるのに黙ってると盗掘扱いされる。また、今までエッベが市場の買取屋に魔塩を売却した事実は消せないが、買取屋を買収することで誰が売ったのかという部分をオロフたちに変更したのだ。


 ここでひとつ疑問が湧いてくる。市場の魔塩の買取屋には塩ギルドの息がかかっているのだ。こんな話を持ち込んでも拒否されるのではないかと。しかし、現実にエッベは買取屋の買収に成功した。これには買取屋の思惑がある。はっきり言うと、どちらに味方をした方が儲かるのかという話なのだ。これまで良質な魔塩を定期的に売却してくれた者と1度も取り引きしたことがない者を天秤にかけた結果である。ただ、察しが良い者ならこの時点でエッベがほとんど黒であることに気付く。実際にエッベと取り引きした買取屋も勘付いた様子だった。発覚すれば自分も連座してしまう。それでも応じたのは、今後も同じ取り引きをしてくれることを約束してもらえたからだ。それだけの信頼をエッベはこの3ヵ月で積み上げたのである。


「エッベ、その買取屋ってこっちを裏切る可能性はないの?」


「今後も同じように取り引きをするって約束をしましたから大丈夫でしょう。向こうに寝返っても何の利益にもならないとわかってるんですから」


「塩ギルド関係者でもこういうことをするんだ」


「関係者といってもギルドは別ですからね。買取屋のギルドは傘下みたいな扱いだそうです。ですから、上納金が増えるならそれは塩ギルドのためでもあるってのが相手の言い分でしたね」


 尚も疑問のあったユウもエッベに質問をした。市場にもギルドがいくつもあるのは知っているが、内情は複雑なのだなと改めて感じる。


「さて、後はこの宿を引き払って別の宿に行くだけですね。明日は引っ越しとしゃれ込みましょう」


「こんな噂が広がっていると知ったら、そりゃ襲ってくるだろうな」


「そういうことです。ですから、2人も引っ越した後はしばらく部屋に引きこもっていてください。塩ギルドが連中を捕まえようと動くまでは。まぁ、1週間もかからないと思いますよ」


「そう願いたいね」


 行商人の予想を聞いたトリスタンが肩をすくめた。後は待つだけである。




 翌朝、日の出と共にユウたち3人は荷物をまとめて宿を出た。自分たちの荷物と採掘用の荷物をまとめてなのでかなり重い。エッベの案内で次の個室ありの宿へと入ると一息ついた。


 その後、ユウとトリスタンは宿の個室に引きこもる。オロフたちの襲撃を避けるためだ。食事に関してはエッベが所用のついでとして毎日仕入れてくれた。


 引きこもっている間、ユウは自伝の執筆を再開する。サルート島に渡ってからまったくできていなかったことだ。というより、振り返ってみるとこの島に来てから週に1度休むだけで働き詰めだった。一方、トリスタンは暇潰しにユウが書いた自伝を読む。その評価は「うん、記録だな」というものだった。


 部屋でじっとしている間は2人にはエッベ経由の情報のみが入ってくる。最初の一報は2日目の夕方、正しき炎(レッツフランマ)が町に戻ってきたというものだった。次は3日目の昼、オロフたちがまとまった金が手に入って喜んでいるというものだ。しかし、4日目の朝、自分たちの噂を知って怒り、エッベを探し始めたらしい。こんな噂を広めたのはあいつだと決めつけているそうだ。確かにその通りである。事態が急変したのは5日目の昼だった。オロフたちが塩ギルドに連れ去られたという。罪状は盗掘だ。


 念のためにもう1日部屋に閉じこもっていた2人は夕方、食事を持ってきたエッベにその後の話を聞く。


「詳しい話はしばらく後でないと無理ですが、塩ギルドはオロフたちを完全に疑ってるようですね。あっしの言い分は塩脈の鑑定人のナータンの記録が保証してくれますし、買取屋は塩ギルドの事情聴取であっしの言う通りの証言をしてくれました。後は換金した金がどこにあるかですが、これは当人にどれだけ聞いても吐きようがないですしね。これで終わりですよ」


 機嫌良くしゃべるエッベを見るユウの表情は微妙だった。冒険者の直接的な報復とはまた違った恐ろしさを知る。オロフたちの行く末は暗い。


 商売人を敵に回さないようにしようとユウは心に固く誓った。

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