島への渡り方
豊魚の川に沿っての隊商の旅も終わった。月が変わった最初の日にヤーコブの隊商はティパ市の郊外に到着する。原っぱに移った荷馬車は適当な場所で次々と停車した。今回は多数の馬を引き連れているのでその分賑やかだ。
荷台から降りたユウとトリスタンは人足たちと共に最後の仕事に取りかかる。傭兵たちが報酬をもらって歓楽街へと繰り出す横で荷馬車と積み荷を点検した。
その作業が終わると荷馬車から自分の荷物を引っ張り出して背負う。それから商隊長のヤーコブの元へと向かった。
手の空いた人足に報酬を渡していた商売人にユウが声をかける。
「ヤーコブさん、作業が終わりました」
「ご苦労だった。お前たちの報酬はこれだ。確認してくれ」
「はい。うわ、かなりありますね」
「今回は戦利品に馬があったからな。それを4頭も売ったんだからまとまった額にもなる」
あらかじめ金額を聞いていたユウだったが、実際にその金額を目の当たりにするとやはり声に出た。
盗賊の襲撃を撃退した場合、1人頭銅貨いくらという報酬の他に倒した盗賊の所有物を手に入れることができる。武器や防具や衣類、その他にも所持品すべてが対象になるが、騎乗していた場合は馬も含まれるのだ。この馬の値段がかなりの値になるのだ。
このような高額の戦利品が手に入ると隊商の仕事であっても船舶の仕事と同等以上の収入を得られる。1週間から2週間の仕事で金貨が手に入るのだ。傭兵や冒険者という職業が貧民から人気がある理由である。
満面の笑みを浮かべたユウとトリスタンは報酬を懐にしまうと踵を返した。そこへエッベがやって来る。
「2人とも、いい笑顔ですね。報酬が結構な額になんですか」
「まぁね。それじゃ酒場に行こう」
3人は集まると傭兵や人足と同じくティパ市の歓楽街へと向かった。
レファイド王国の王都でもあるティパ市には東門辺りに少し上等な市場や歓楽街があり、町の北側に貧民街とその貧民が利用する歓楽街がある。ライヴ市と似たようなものだ。懐の温かい外部の者たちは東門側を利用することが多い。
時刻はそろそろ六の刻になる。最近はこの頃になると往来する人々を照らす光は朱い。そんな1日の終わりを意識させられる中、ユウとトリスタンは東門側の歓楽街に入った。
奥まった所にあるテーブル席に座った3人は給仕女に料理と酒を注文すると雑談に入る。
「やっとここまで来たね。大陸北部に足を踏み入れてから2ヵ月くらいかな?」
「あっしがユウたちに出会ってからもそのくらいになりますよねぇ。もっと前から会ってたような気もしますが」
「お前との出会いは最悪だったけどな」
「それを言わないでくださいよ、トリスタン」
にやにやと笑うトリスタンにエッベが情けない顔を向けた。ユウがその様子を見て苦笑いする。
給仕女が料理と酒を持ってくると夕食が始まった。久しぶりのまともな食事に全員が舌鼓を打つ。目に見えて3人の口数が減った。
ある程度空腹を満たすと木製のジョッキを片手に誰もが話を再開する。話題は自然とサルート島についてのことが多くなった。
その中でユウが何気なく発言する。
「いよいよこれからサルート島に渡るわけだけれど、船の仕事がすぐに見つかると良いよね。目の前で何日も足止めされるのはさすがに嫌だし」
「そうだよな。さすがにちょっとは休みたいが、船の仕事待ちでずっと休み続けるのはさすがに避けたい」
「ちょっと待ってください、2人とも。ここからサルート島まで船で3日間程度だそうですから、わざわざ仕事を探さなくてもいいじゃないですか」
「でも、仕事をしながらじゃないと船賃を取られるじゃないか。あれって最低銀貨1枚からだったろう?」
「トリスタン、何を言ってるんですか。3日間ですから支払うのは銀貨2枚なんですよ。確かに安くはありませんが、今の2人ならこのくらいは支払えるでしょう。今は時間を惜しむべきときですよ」
エッベに強く主張されたユウとトリスタンは顔を見合わせた。随分と急いでいるなと思ったところで、この行商人が一山当てるためにサルート島へ行こうとしていることを思い出す。ある意味物見遊山の側面がある2人とは必死さが違うのだ。
微妙な表情を浮かべたユウがエッベに問いかける。
「僕もトリスタンも、このティパ市で何日か休もうと思っていたんだけれど、エッベは明日にでも出発したいわけ?」
「可能でしたら明日にはサルート島のマギスの町行きの船と話をまとめたいとは思っています。それ次第ではすぐに出発することになるかもしれませんけどね」
「さすがに急ぎすぎに思えるなぁ。トリスタン、どう思う?」
「俺は少し休みたいな。別に何週間もってわけじゃないが、せめて3日間くらいは」
「銀貨を支払って船に乗ったら3日間は休めますよ」
「俺の求めている休みはそういうのじゃないんだよなぁ」
前のめりのエッベの反論に呆れと苦笑いの混じった顔をトリスタンが見せた。トリスタンの休みとは町で遊ぶということも含まれているのだ。単に体を休めるというだけでは足りないのである。
それにそもそもの話、2人はエッベと目的地が一緒だというだけでしかない。話を聞いて魔塩の採掘に興味を持ったのは確かだが、まだ手伝うとは明言していないのだ。すっかり仲良くなったのは事実でも旅程を引きずられるほどではない。
色々と考えた上でユウはエッベに提案する。
「だったらこうしない? 明日の朝一番に冒険者ギルドに言って船の仕事の確認をして、もし仕事が見つかったけれどエッベが待ちきれないほど先の出発だったら別行動にしよう」
「それで、現地で集合ってわけですね。前みたいに六の刻頃に冒険者ギルド前で集まるって感じですか」
「そうなるかな。まずは明日、冒険者ギルドに行って仕事の有無の確認からだね。それで話は大きく変わるから」
「わかりました。それでいきましょう」
話がまとまると3人とも大きく息を吐き出した。いつの間にか緊張していたのだ。しかし、それも終わりである。
重要な話が終わると、その後は全員で夕食を楽しんだ。
翌日、ユウたち3人は冒険者ギルド城外支所へと向かった。三の刻の鐘が鳴った後に建物内に入ると冒険者たちがあちこちに集まっている。受付カウンターの前にも短いながら列ができていた。そこへ全員で並ぶ。
目の前の冒険者の用件は短かったらしく、順番はすぐに回ってきた。厳つい顔の受付係の前にユウたちは立つ。
「おう、何の用だ?」
「僕たち昨日この都市に来たんですけれど、サルート島のマギスの町に向かいたいんです。だから、ここからマギスの町行きの船の仕事があるなら教えてほしいです」
「そいつぁねぇな。こっからマギスまでは3日しかねぇし、さすがにこの辺りで海賊行為をするヤツぁいねぇからな」
「そうなんですか」
「サルート島に渡りてぇってんなら、船賃を払って乗るんだな」
当てが外れたユウは少し呆然とした。しかし、言われてみると納得の理由ではある。
用が済んだ3人は城外支所の建物から出た。歩きながらエッベが他の2人に話しかける。
「まさか仕事自体がないとは思わなかったですよねぇ」
「そうだね」
「でも、これで次はあっしの出番ですね。すぐに船を見つけてきますよ」
「できれば何日か先に出港する船を頼む」
トリスタンに注文を付けられたエッベは愛想笑いをした。そのまま小走りに港へと向かってゆく。
「エッベの奴、明日出発の船と約束しそうな勢いだよなぁ」
「さすがにそれは僕も嫌だな。せめてもう1日はほしい」
雑踏の中に消えたエッベのことを考えながらユウとトリスタンはため息をついた。どちらも後は待つしかない。
「ユウ、これから賭場に行こうぜ」
「いいよ。でも、昼からは市場を回るからね」
「そういえば、食べ歩きの趣味に目覚めたんだっけか?」
「トリスタンもどうかな?」
「うーん、どうしようか。昼飯を食った後っていうのはなぁ」
歩きながら腕を組んだトリスタンが唸った。そして、とりあえず保留ということになる。
夕方、六の刻頃に3人は冒険者ギルド城外支所の前で合流した。そのとき、エッベが笑顔で2人に告げる。
「船の約束を取り付けました。明後日の朝に出港します」
「明後日、2日後か。あーうん、僕は良いかな」
「へへへ、ちゃんとトリスタンの要望も取り入れてあるでしょう?」
「また微妙な線を突いてきたな。うーん、まぁいいか」
「それじゃ決まりですね! 明日はこの都市でしっかり遊んどいてくださいよ。体を休ませるのは船の上でもできますから」
元気いっぱいの行商人から告げられたユウとトリスタンは小さくうなずいた。
話がまとまると3人は酒場へと歩き出す。徐々に雑踏の中に姿が紛れていき、最後は完全に見えなくなった。




