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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第2章 迷走期間
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買い物の相談

 暦の上では冬の季節である13月は入った直後は晩秋の延長線上だ。しかし、冬至祭が近づくにつれて冷え込みが厳しくなる。


 道具屋『小さな良心』の奥にあるカウンター前にユウは立っていた。銅貨1枚を巾着袋から取り出してカウンターに置く。


 それを手に取ったジェナが火口箱をユウの前に押し出した。笑顔を浮かべながら銅貨を懐にしまう。


「ありがとよ。いい買い物をしたね。それにしても、毎月何かを買ってくれるなんて嬉しいじゃないか」


「ジェナさんが教えてくれたことをやってるんですよ。まずは身の回りの必要な物から買いそろえて使っているんです」


「いい心がけだね。いっぺんに買うんじゃなくて、毎月1つずつってのがいいじゃないか。物を買う瞬間は誰だって少なからず興奮するものだから、浮かれて余計な物も買いがちさ。でも、1つだけって決めて買うとなるとよく考えて選ばなきゃならない。冷静なときに買った物に後悔は少ないもんさね」


 腰に巻いた革のベルトに買った火口箱をくくり付けながらユウはジェナの話を聞いた。商店で働いていた頃に雇用主から聞いたことがある内容だ。商人共通の考えなのかもしれない。


 前に革のブーツを買って以来、ユウは毎月必要な道具をジェナの店で買っていた。革のベルト、巾着袋、水袋と、よく使う道具を順番に買っていく。借り物から自分の物へと徐々に切り替えていった。今のところ必需品を買っているということもあって外れはない。


「まだ買うものはたくさんあるんだろうが、次は何を買うつもりだい? なけりゃ取り寄せてやるよ」


「次はナイフにしようかなって思ってます。今借りているやつは先端がちょっと欠けているんで、獣にとどめを刺すときにちょっと使いづらいんですよね」


「そんなもの使ってたのかい。研いでどうにかならないんだったら、そっちを先に買い換えるべきじゃないか」


「最近そういう使い方をよくするようになったんですよ」


 苦笑いしながらユウが弁解した。戦い方は今までと同じだが、ウォルトを援護するために棍棒で叩き殺すというある意味のんきな方法がやりにくくなったのだ。ただ、獣と戦っても大抵は殺すまでいかず撃退どまりなので優先順位が低かったのである。


 ナイフの使い道を他にも詳しく聞いたジェナは目を閉じて黙った。そのまま考え込んだ末にユウへと答える。


「先端が多少欠けてるくらいだったら、普通の生活で使う分にはちょいと不便くらいで済むけどね。ただ、今のお前さんに必要なのは戦うための道具ということになるんじゃないかねぇ」


「戦うためのナイフですか?」


「そうさ。ホレスのところへ行って見繕ってもらいな。あたしんところにもナイフはあるけど、戦いに特化したやつは置いてないからね」


 何気ない態度でジェナがユウに助言した。気に入らない相手はぼったくったりひどい品物を売ったりする老婆だが、悪い印象を持たない客の扱いは悪くないのだ。


 どこで買えば良いのかわかったユウは笑顔になる。


「ジェナさん、ありがとうございます。それじゃまた」


「ああ、次も何か買っとくれ」


 別れの挨拶を交わすとユウは店を出た。


 白い息を吐きながら歩くユウは次いで武具屋『貧民の武器』を目指す。年季の入った木造の建物にたどり着くと遠慮なく扉を開けて中に入った。暖炉などの暖房設備などないので外と同じく寒いままである。


 冷える手をこすりながら店内を奥へと進むユウはいかめしい顔のホレスの前に立った。若干震えながら小柄な店主に声をかける。


「お久しぶりです。半年ぶりかな? 今日はナイフの相談でやって来ました」


 ナイフという言葉に反応したホレスの目に興味の色が宿った。


 この店主との話し方を思い出しながらユウはしゃべり続ける。


「今使ってるナイフって先端が欠けてるんですよ。でも、最近獣にとどめを刺すことも増えてきてちょっと使いづらかったから、新しいのを買おうかなって思ってるんです」


「ナイフを見せてみろ」


「え? いや、今日は持ってきてないです」


「なら持ってこい」


「ええ」


 それきり黙ったホレスにユウは困惑した。話をしたらそのまま相談に乗ってくれるという考えは早々に寡黙な店主の壁にぶち当たってしまう。


 何度か話しかけても反応してくれないことを悟ったユウは諦めてナイフを取りに帰った。まるで職人みたいだと思いつつも、店に戻って刃のナイフを渡す。


 受け取ったナイフの刃を見たホレスは大した間も置かずにそれをカウンターに置いた。そして、一言告げる。


「買い換えだな」


「だからそう言っているじゃないですか」


「同じ買い換えでも色々あるんだよ。お前さんの持ってきたそいつは、ろくに整備されなかったせいでもう使いもんにならねぇ。よくここまで放っておいたもんだと感心するくらいだ」


 口調のきつさから怒られていると感じたユウの気軽な気持ちは消し飛んだ。ビリーから受け取ってから手入れなど一度もしたことがない。せいぜい汚れを布で拭き取ったくらいだ。ケントが武器の手入れをしているところを見かけたことはあるが、それだけである。


 そういえば、前に誰だったかが言っていたことをユウは思い出した。武器はしっかりと手入れしておけと。言われていた当人は聞き流していたようだが、それはユウも同じだったのだ。途端に恥ずかしくなってうつむく。


 すっかりしょぼくれたユウをホレスは目を細めてじっと見つめた。そのまま黙って何も話さない。


 気まずい沈黙が店内に漂った。他に人がいない点はユウにとって幸いだったが、同時に何かしら自分から行動しないといけない点は不幸である。このままでは埒があかない。


 ついにユウが口を開く。


「ごめんなさい。ナイフの手入れは布で拭くくらいしかしてませんでした」


「お前さん、刃物は扱ったことがないのか?」


「故郷で薪を割るときに斧を使ったり木を削るときにナイフは使ったりしてました。でも、そのときは全部父さんがやってくれていましたから」


「そうか。ま、謝れるだけまだ見込みがあるか。なら教えてやる。どんな道具でも手入れを怠ったらその能力は充分に発揮できねぇ。だから自分の仕事道具の手入れはみんなきっちりするもんだ。ましてや自分の命を預ける道具なら尚更だ。それを怠るってことことはその仕事をする気がねぇってことだし、下手をすると死ぬ。だから手入れは絶対欠かしちゃなんねぇんだ。これは道具を使う大前提だからな。必ず覚えとけ」


「はい」


 そこからホレスの説教が始まった。道具を使う心構えから刃物を扱うときの注意点まで延々と説明される。終わったのは結構な時間が経過していた。


 ナイフ1つでここまで怒られるとは思わなかったユウの顔から表情が抜け落ちている。


 一方、言いたいことを言い切ったホレスに変化はなかった。そのまま何事もなかったかのように本題に入る。


「それで、お前さんは戦うための刃物がほしいのか?」


「え、ええ。棍棒で叩き伏せた獣にとどめを刺したいんです」


「だったらダガーの方がいいな」


「ダガーですか?」


「そうだ。広い意味ではナイフの一種なんだが、戦うために剣のような形をしてるんだよ。大きさはまちまちで、刃渡りがこの欠けたナイフ程度のものから剣に近いものまである」


「ナイフと剣の中間みたいなナイフですか?」


「そんなもんだ。ナイフと同じくあんまりにも多種多様に作られたもんだから、今じゃナイフ同様これがダガーだって言えるものがねぇけどな。ともかくだ、戦うための小さな剣が欲しいってんならそっちにしとけ。その方がいい」


「わかりました。でも、たくさん種類があるんですよね。どんなものがあるんです?」


「目移りしすぎるのも良くねぇな、この2つから選べ」


 近くにあった棚から手に取った2本の刃物をホレスはカウンターに置いた。どれも剣を小さくしたような形で、片方が20イテック、もう片方が30イテックである。


「倒した獣にとどめを刺すだけなら短い方で充分だ。けど、こいつを使って戦いたいってんなら長い方がいい。とはいっても、本格的に戦うんなら剣にすべきだけどな」


 話を聞きながらユウは2つのダガーを見比べた。ホレスが勧めるということは品質は悪くないのだろう。だから後はどちらを買うべきか、いや、どう戦うのかだ。


 無言でじっと考えた末、ユウは長い方のダガーを手に取った。それからホレスの顔を見る。


「これにします」


「わかった。銅貨25枚だ。それと、刃物を研ぐ道具を一式買っとけ。嫌とは言わせねぇぞ」


「あ、はい」


 こうしてユウは散々説教された末に刃物と研ぎ道具一式を手に入れた。精神的にはかなり堪えたが大切なことを教えてもらったことは重要である。


 目的の物を手に入れたユウは脚をふらつかせながら店を出た。

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