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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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船に乗っているだけ

 乗船する約束の日、ユウとトリスタンはエッベに引率されて船へと向かった。海を渡る船の中でも比較的小型だ。サルート島のマギスの町とティパ市を往復する船だとエッベが説明する。


 甲板に乗り込んで船長と出会うと全員が船賃を支払った。これでユウたちはこの船の乗客である。もてなしは大して期待できないが仕事はしなくても良い。


 朝一番に港を出港する船もある中で、ユウたちの乗る船は遅めにティパ市を離れた。3日という短い航海なのでほとんど誤差も考える必要がないため、余裕を持って出港できるからということだ。


 自分の荷物を船倉に縛り付けたユウは甲板に出て舷にもたれかかっていた。その隣にはトリスタンとエッベがいるわけだが、エッベはつらそうな顔をしている。


「エッベ、どうしたの?」


「船の中の臭いにやられたんですよ。何ですかあれは」


「何と言われてもああいうものだとしか言えないよ。というより、エッベは船に初めて乗るの?」


「ええ、これが初めてですよ。話には聞いていましたが、きついですねぇ」


「船に乗る交渉をしていたから、てっきり乗ったことがると思っていたのに」


「今までそんな機会がなかったですからね。まぁでも、金を払うから船に乗せてくれって言うだけでしたら、別に難しい話じゃないですよ」


「交渉するだけならそうなのかもしれないね。でも、これから3日間あの臭いのする船室で寝るんだけど、大丈夫?」


「うへぇ、たまんないですね」


 心底嫌そうな顔をするエッベにユウは苦笑いした。余裕ぶってはいるがユウもあの臭いは嫌いだ。単に慣れただけである。


 かわいそうな行商人の気分を紛らわせるために、ユウとトリスタンはエッベと雑談を始めた。これから向かう先には希望があるのでその話題が中心である。


 サルート島はモーテリア大陸の北端にある大きな島だ。原因は不明だが島全体が塩で覆われているのかというくらいに塩で溢れている。一説によると岩塩の塊である魔塩の山脈から塩が島全体に溢れたらしい。そのため、地面は塩が多量に含まれており、白っぽくなっている。このように塩分過多の土壌は農業には適していない上に、モーテリア大陸の北端よりも更に北側にあるので冬の寒さもかなり厳しい。よって、この島は岩塩と魔塩の採掘によって何とか成り立っている。


 この話だけを聞くと動植物には適さない不毛の土地であるが、では実際はどうなのかというと島の南部は緑溢れる森なのだから不思議という他ない。魔塩の山脈の南に広がるこれを冬の森と人々は呼んでいるが、この森を形成する植物はこの塩の島で生きるために見事適応している。また、この森には古代文明の遺跡が点在しており、冒険者の探索の対象となっていた。


 他にも、マギスの町の脇には海水の川という大きな河川の河口がある。この川は文字通り海水と同じ濃度の水が流れているのだ。更には採掘魚(マイニングフィッシュ)という見た目はウナギよりもミミズに近い凶暴な魚が生息していることで有名である。小さく細長い魚なのだが、嘴のような口は非常に強力で獣の厚い皮も食い破るのだ。尚、産卵期にはその獲物の中に卵を産み付ける。


 話しているうちに顔色が良くなってきたエッベを見てユウは安心した。船酔いもしていないようなのでこれなら大丈夫だと判断する。


「それにしても、そんな塩ばかりの島で、よく人が生活できるよね」


「やっぱり金になるからですよ。そういう所にはみんな集まるんです。現にあっしも今から行こうとしてますしね」


「珍しい物がありそうだからっていう理由で行こうとしている俺たちみたいなのもいるだろうしな。遺跡もあるんだろう?」


「ありますよ。ただ、めぼしい物は大体取られてしまってるらしいですが。後は魔石がちょろちょろと獲れるくらいですかね」


「これは収入に関しては期待できそうにないな」


「そこであっしの仕事ですよ! 損はさせませんから、ぜひ一緒にやりましょう!」


「まずは塩脈っていうのを見つけてから誘ってくれ」


 行商人とサルート島の話になると大抵は儲け話になってしまうことを既に知っているトリスタンは肩をすくめた。


 船の旅は快調に進む。波も穏やかな方なので過ごしやすい。今まで船員補助として働いていたユウからすると素晴らしい環境である。そんな中でエッベが船内の悪臭だけでなく他のことにも頭を悩ませていることを知った。


 それは食事である。船の食事といえば、塩辛すぎる肉、硬すぎるビスケット、そして微妙な味の薄いワインだ。もっとも、これは1度に10日以上航海する船の食事である。航海日数が3日間しかない船では干し肉に黒パンというもっとましな食事を口にできた。しかし、ワインの味だけは航海が短期間だけであっても避けられない。


 酒にうるさいエッベにはこのワインが耐えられないようだ。口にする度に文句が出る。


「話には聞いてましたが、この食べ物、本当にひどいじゃないですか。銀貨2枚出してこんなもんを与えられたんじゃたまりませんねぇ」


「食べ物が干し肉と黒パンなんだからまだ良い方じゃない」


「他の船だとどんな物を食べてるんです?」


「塩の塊に埋め込まれた肉、かろうじて噛めるビスケット、それにこのワインかな。そうだ、味の濃い乾燥果物もあったね」


「その肉は果たして口に入れられるんですか?」


「入れられるよ。同時にワインも飲まないといけないけれど」


「船の中がこの世の地獄だってことはよくわかりました。みんなよくそんなのに耐えられますねぇ」


「海の上だと逃げ場なんてないしね」


「港に着いたらとんずらしますよ、あっしなら」


 渋い顔をしながらもエッベは我慢して与えられた物を口に入れた。3日間の我慢だとつぶやきながら飲み込む。以後、食事のときはずっとこうだった。


 食事と睡眠以外となると客の身分であるユウたち3人は時間がある。そのため、雑談をする以外ではそれぞれ思い思いのことをやっていた。


 ユウは鍛錬だ。波で揺れている船の上では自伝を書くのが難しいので、久しぶりに集中して体を動かす。陸地とは違って船上では不安定だが、今まで散々船の上で働いてきたので踏ん張るのは難しくない。戦っているときのことを思い出しながら鍛錬をした。


 すると、エッベが興味深そうな顔をしながら近づいて来る。


「ユウ、それは何をやっているんですか?」


「教えてもらったことを繰り返し練習しているんだよ。戦うときに役立つんだ」


「だったら武器を使って体を動かした方がいいんじゃないですか?」


「それもするよ。でも、素手で基本を繰り返して体が忘れないようにするんだ」


「なるほどねぇ」


「エッベもやってみる?」


「あっしですか。いやぁ、やめておきます。逆に体が潰れかねませんよ」


「そういえば、ティパ市に来る前に隊商が襲われたことがあったでしょ。あのとき、随分と速く走っていなかった?」


「小さいときから駆けっこだけは自信があるんですよね。だから、今まで逃げられたんです」


「鍛えればそこそこできるようになるんじゃないかなぁ」


「ユウやトリスタンみたいにずっと体を動かしてたら、次の日は起き上がれなくなってしまいますって。それだと商売に支障をきたしますんで、さすがにね」


 鍛錬の誘いを断ったエッベにユウはそれ以上何も言わなかった。予想できたことなので落胆もない。ただ、体を鍛えていれば同じ逃げるにしても選択肢が増えると思って声をかけただけだ。


 それに、体を鍛えるのならば相棒の方が先である。ユウは船上生活2日目にトリスタンを組み手に誘った。武器は手からすっぽ抜けると危ないので素手である。甲板に出てお互いに向き合った。


 首を回しながらトリスタンが口を開く。


「こうやって相手をするのも久しぶりだな」


「最近は休みになると別行動も多かったし」


「素手だと勝てる気がまったくしないんだが、やらないわけにもいかないんだよなぁ」


「それじゃ始めよう」


 揺れる船の上でユウとトリスタンが組み手を始めた。慎重に構えるトリスタンにユウが先に仕掛ける。最初は緩やかにやや大振りで攻撃し、相棒が反撃してきたところで急に鋭く動いて迫った。しかし、トリスタンもそれは承知していたようで横に避けられる。


「それはもう引っかからないぞ。前にやられたのを覚えているからな」


「しばらくやっていなかったから忘れていると思っていたのに」


「甘いって」


 そう言いながら今度はトリスタンから仕掛けてきた。こちらは駆け引きなしで殴ってくる。


 2人がそんなことを始めると周囲に手空きの船員が集まってきた。徐々に盛り上がり、ついには船長さえもがやって来て一緒に楽しむ。


 マギスの町に到着するまでの間、この組み手を繰り返したユウとトリスタンはすっかり船員たちの人気者になった。

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