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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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儲かる仕事ではあるが

 サルート島では10月になると夏の気配は完全に去り、気候はすっかり秋となる。しかし、それも一時的なものだ。すぐに冬へと向かって変化してゆく。


 塩ギルドとのやり取りを終えたユウたち3人は本格的に魔塩の採掘を始めた。朝一番に道具を担いで町を出て1日半かけて自分たちの魔塩の採掘場に向かう。


 採掘場に到着すると、ユウとトリスタンが大岩の裏へと回った。松明(たいまつ)で周囲を見ると白と茶の岩塩の中にうっすらとした紫の塩の塊が一部に見える。ただし、ユウにはより濃い紫の色に見えた。この部分を鶴嘴(つるはし)で削るのだ。


 一方、エッベは2人が削り取った魔塩の塊を砕いて選別する。魔塩は通常の塩と混ざっていることが多いので、ふるいにかけてある程度純度を高めるのだ。こうすればより多くの魔塩のみを持って帰ることができ、それだけ稼げる。


 とある昼休み、3人は大岩の前で食事をしていた。日があまり当たらない場所なので肌寒い。


 そんな場所で雑談をしながら干し肉と黒パンを食べていると、トリスタンがエッベに新しい話題を振る。


「エッベ、俺たちが町に持って帰っているあの魔塩って、実際どのくらいで売れるんだ?」


「あっしらのですと大体1ゴリク銅貨15枚程度ですね。あっしが振るいにかけてますんでかなりの高値ですよ。他のところだと1ゴリク銅貨5枚ってところもありますし」


「毎回30ゴリク近く担いでいる甲斐はあるってことか。それにしても、銅貨5枚ってまたえらく安いな」


「そりゃあんまり振るいにかけてないからですよ。あっちだって岩塩ばっかりのやつは嫌がりますからね」


「確かに。しかし、俺たち1人で金貨2枚分くらい運んでいることになるのか。そりゃ重くもなるな」


「へへへ、頑張ってくださいよ。儲かるんですから」


「まぁな。ただ、そうなるとエッベの取り分がすごいな。諸経費を引いても金貨3枚くらいは残るんじゃないか?」


「だからあっしも頑張ってるんじゃないですか。一山当てたいって言ってたでしょう」


「本当に当てるんだから大したものだよ」


 干し肉を囓りながらトリスタンが感心した。エッベの取り分が多いを知っていても不満そうには見えない。これは、諸費用を負担し、何かあったときの責任を背負うことを知っているからだ。


 そんなトリスタンに対してエッベが機嫌良くしゃべる。


「でも、これだけ稼げるのもここの塩脈のおかげです。こんなに高純度の魔塩があるとは思っていなかったですから。大当たりですよ、この塩脈は」


「ああ、うん、まぁ、そうだな」


 歯切れ悪そうに返答したトリスタンにユウは目を向けられた。それに気付くが反応はしない。


 現在、ユウは正確に魔塩のある場所を掘っている。もちろん大まかにはエッベが指示しているのだが、それで必ず魔塩を掘り当てられるかというとそうでもない。何しろ常人にはただの塩に含まれる目に見えない程度の魔力は感知できないからだ。それだけに、1度うっすらとした紫の色を見つけるとほぼ確実に魔塩のある場所を探れるユウの能力は破格といって良いだろう。ふるいにかける前から既に魔塩が多い塩を持ち込んでもらえるのだ。エッベとしては上機嫌にもなる。ただし、この成果の本当の要因をエッベは知らないが。


 この件については若干後ろ暗いと感じるユウであったが、最近は精霊との関係を知られて予測不可能な事態になること以外にも問題があることに気付いた。自分自身の気持ちである。今は毎週金貨1枚を稼げているわけだが、これは年間で52枚稼げるということを意味していた。一方、ユウが冒険者になって稼ぎ、今まで砂金にしてきた金額は約5年半で金貨70枚程度だ。1年平均で約金貨13枚である。単純に金儲けをするならばここで魔塩を採掘している方が絶対に良い。そして、ちょっと心が揺れてしまったことも事実なのだ。しばらくここで稼ごうと考えて数年間が過ぎるなんて可能性もある。


 以前、ユウは酒場でエッベに自分は世界中を旅していると伝えた。なのでエッベもそのうちユウたちがここを離れることを理解しているはずである。問題はそのうちがいつなのかということだ。ずるずる引き延ばして数年間ということを避けるためにも、早めに具体的に離れる時期を話し合っておくべきだとユウは感じた。




 11月に入った。先月は3人でひたすら魔塩の採掘を繰り返す。塩脈からは相変わらず豊富な魔塩を掘り出すことができていた。


 もちろんユウとトリスタンは大儲けだ。何しろ宿と週6日の食事をエッベに提供してもらっているのであまり生活費がかからない。おまけに、戦闘もないから武具や道具の消耗もしないので経費もかからない。なので蓄えは増える一方だった。


 ただ、同時にこれはどうなのかという思いも強くなる。最初は稼ぎの多さを魅力的に思っていた2人だったが、やっていることは人足や鉱夫そのものだ。冒険者である2人にとって今の姿は首を(かし)げてしまう。冒険者としても稼げていたので尚更だ。


 他にももうひとつ、採掘を辞めたくなる理由があった。それは寒さである。モーテリア大陸の更に北にある山脈の中腹は既に風の冷たさが厳しいのだ。これで雪が降るような冷え込みに襲われた場合、果たしてここで泊まり込みができるのか疑問である。確かに2人とも毛皮製品で身を固めているが、それでもしのげる寒さには限度があるのだ。


 そういったことをユウたちは休日に2人だけで話し合った。儲け話としては魅力的だが、他の事情でそろそろ切り上げ話をしようという結論に達する。話す時期はユウに一任された。


 とある日、ユウたち3人はロルトの町に戻ってきた。今の時期だと五の刻を過ぎたあたりに日が暮れるので山中の移動は危ない。そのため、日中の時間が短くなった1ヵ月ほど前から日没後にも作業するようになり、引き上げる当日は日中を丸々移動に使えるよう調整していた。多少眠気に襲われるがそこは若さで補っている。


 既に空が朱い五の刻前に3人は町の北の郊外にある岩塩の採掘場を通り過ぎた。一旦宿に戻って道具と魔塩を個室に置くと、すぐに酒場へと向かって空いていたテーブル席をひとつ占める。


 注文した料理と酒がやって来ると3人はまずは腹を満たした。温かい食事が冷えた体を温める。


 一段落すると会話が増えてきた。その中でユウがエッベに話しかける。


「エッベ、今のあの場所ってどのくらい掘り続けるの?」


「掘れるうちは掘りますよ。途中で手放す気はありませんから」


「質問が悪かったね。そうじゃなくて、あそこってあとどのくらい掘れるのかなって思って」


「あーそっちですか。じーさんの知識によると年内はいけるんじゃないですかね。ただ、ああいうのは実際に掘り尽くさないとわからないですから、正確なところはなんとも言えないです」


 はっきりとしないエッベの回答にユウは曖昧にうなずいた。エッベの知識からするとそう答えるしかないということは理解できる。


 一方、ユウから見るとそろそろ減ってきそうな感じだった。紫色に見える範囲が縮んできたのだ。更に奥に大きな塊があるのかもしれないが、見える範囲ではもう長くない。来月いっぱい採掘できるかどうかだ。


 この辺りが潮時だろうとユウは思った。自分の区切りとしては悪くない。なので今、エッベに伝えることにする。


「エッベ、僕とトリスタンは来月あたりでこの採掘を離れることにするよ」


「来月ですか? ちょっと早くないですか?」


「僕たちにしたら充分長い方だよ。何しろ先月から数えて3ヵ月目になるからね。お金も充分稼げたし」


「そいつはちょっときついですねぇ。半年くらいは続けてくれると思ってましたが」


「それはいくらなんでも長すぎるよ。それに、今掘っている塩脈って少し小さくなり始めたから、年内は保たないんじゃないかと思うよ」


「わかるんですか?」


「魔塩が出てくる範囲が最近狭くなってきているんだ。このまま範囲が縮むなら、あの塩脈はもう長くないと思うよ」


「あーそれで。つまり、ユウはあそこが来月中に尽きるかもしれないと予想してるんですね」


「うん、そうなんだよ」


「なるほど。実際に掘ってる感触から出た意見ですか。こりゃ無視できないですね。そうなると、来月いっぱいまでってことでいいですか?」


「良いよ。トリスタンも良いよね」


「ああ、いいぞ」


「いやぁ、意外と早く抜けるんですね。この仕事だとかなり儲かるのに」


「だからだよ。気付いたら何年もやっていそうだから、早めに抜けることにしたんだ」


「確か、世界中を見て回ってるんでしたよね。儲けるよりそっちかぁ。あっしにはわかりませんねぇ」


 不思議そうにエッベは首を横に振った。


 そうだろうなとユウは思う。だから苦笑いするしかなかった。

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