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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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不埒者への行商人の対応(前)

 年内最後の月になった。その初日、ユウたち3人にとっては休日だ。朝の間に魔塩を売ったり消耗品を買い足したりするが、昼からは完全に自由である。


 結局、正体不明の者たちは今のところ姿を見せてこない。休日も常に3人一緒に行動したことから町にいる間も動きを見せなかった。しかし、相変わらず誰かに見張られている感じがする。


 これがもし魔塩の採掘場までユウたちを追跡できなかったのならば相手の程度は高くない。追跡しなかったのならば目的は塩脈以外の可能性がある。また、休日に襲撃してこなかったことにより、相手は個人か少人数の可能性が高い。人数が多ければ夜道で襲撃すれば良いからだ。そして、町にいる間に接触してこなかったということは、あくまでも暴力で解決したいと望んでいると推測できる。


 夜、3人は宿の個室に戻っていた。ここで改めて明日以降の行動方針を立てる。


「ユウ、相手はどんな連中だと思います?」


「魔塩の塩脈をほしがっている冒険者じゃないかなぁ。荒事には慣れているけれど、それ以外は大したことがないっていう人たち。普通なら4人組パーティだよね」


「俺もそんな感じだと思うな。相手が商売人みたいな奴だったら、まずは話をしようとするだろうし、普通は冒険者だってそうだろう。この連中、発想が盗賊そのものだぜ」


「あっしも2人の意見に賛成です。ついでに言うと、塩ギルドの線は完全に消えましたね。あのギルドならすぐに話しかけてくるでしょうし、暴力を使うにしてもこんなに時間をかける必要なんてありませんから」


「この町で力の強いギルドなんだから、何かあってもなかったことにできるだろうしね」


「その通りです。ということで、これは塩ギルドの関係のないところで起きてる問題になります」


 やけに塩ギルドを強調するとユウは感じた。あそこと対立するとこの町ではやっていけないのでそれだけ安心したということかもしれないと思う。


「ユウ、改めて確認しますが、あの塩脈はもう限界なんですよね」


「そうだよ。まだいくらか採れるけれど」


「そのくらいは残しておきましょう。その方が都合がいいんで」


「エッベ、明日からどうするんだ? その言い方からすると、町で何かするのか?」


「もう1度あそこに行きます。今度は日の出と共に出発しますよ」


 エッベの返答に尋ねたトリスタンだけでなくユウも驚いた。採掘するわけではなさそうだが、それなら何しに行くのかがわからない。


 にやりと笑ったエッベが話を続ける。


「今度は正体不明の連中にあっしらを尾行させます。目的は、あの塩脈を奪わせるためです」


「あげちゃうんだ」


「大して残っていないからか?」


「今後を見据えてのことです。正体不明の連中をそのままにしておいたら、あっしから塩脈を奪って掘り尽くす度にまた奪いに来るでしょう。そうさせないようにするためですよ。そのために今から何をするか、お話をします」


 ある程度相手の正体を絞り込んだエッベがユウとトリスタンに正体不明の者たちへの対策を伝えた。すると、どちらも一様に驚く。もちろん前提条件が崩れるとまずいわけだが、そのことを考慮して事前準備はなしということだ。


 ともかく、3人のやるべきことが決まった。




 雪の降る季節となると日中でも寒い。日の出後、白い息を吐きながらユウたち3人は宿を出発した。辺り一面はすっかり白一色で、人々が往来する路地は雪が踏み固められている。滑りやすいので要注意だ。


 山中並に集中しながら歩いて町を出ると岩塩の採掘場に差しかかる。既に人足たちは作業を始めており、採掘場から作業音が響いていた。


 町の北の郊外を抜けると魔塩の山脈に入るが、ここにも足跡は多数ある。遺跡や魔塩の採掘場に向かう者たちが通った後だ。後者は特に場所を秘匿しているので足跡の残るこの季節だと現場に向かうのも一苦労である。ばれても構わないと開き直っている者たちもいるが、そういう者たちは採掘場にいつも人を駐在させていることが多い。


 今回のユウたちはいつもの採掘場にまっすぐと向かった。足跡を気にすることもなくまっすぐと前だけを見て進む。そうして、2日ほどかけて現場にたどり着いた。秋よりも半日遅いのは、日中の時間が限られているのと雪で進みにくくなったせいである。


 日没前に大岩の裏へと入ると3人は野営の準備を済ませた。出入口近くで全員が焚き火を囲む。それから干し肉と黒パンを火で炙って食べ始めた。


 黒パンを飲み込んだトリスタンがユウに声をかける。


「連中、ちゃんとついてきていたか?」


「さすがにちゃんと追いかけてこれたみたいだね。足跡があるから見失うことはないだろうし、道に迷うこともありえないよ」


「結構ですね。あとはいつこっち近づいて来るかですが、ユウとトリスタンはどう考えています? あっしは明日の朝いちだと嬉しいんですけどね」


「僕はたぶん明日の朝だと思う。今日の夕方僕たちはここに入ったけれど、相手からすると1泊するのか現地に到着したのかまだ区別がつかないだろうから。明日の朝、ここを動かないとわかってから乗り込んでくると思うな」


「俺もその意見に賛成だ。ここまで追ってきたんだから、しっかり現場を押さえたいだろう。それにしても、連中は天幕を持っているようには見えなかったよな。あいつら外套だけでまた一晩やり過ごす気なのか」


「寒くて死にそうになってるのが目に浮かびますね。いい気味です。ともかく、それなら向こうがやって来るまで待ちましょう」


 楽しそうな笑顔を浮かべたエッベが結論づけた。こうして3人は大岩の裏で一泊する。


 ちなみに、ユウは前に気付いて以来、ふるいをかけた後の残りかすをわけてもらい、小袋に入れて持ち歩いていた。相談されたエッベは怪訝な表情を浮かべていたが、どうせ捨てる物だからと好きなだけ持って行くように許可してくれる。トリスタンは呆れていたが、後で事情を話すと何も言わなくなった。


 日没後の夜の見張り番を受け持つと、ユウはその小袋の魔塩の残りかすを舐める。それから温かくなるよう願うと体の真ん中から温かくなってきた。寒いことには変わりないが、体の芯が温かいので耐えられる。


 震えることがなくなったユウはその日の見張り番を平穏にこなせた。




 翌朝、日の出頃に起床したユウたちはすぐに動けるように準備を済ませた。食事が終わると天幕まで片付けたのでいつでもこの大岩の裏から出発できる。念のため、鶴嘴(つるはし)で壁面の岩塩を削っては外に出て崖下へと捨てて採掘しているように見せかけた。


 すると、ついに正体不明の者たちが姿を現す。昨日ユウたちが歩いて来た経路に沿って4人の武具を身につけた男たちが雪をかき分けてやって来たのだ。


 それに気付いた3人は道具を片付けると背嚢(はいのう)を出入口に固めて外に出る。大岩の前で武装した男4人を迎えた。


 息を切らせてやって来た男たちに対してエッベが声をかける。


「こんな山奥で人に会うなんて珍しいですね。どなたですか?」


正しき炎(レッツフランマ)のリーダーのオロフだ。お前が行商人のエッベだな?」


「そうですが、あっしらに何か用でも?」


「ああ。その大岩の裏に魔塩の塩脈があることは知ってる。それを譲ってほしくてね。オレたち、最近は全然稼げてないんだ」


「でしたら、自分で探して見つければいいでしょう」


「それがうまくいかなかったんだよ。だから、稼げる塩脈が見つかるまでお前の塩脈を借りようって寸法さ」


「賃借料はいくらで?」


「はっ、そりゃお前たちの命だよ。生かしてここから帰してやるんだ。悪くないだろ?」


 にやにやと笑いながらオロフが言い放つとその仲間の3人が野卑に笑った。


 オロフの提案を聞いていたエッベは顔をしかめて黙る。何度か大岩の方へと目を向けた。それから悔しそうな顔をしながら口を開く。


「はぁ、どうやら勝てそうにありませんね。まったく、これからだってときに」


「お前が賢い行商人でよかったよ。さっさとここから消えな」


「2人とも行きますよ。荷物を持ってきてください」


「その荷物も全部置いていけ。困ってるオレたちに恵むんだ」


「そんな、さすがにそれは」


「痛い目を見たいのか?」


 笑顔から一転してオロフが睨んだ。エッベが顔を歪める。


 そこへ、ユウが割って入った。無表情のまま口を開く。


「ここで戦うと、そっちもただじゃ済まないよ。僕たち全員を倒せても、そっちも2人くらいは動けなくなるだろうね。それでまともに採掘できるのかな?」


「なんだとてめぇ。チッ、しゃぁねぇ、持ってけ」


 不機嫌になったオロフから譲歩を引き出したユウはトリスタンに荷物を持ってこさせた。3人全員が背嚢(はいのう)を背負うと慎重に帰路へと向かう。


 相手が警戒する中、ユウたち3人は足早にその場を離れた。

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