地面が白っぽい島
サルート島への船旅は何事もなく終わった。予定通り3日後にマギスの町の港に到着する。船上から見る港の風景はなかなか活気があった。
下船したユウたち3人は桟橋から港の石畳に移る。最初に向かうのは酒場だ。町の東側になる港から反対の西側へと町を迂回する。南回りで貧民街と貧民の市場の中を通り抜けた。歓楽街を見つけると酒場の並ぶ路地に入る。
目に付いた店舗に入ると多くの客で賑わっていた。空いているテーブル席に座ると給仕女に料理と酒を頼む。それら注文の品がやって来ると夕食の始まりだ。まずはエールで口を湿らせてから肉や黒パンに手を出す。
しばらくは腹を満たすことに集中し、料理が半分以上皿から消えてから口数が増えてきた。最もよくしゃべっているのはエッベである。
「ついに来ましたね、サルート島にあと一息、いや二息くらいですかね」
「そうだね。でも、本当に地面が白っぽいのには驚いたよ。あの白いの、全部塩なんだよね?」
「まだ確認してないですけど、恐らくそうなんでしょう。世界の果てに来たって感じですよねぇ」
「確かに果てっぽいよね」
しゃべりながらユウはかつての東の果てのことを思い出した。驚くほど普通の港と水平線だったのに比べると、北の果てはずっと秘境らしい。
考え事で黙ったユウに代わって今度はトリスタンが口を開く。
「エッベ、あんたはこれからどうするつもりなんだ? 俺たちは明日冒険者ギルドに行ってみるつもりだが」
「今までは町に着く度に路銀稼ぎも兼ねて商売をちょいとしてましたが、ここからはなるべく早くロルトの町へと行くようにしますよ」
「路銀は大丈夫なのか?」
「ご心配なく。手持ちの品はティパ市で全部売って換金しましたから」
「どうりで背嚢が小さくなっていたわけだ」
「次にここへ戻って来るときは、これを金貨でパンパンにするんですよ」
「実際にそれだけ金貨を入れたら重くて持てないような気もするけれどな」
「なんでそんな現実的なことを言うんですか。もっと夢のある発言をしましょうよ」
トリスタンの真面目な返答にエッベが悲しそうな顔を向けた。それを見たトリスタンが笑う。どうもわざとらしい。
しばらく黙って食事をしていたユウがそんな2人の会話に割って入る。
「エッベは明日にでもここを出発するつもりなのかな?」
「さすがに1日は休みますよ。でも明後日には出発したいですね」
「そうなると、また隊商に頼んで人足として雇ってもらうつもりだね」
「可能ならですけど。駄目なら歩きですね。この島だと徒歩の集団がどうなっているのかわからないんで、明日町の郊外に行って様子を見てきますよ」
「僕たちは朝の間に冒険者ギルドに行くよ。それで、明日の夕飯のときにお互いの結果を話そう」
「そうしましょう。場合によっちゃ、また一緒に旅をするかもしれませんねぇ」
「それって僕たちが仕事にありつけないってことだよね?」
「へへへ」
愛想笑いで誤魔化すエッベをユウは睨んだ。しかし、すぐに視線を外して木製のジョッキを傾ける。実際にその可能性はあるのだ。
明日の予定が決まると3人は再び雑談に戻る。七の刻の鐘が鳴る頃まで話し続けた。
翌朝、ユウとトリスタンは三の刻を待って冒険者ギルド城外支所へと向かった。小さい石造りの建物だ。中には冒険者が点在している。受付カウンターは空いていた。
相棒を伴ったユウが受付カウンターの前に立ち、厳つい顔の受付係に声をかける。
「おはようございます。昨日この町にやって来た冒険者なんですけれど、ロルトの町に行く隊商や荷馬車の仕事ってありますか?」
「その手の仕事は地元の連中で回してるから新顔には渡せないんだ。お前ら、冬の森や魔塩の山脈の探索をしに来たんだろ? そういう連中は歩いて行くのが普通だね」
仕事はあるが回せないと伝えられたユウはそれ以上何も言えなかった。田舎ではよくあることなので驚きもない。なので別の質問をする。
「では、街道を歩くときの注意すべき点を教えてもらえますか? 大陸の街道とは違ってこういうことは気を付けるべきなんていうのがあったら知りたいです」
「この島には盗賊と獣はいないが魔物はいる。そいつら襲ってくることがあるから気を付けるんだな」
「盗賊と獣がいない?」
「この辺りの地面が白っぽいのは見ただろう。あれは全部塩なんだが、当たり前のように地面にあんなものが混じってるこの島じゃ、地下水も全部塩水なんだよ。そうなると、どうやったって飲み水を確保できないから盗賊も獣もこの島じゃ生きていけないのさ」
「逆に魔物は生きていられるんだ」
「理由はオレたちだって知らないぞ。でも、いるんだからしょーがない。ということで、魔物には注意するんだな」
思わぬ話を聞いたユウとトリスタンは目を見開いた。徒歩での旅の注意点は基本的に変わらないようだが、襲ってくるのは主に魔物であることを知る。
話を聞き終えたユウは城外支所の建物から出た。しばらく黙っているとトリスタンから話しかけられる。
「ユウ、魔塩の街道がある西の郊外に行ってみないか?」
「何かあるの?」
「この島の徒歩の集団ってのがどんなのか気になったんだ」
「今って三の刻を結構回っているけど、まだいるかなぁ」
「どうせこの後やることもないんだろう? 見に行くだけ見に行こうぜ」
断る理由もなかったのでユウはトリスタンの提案を受け入れた。実際に歩いていくのなら事前に見ておくのも悪くはない。
町の西側の郊外はそう遠くなかった。街道に沿って西に進むとすぐにたどり着く。ユウの予想通り、街道周辺の平地に徒歩の集団はいなかった。しかし、見知った人影を見かける。
「エッベ!」
「ユウじゃないですか。トリスタンも。どうしたんです?」
「冒険者ギルドで仕事を探そうとしたんだけれど、地元の人にしか回せないって断られたんだ。それで僕たちも歩いてロルトの町に行くことになったんだよ」
「それじゃまた一緒なんですね。そりゃ良かった。ああいや、悪かったですね」
「どっちでも良いよ。それより、徒歩の集団はもういないの?」
「朝方に1組出て行ったきりですね」
「1組? ひとつだけなの?」
「どうもそのようなんですよ。この島で歩いて移動しようっていう奴は多くないみたいです。ただ、大陸とは集団の中身がちょっと違うようですけどね」
「どう違うの?」
「普通なら旅人や貧民、それにあっしのような行商人なんかが大半なんですが、この島だと冒険者と行商人ばかりなんですよ」
「それはまた、すごく偏っているね」
「ええ。冒険を求める奴や一攫千金を狙う奴なんでしょうねぇ」
何とも不思議な話をユウはエッベから教えてもらった。普通ではあり得ない構成である。ただ、戦力的には心強いのは確かだ。
ユウの話が一段落すると今度はトリスタンがエッベに話しかける。
「ところで、エッベは隊商と話をしてきたのか?」
「してきましたよ。でも、全部断られてしまいました。前みたいな幸運なことは早々ないようですね」
「だからさっき俺たちが歩きになったことを喜んだのか」
「へへへ、その通りです」
「その朝に見た徒歩の集団は何人だったんだ?」
「10人でしたね。冒険者が8人、行商人が2人でしたよ」
「明日も同じだけ人が集まるとは限らないんだよな」
「その通りです。あっしもそこを気にしてるんですよ。最悪、あっしらだけかも」
「できればそれは避けたいな。もしそうだったら出発を1日遅らせようか」
「あっしはそうでも行きたいんですけどね。やっぱり3人じゃ無理ですか?」
「街道だと見張るのも戦うのもやっぱり何人かほしいな。冒険者ギルドで聞いた話なんだが、この島だと盗賊や獣はいない代わりに魔物に襲われるんだそうだ。その魔物が3匹以上で俺とユウの間をすり抜けてエッベに向かってきたら、な」
「うっ、それは怖いですね。魔物じゃ命乞いもできそうにないですし」
「盗賊だと荷物を差し出したら許されることもあるもんな」
しゃべっていたトリスタンとエッベがため息をついた。盗賊も問答無用で殺しにかかってくる者は多いが、中には話を聞いてくれる者もいる。しかし、魔物はそのすべてが絶対に人間の話など聞いてくれない。
最後にユウが2人に声をかける。
「もう行こうか。明日の準備もしないといけないしね」
「そうだな。にしても、この町ってティパ鉄貨が本当に使えるんだな。昨日は驚いたぞ」
「同じレファイド王国の町でもこっちは鉄貨を作れないからだそうです。あっしらに都合が良いんで構いませんが」
「物価は高いけれどな」
「水も全部大陸から持ち込みじゃ、どうにもなりませんよ」
3人は話をしながら踵を返した。そのまま街道に入って町側へと歩く。やがてその姿は建物の陰で見えなくなった。




