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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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忍び寄る正体不明の者たち

 暦上12月になった。その少し前から冷え込みが厳しくなり、ついに雪がちらつくようになる。ロルトの町の人々によると初雪は例年通りだが降雪量は少ないらしい。


 しかし、ユウとトリスタンにとってはそんなことは関係なかった。寒い、ひたすら寒いのだ。毛皮の帽子と手袋を荷物から引っ張り出しても厳しい冷え込みに2人は驚く。


 そんな2人に対してエッベは割と平気そうだった。寒いことは寒いらしいがそこまでは震えていない。さすが大陸北部出身だとユウたちは感心した。


 これほど冷えるとなると野宿というのは無理だ。そこで、エッベが2人用の天幕を購入して3人で担ぐ。その分だけ担げる魔塩の量が減るが凍死を避けるためにはやむを得ない。


 日照時間の短さから昼間だけでは作業時間が足りないので3人は日没後も働き続けた。これは寒さ対策として体を動かすという意味もある。充分な量の薪を持ち込めないので焚き火の利用は制限せざるを得ず、エッベでさえもたまに鶴嘴(つるはし)を持って体を動かした。


 こんな状態なのでユウは体を温める方法は何かないかと探す。もちろんそんな簡単に見つからないが、かつて魔法で体が拘束されたときのことを思い出した。あのときは強く願うと動けるようになったので、同じように願えば体が温かくなるのではと考えたのだ。そこで試してみたが効果はない。やはり駄目かとため息をつきそうになるが、そこで思い出したことがひとつあった。魔塩だ。かつては微量に魔力を帯びた塩を舐めたことがあるが、魔塩についてはまだない。


 そこでユウはふるいにかけた後、不要と判断された残りかすに注目した。トリスタンやエッベが見てもごくわずかに紫がかっている塩の山だ。かつて遺跡で舐めた物よりも魔力は多いに違いない。そう思い、できるだけ紫の色の清潔そうな塩をわずかに舐めてみる。


「甘い!?」


 まさかの味覚にユウは目を見開いた。目の前にあるのは塩の山であり砂糖ではない。以前は味がしなかったのになぜ今回は甘いのかわからなかった。


 もしかして勘違いではと思ったユウはもう一度わずかに舐めたがやはり甘い。自分の舌がどうなってしまったのか不安だったが、更に何度か舐めてみる。


 味はともかく塩であることには変わりないのでユウは何度か舐めて止めた。そして、もしかしたらと思って体が温かくなるように願う。すると、体の中心から体内が温かくなってきた。魔塩を甘く感じたときよりも驚く。


 以後、夜の見張り番のときは自分の番がやって来ると魔塩の残りかすを舐めた。そうしてから体が温かくなるように願って体温を保つ。体をじっとさせているときは特に重宝した。




 こうして採掘場での活動の仕方を確立しつつあったユウだが、最近町中で気になることがあった。誰かに見られているような気がしたのだ。最初は気のせいだと思ったが、偶然振り向いたときに物陰へ急に隠れた人物を目にしたので気のせいではないと確信する。


 その日の夜、翌日の仕事を控えたユウたち3人は宿の個室に戻っていた。そして、寝る前にユウとトリスタンはエッベから話しかけられる。


「2人とも、最近誰かに見られてるってことはないですか?」


「あった。今日の昼下がり、市場で誰かが見張っていたのをちらりと見たよ」


「よく見つけられましたね」


「偶然振り向いたら目が合ったんだ。慌てて隠れたから急いでそっちに行ったけれど、誰だかはわからなかったかな」


「トリスタンはどうなんですか?」


「誰かに見られているように感じるときはあるな。ユウのようにはっきりとは見ていないが。エッベもなのか?」


「ええ。あっしも視線を感じるだけなんですけど。ちょっと嫌な感じなんですよねぇ」


 全員が誰かに見られていると知ったユウは嫌な顔をした。誰に見られているのかわからないのが不安をかき立てる。


「まさか塩ギルドが俺たちのやっていることに気付いたのか?」


「それはないでしょう。もしそうだったら、町に戻ってきたあっしらを採掘場でとっ捕まえたらいいだけですから。あそこなら人足を含めたら何百人もいますから、3人じゃどうにもなりませんよ」


「それなら、他の誰が何のために俺たちを見張るんだ?」


「さぁ、それがわかればねぇ」


 話し込んでいたトリスタンとエッベは黙ってしまった。さすがにこの状態では何も絞り込めない。


 考え込んでいたユウはそのときこの町にやって来た当初のことを思い出す。


「この町に来た当初、僕とトリスタンはエッベと別れてから酒場に入ったことがあるんだけれど、そのとき冒険者同士が喧嘩をしているのを見かけたんだ」


「あーあったな。確か片方がもう片方の魔塩の採掘場を台無しにしたんだっけか。今ならそりゃ怒るよなって思うぞ」


「ということは、ユウ、あっしらはどこかの冒険者に狙われてるって言いたいんですか?」


「その可能性はあるんじゃないかな。前にエッベが教えてくれたでしょ、僕たちが持って帰る魔塩に混ざっている岩塩が少ないって。それをどこかで聞きつけた誰かが僕たちを狙おうとしているんじゃないかな」


「稼げない連中はどこにでもいますからね。儲かる魔塩の塩脈を持ってる奴から奪うっていうことを思い付く奴は確かにいます」


「あと、奪えないなら台無しにするって考え方もあるよな」


「ありますね。もうひとつ言うなら、あっしらは3人しかいません。冒険者パーティは4人組が多いですから、やれると思う連中は出てきてもおかしくありませんよ」


 3人は話をしているうちに見知らぬ冒険者の影の可能性を見出してきた。行商人などの可能性もあるが、今はまだそこまで絞り込めない。


 何度か小さくうなずいたエッベがユウに顔を向ける。


「確認しておきたいんですが、あの塩脈はあとどのくらい掘れそうです?」


「今月いっぱいは大丈夫だと思う。でも、来月はもうあんまり採掘できないんじゃないかなぁ」


「なるほど。今月はあと2回行くことになりますが、それで大体掘り尽くせるってわけですか」


「うん。魔塩の塊が出てくる範囲はもう小さくなってきているから。最近も掘る時間が長くなってきているでしょ」


「わかりました。とりあえず採掘は今まで通り続けましょう。ところで、物は相談なんですが、約束では今月いっぱいで採掘はお終いってことでしたが、その後もう少し付き合ってもらうことはできますか?」


「どうして?」


「魔塩の採掘をしてもらいたいんじゃなくて、この正体不明の連中をどうにかするのに協力してほしいんですよ。今後、あっしがここで採掘し続けるためにね」


 提案を聞いたユウはなるほどと思った。ユウたちは今月で採掘を終えたら町を離れるが、エッベは今後も残り続けるのだ。不安要素を取り除いておきたいと思うのは当然である。


 それに付き合うかどうかはユウとトリスタン次第なわけだが、最後に仕事をしてから去るのは悪くないとユウは思った。この町では人足の仕事ばかりをしていたので、最後に穴掘り以外の仕事をしてみたいと考えたのである。


「別に構わないけど、そのもう少しって具体的にはいつまで?」


「推測に推測を重ねたことを言いますが、たぶん来月の前半には終わると思います。相手がこっちの塩脈を狙ってるのなら、早くほしいでしょうからね。報酬は1週間で金貨1枚です」


「トリスタンはどうかな?」


「相手の正体がわからないままっていうのは気持ち悪いからな。どんな連中か見てみたいっていうのはあるぞ」


「賛成みたいだね」


「ありがとうございます! それじゃ、明日から少し予定を変更しますのでその話をしましょう」


 安堵の表情を浮かべたエッベは早速今後の予定についてユウとトリスタンに説明した。これからは本格的に護衛の仕事をこなす必要があるので2人も真剣に話を聞く。これからの仕事は気を抜けなかった。




 翌朝、ユウたち3人は一の刻に起床し、出発の準備を整えた。いつもより鐘1回分早い。そして、すべてを済ませるとすぐに出発した。


 外に出ると真っ暗で松明(たいまつ)を点けると雪が降っているのが目に入る。毛皮製品で身を固めていても寒い。


 出発時間を早めたのは理由がある。エッベの塩脈を狙っているのならば必ず追跡するはずなので、正体不明の者たちの程度を窺うためだ。時間をずらしたことに気付くか、気付いたとして追跡できるか、更には自分たちに隠れて追跡できるかなどである。雪の上の足跡は岩塩の採掘場辺りで他の足跡に紛れるだろうし、この降雪量ならば日の出までに足跡が消える可能性も高い。それを乗り越えて追跡できるのならば相当面倒な相手だということになる。


 この結果、12月中は何事もなく魔塩の塩脈を採掘できた。ただし、採掘量は急激に減ってしまう。塩脈は限界なのだ。


 そして、13月に入った。

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