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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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目に見える景色の違い

 色々と嫌になる現状を知った翌朝、ユウとトリスタンは二の刻の前に起きた。9月も後半になると日の出の時間は二の刻よりも後になる。安宿内の大部屋などでは蝋燭(ろうそく)などの明かりがないと動きづらい時期になってきた。


 出発の準備が整うと2人は宿を出る。今回はパーティ単独での行動なので制約がないのが楽な点だ。


 今回はロルトの町から魔塩の塩脈に入って北に1日歩いた場所にある遺跡が目的地である。初期の頃に発掘された場所で今では誰も入らない遺跡のひとつだ。


 町の北側から郊外を目指すとすぐに魔塩の山脈へと入る。その近辺には塩ギルドの岩塩採掘場が広がっていた。山の壁面には多数の足場が組まれ、多数の人足が山の表面を削っている。山全体が岩塩なので鉱脈を求めて穴を掘る必要はない。目の前の塊を削るだけで構わないのだ。


 そんな採掘場を通り過ぎると人気のない山の谷間が続く。白や茶の色が混ざる岩塩が一面に広がっているのだ。ときおり人が掘ったと思われる穴があるのは、魔塩を採掘した跡である。


「本当に塩の塊なんだね。やっぱり舐めたらしょっぱいのかな?」


「そりゃしょっぱいだろう。ただ、風雨にさらされて汚いから舐める気にはなれないが」


 物珍しげに周囲に目を向ける2人はその圧倒的な岩塩の塊に気圧されていた。上を向けば天高く空に突き刺さっていると錯覚してしまいそうなほどにそびえている。これすべてが塩なのだ。


 そんな風景の中に少し不思議なものをユウはたまに見かけている。ごくわずかだが、うっすらと紫がかっている場所があるのだ。それは地層の様に見えたりしわくちゃな線のように見えたりしている。


 教えてもらった魔塩の見た目と同じなので、もしかしたらあれがそうかもしれないとユウは思った。非常に高い場所でとても登れそうにもない場所ばかりにある。あれではそこにあるとわかっていても手が出せそうにない。


 何もかもが珍しい場所を2人は1日歩き続けた。山の谷間にいるので日が暮れるのが早い。なので、早めに野宿する場所を探した。適当な場所はすぐに見つかる。魔塩の採掘跡である穴だ。穴の少し奥まで確認して危険なものがないことを確認する。


 このとき、ユウは奇妙な光景を目の当たりにした。魔塩の採掘跡の穴の奥に進むと、暗闇の中でうっすらと紫の色が浮かび上がっていたのだ。暗闇の中は暗いままなので光り輝いているのとはまた違う。


 さすがにおかしいとユウは思った。穴の奥からトリスタンを呼ぶ。


「トリスタン、ちょっとこっちに来て穴の奥を見てほしいんだ」


「何かあったのか? 奥は真っ暗で何も見えないが」


「紫色の何かが見えない?」


「紫色? いや、何も」


「これなんかうっすらと紫にみえるんだけれど」


「いや、俺には白色に見えるな。外に出て確認してみよう。うん、やっぱり白だな」


 薄い紫に見えた塩のかけらをトリスタンに手渡したユウは困惑した。穴の外で塩のかけらを見ながら首を傾ける相棒を見てその度合いを強める。


「光の加減でそう見えたんじゃないのか? あるいは自分で思っている以上に実は魔塩で儲けたい思っている心が強く出たとか」


「えぇ、それはいくら何でも違うよ」


 確認する方法がないのでユウはトリスタンに反論できなかった。とりあえず否定するのが精一杯だ。


 ともかく、危険はなさそうだとわかったので2人は魔塩の採掘跡の穴に陣取った。


 背嚢(はいのう)から取り出した干し肉と黒パンを囓りながらトリスタンがしゃべる。


「これ、もう少ししたら外も真っ暗になるな。谷間だと月明かりも入らないぞ。焚き火をしようにも草一本生えていない場所じゃ薪も拾えないし」


「鳴き声の山と同じ方法で見張るしかないよ。何かあったときだけ松明(たいまつ)を点けて確認するんだ」


「調査隊みたいに多人数だと篝火(かがりび)が使えるんだけれどな。俺が使い捨ての松明(たいまつ)を持っているから、それを使おう」


 食事後、夜の見張り番の順番を決めた。最初はトリスタンが見張ることになる。最近は夜の期間が鐘の音4回分くらいにまで延びたので見張る時間が長くなった。


 2人は肩を寄せ合い、見張り番をしているときは座り、眠っているときは横になる。真っ暗な中ではそうしないとお互いの位置がわからないからだ。


 自分の番が回ってきて夜中に起きたユウは穴の外に目を向けた。谷間を抜ける風の一部が穴に入り込むので音が震えている。また、すっかり慣れたはずの塩の臭いを再び感じ取れるようになっていた。今度は反対に穴の奥へと目を向ける。すると、やはり暗闇の中でうっすらと紫の色が浮かび上がっていた。


 人には見えないのに自分にだけ見える現象にユウは覚えがある。自分の中にいる精霊の影響だとかつて出会った古代人から教えてもらったのだ。しかし、この山脈で採掘されている魔塩は普通の人々でも目にできていると聞く。ならば、自分には見えて相棒には見えない現象は一体何であるのか。これはわからなかった。


 何ともわからないことが多いとユウはため息をつく。気を取り直して再び穴の外に顔を向けた。




 翌朝、ユウとトリスタンは山の谷間がうっすらと明るくなった頃から出発の準備を始めた。荷物の中から干し肉と黒パンを取り出すともそもそと食べる。その間に谷間が明るくなってきた。


 用意が整うと2人は穴から出て遺跡に向かう。冒険者ギルドで教えてもらった場所はここからそう遠くはない。鐘の音1回分も歩かないうちにたどり着く。


 その場所は、外から見ると先程の魔塩の採掘跡の穴のようだった。中を覗くとやはりただの魔塩坑跡にしか見えない。


 棒に布を巻き付け油を染み込ませて松明(たいまつ)を作ったユウは火を点けた。自分から先に中へと入る。


 いくらか奥へと進むと石造りの人工的な構造に変化した。その作りにユウは見覚えがある。かつて転移したことのある遺跡と同じなのだ。内部は通路と部屋がいくつもあり、たまに魔物の骨などが散乱している。


「確かに遺跡だな。何もなさそうだが」


「そうだね。魔物もいなさそう。ああ、壁が崩れているね」


 更に奥へと歩いたユウとトリスタンは壁面が崩落して岩塩が大量に流れ込んでいる場所に出くわした。最近崩れたらしく、その跡はまだ真新しい。


 その岩塩の一部がうっすらと紫の色に見えることにユウは気付いた。困惑した表情を浮かべながらその塩の一部を手に取る。


「やっぱりこれも薄い紫の色をしている。トリスタン、これは何色に見える?」


「白だが。お前、本当にこれが白以外に見えるのか?」


「うん。これも薄い紫色だね。エッベから聞いた魔塩と同じ色に見えるよ」


「魔塩が見えるってわけでもなさそうだな。魔塩は他の冒険者や人足にも見えるらしいし」


「それじゃ、これは一体何だろう?」


「塩でも魔塩でもない何かか? まさか」


 お互いに見えている色が違うことに2人とも首を傾けた。


 見ても考えてもわからないのでユウはそれを少し舐めてみる。


「あれ? 辛くない? もしかして塩じゃないの?」


「まさか。ここは岩塩ばっかりの場所だろう。俺にも少し、ぺっ、しょっぱいじゃないか」


「ええ?」


 視覚だけでなく味覚までも意見が分かれることに2人は驚いた。自分たちが手にしている物に目を向ける。


「ユウ、俺にはこれがただの塩にしか見えないし、味だってだそうだ。でも、お前はそうじゃないのか?」


「食べたときの感触は塩なんだけれども、味はしないんだ」


「味がしない? お前って塩の塊を食ったらしょっぱく感じるよな」


「そうだね。船に乗っていたときのあの塩漬け肉はワインなしじゃ食べられなかったし」


「だったら、お前が見て紫色じゃない塩をそこから取って舐めてみたらどうだ?」


「うん。あれ? これは塩辛い」


「俺からすると同じ塩で、どうして味が違うのかわからないぞ」


「昨日、魔塩の採掘跡の穴の奥を見たときに紫の色が見えるって言ったよね」


「言っていたな」


「あれでもしかしたら精霊のせいかなって思ったんだ」


「ああ、魔法とか霊が見えるようになるんだっけか」


「そうそれ。もしかしてこの薄紫の色や味がしないのも精霊のせいじゃないかな」


「もしそうだとして、お前の中にいる精霊は一体お前に何をさせたいんだ?」


「そんなの知らないよ。でも、もしかしてこれを食べてほしいのかな?」


「この塩をか? わからんなぁ」


 塩の塊を前にして、ユウとトリスタンは怪訝な表情のまま顔を見合わせた。さすがに食べ過ぎると体に悪いことは2人とも知っている。


 しきりに首をひねりながらも2人は遺跡の探索を再開した。本来の目的はこちらなので行けるところは回ってみる。しかし、事前の話の通りめぼしい物は何ひとつ見つからなかった。


 2人は昼食時までに主立ったところを見尽くす。そして、これ以上は何もないと判断して町に帰ることを決めた。

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