徒歩の集団内での交渉
岩塩と魔塩をサルート島から運び出すマギスの町から西に魔塩の街道が伸びている。最終的には魔塩の山脈の南東にあるロルトの町まで繋がっているが、その道はほぼ平坦だ。もちろん山脈の麓に入ると傾斜するものの、通行の邪魔となるような障害はない。
そんな街道の出発点となる町の郊外に隊商と徒歩の集団が集まっている。隊商では人足たちが慌ただしく動いており、徒歩の集団の方はのんびりと立っていた。
宿泊していた宿を出たユウたち3人は二の刻の鐘が鳴った頃に徒歩の集団へと加わっていた。先月までなら少し遅いと言われる時刻だが、近頃は日の出の時間がその頃なのでちょうど良い塩梅なのだ。
この日の徒歩の集団には、武具を身につけて荷物を背負っている男が4人、大きな荷物を背負っている男が2人いた。ユウたち3人を除いてだ。つまり、9人の集団である。
結果的には昨日の集団とほぼ同じ人数であることにユウは安心した。冒険者らしき男たちが4人、ユウとトリスタンを合せると6人になる。これなら魔物対策は充分にできそうだった。
後は出発するだけという状態の9人だったが、ここで男4人のうちの1人が声を上げる。
「みんなちょっと聞いてくれ。俺は冒険者パーティ輝く星のリーダー、キャレだ。俺たち4人はソルターの町まで行く予定なんだが、これから道中を進むにあたって提案したいことがある」
「何ですかい、一体?」
槍斧を手にする冒険者リーダーのキャレに対し、行商人の1人が訝しげな目を向けた。もう1人の行商人も不思議そうな顔をしている。
「今、ここに集まっている顔を見ると冒険者と行商人のどちらかだ。この全員が協力すれば普通の徒歩の集団よりもずっと安全に旅ができると考えている。具体的には、俺たち冒険者がこの集団を護衛し、行商人であるあんたたちは俺たち冒険者の食事を提供するというものだ。どうだろう?」
突然の提案に行商人2人は戸惑った。互いに顔を向け合ったかと思うとキャレに目を向ける。
話を聞いたユウはなるほどと思った。冒険者は身を守るために来襲してきた魔物を倒さなければならないが、そうなると行商人は頼みもしないのに無料で保護してもらえることになる。キャレはそれを避けようというわけだ。
冒険者であるユウでさえそのことに気付いたのだから、行商人である2人が気付かないはずがない。
訝しげな目を向けていた行商人が口を開く。
「別にそんなことをしなくてもいいんじゃないんですかい? 歩くときは自分の身を守るのは自分ってのが決まりなんですから」
「もちろんそれはわかってる。普通なら集まる人数が多すぎたり戦える人間の数が少なすぎてこんな提案はできない。けど、今は幸い冒険者6人に行商人3人とちょうどいい人数だ。だから協力してもいいんじゃないか?」
「私はそんなことをする必要はないと思うね」
「そうか。あんたどうなんだ?」
様子を窺っていたもう1人の行商人はキャレに声をかけられて体を緊張させた。しばらく考えた後、キャレに反対した行商人の側に立つ。
その態度にキャレは小さくため息をついた。次いでエッベに向き直る。
「あんたは?」
「あっしは元々この2人と一緒に行きますんで、何とも言えないですね」
「なに? この2人を雇ってるのか?」
「雇ってるわけじゃないですが、半分仲間みたいなもんですし、ね?」
顔を向けられたユウは目を白黒させた。確かにエッベの言う通りだが、この行商人との今の関係を問われると説明が難しい。キャレに顔を向けられると一瞬悩んでから口を開く。
「僕たちは道中で出会って、目的地がたまたま同じだったから一緒にいるんですよ」
「それでタダで守ってたのか?」
「いや何て言ったら良いのかな。実は直接守ったことはないんですよ。周りから見ると、同じ道を歩いている仲の良い他人みたいな感じかな。盗賊に襲われても助けませんでしたし、途中で一旦別れもしましたし。ああでも、人足として隊商に潜り込むときはちょっと手助けしたかな?」
「どんな関係なのかさっぱりわからんぞ」
「そうですよね。僕も同じ説明を聞いたらわからないだろうし」
キャレたち冒険者4人だけでなく、行商人2人も理解できないという表情をしていた。トリスタンは難しい表情をしたまま黙っている。うまく説明できる言葉は思い浮かばないらしい。
爽やかな朝、そうして全員が沈黙したが、すぐにエッベが声を上げる。
「あーもうわかりました。それじゃ今からあっしはこの2人を雇いますよ。対価は道中の食事でしたよね」
「いいのか?」
「いいですよ。この2人が強いのは知ってますし、それを干し肉と黒パンと薄いエールで雇えるなら安いもんですよ」
戸惑うキャレにエッベが言い切った。それからユウとトリスタンに顔を向ける。
突然降って湧いた報酬に2人が顔を見合わせた。わずかな間黙ってから返答する。
「僕たちはそれで良いよ」
「そうだな。まさか歩きの道中で飯が出るとは思わなかったが」
「ということです。後はそっちの問題ですから、この話はお終いってことで」
非常にすっきりとした表情を浮かべるエッベがキャレに言葉を返した。そして、1歩ユウたちに近づく。
その様子を見たキャレはかなり強い困惑の表情を浮かべていたが、大きな息を吐き出すとうなずいた。それから様子を窺っている行商人2人へと顔を向ける。
「あの3人はもういいだろう。で、あんたたちは自分の身は自分で守るでいいんだな? わかった。あんたたちの意見を尊重しよう。俺たち4人はあんたたちとは離れて行動する」
「え、どうして。わざわざ離れる必要なんてないだろう」
「それを言うなら、俺たちとあんたたちがわざわざ一緒にいる必要なんてどこにあるんだ?」
行商人2人はキャレの反論に動揺した。明らかに当てが外れた様子である。
自分の意見を行商人2人に伝えたキャレにユウは顔を向けられた。多少面食らいつつも相手の顔を見返す。
「ということで、俺たちは少し場所を変える。あんたたちもそうした方がいい」
「僕たちも?」
「そりゃそうだろう。このままここにいたらあの2人にタダで守らされるぞ。そんなことになったら、あんたたち2人を雇った賢い雇い主がバカを見るじゃないか」
「あー、確かに」
「だから離れた方がいい。なんなら一緒に来るか?」
「エッベ、この行商人も一緒に来るよ?」
「それは構わない。あんたたち2人を雇ったんだからな。あんたたちだけ報酬をもらうっていうのは羨ましいが、さすがに俺たち4人分まで用意はできないだろう。ただ、その行商人の身はそっちで守ってくれよ」
肩をすくめたキャレに対してユウはうなずいた。話がまとまるとキャレが仲間を促して歩き始めたので、それに続こうとする。
「待ってくれ! 3度の飯を払えばいいんだな? 私は払うぞ! ただし、2人分だけだ。さすがに4人分は払えない」
今まで黙っていた行商人が突然声を上げた。それに釣られてユウたち全員が振り返る。
不審げな表情を浮かべたキャレが黙ったままその行商人を見つめた。それからゆっくりと返答する。
「自分の身は自分で守れるんじゃなかったのか?」
「この島は盗賊や獣はいないが、魔物はいると聞いてる。そんなのに襲われたら逃げ切れない。私は行商人なんだぞ」
「ふむ、2人分か」
「さすがに自分の分を合せて5人分を5日間なんて持ってない。それに、あっちの行商人は2人を雇って同行を許されたんなら、私だって2人分で構わないだろう?」
反論されたキャレはちらりとエッベに目を向けた。すると、エッベはちらりとユウに目を向ける。しかし、ユウは困惑するばかりだ。
その間に、最初に反論した行商人もとうとう叫ぶ。
「わかった、オレも払う! 2人分払うから一緒に連れて行ってくれ!」
「本当にいいんだな?」
「いいよ、オレは急がないといけないんだ!」
悲しそうな表情を浮かべた行商人が全身で敗北感を表した。それを見てキャレは満足そうにうなずく。
言葉にはしなかったが、急いでいない方の行商人は次の徒歩の集団を待っても良かったのではとユウは思った。もちろん事情は人それぞれあるのだろうが、もしかしたら自分にとって都合の良い冒険者と一緒になれるかもしれないからだ。しかし、その次がいつになるかはわからないし、次の冒険者がどんな反応を示すのかもそのとき次第である。
色々と話していると結構な時間が過ぎたのだろう、隊商の荷馬車が動き始めた。それに合わせてユウたちも歩き始める。集団の中で先頭を歩くキャレたち輝く星は上機嫌、次に歩くユウたち3人は何とも言えない表情、そして最後尾を歩く行商人2人はすっかり落ち込んだ様子だ。
その徒歩の集団は、外から見ると何とも奇妙な集団だった。




