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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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安心できても安全だとは限らない

 3日間の休みが終わり、ユウとトリスタンはエッベと共にヤーコブの隊商に戻った。出発の準備を他の人足とこなし、作業が終わると荷馬車に乗り込む。二の刻の鐘が鳴ると荷馬車は順次動き始めた。


 揺れる荷台の上でユウはぼんやりと外を眺めながら座る。今日も良い天気だが、ユウ自身の気分はあまり晴れない。機嫌が悪いのではなく、色々ともやもやとしているのだ。


 ひとつは、昨晩の酒がまだいくらか残っているせいである。毎晩夕食時にエッベが色々と飲ませてくれた酒が抜けきっていないのだ。そのせいで頭がいくらか重い。


 もうひとつは、博打について思うところがあるせいだ。やり方がわかってきたらその分だけ面白くなったのは確かだが、どうにも賭ける金額を増やせない。前の大負けしたときのことをまだ引きずっていることは自覚していた。


 教えられたことはどうにも首をひねることが多いが、一方でそれなら自分で自分が楽しいと思える遊びを見つけられるのかと問われると返答に窮する。なので、当面は勧められたことをやってみることにした。ただ、酒に関しては飲む量を減らそうと心に決めたが。


「ユウ、お前頭痛くないか?」


「重いけれど痛くはないかな。二日酔い一歩手前っていう感じ。トリスタンは?」


「少し重いくらいかな」


「痛み止めの水薬飲む?」


「自分のがあるからいい。それに、我慢できないほどじゃないしな。けれど、先に眠らせてくれないか?」


「いいよ。なら昼からは僕が寝るね」


 酒好きのエッベに結構付き合っていたトリスタンが眠るのをユウはぼんやりと眺めた。あれだけ飲んで翌朝は全然平気だというのだからエッベは相当酒に強いことがわかる。


 何とも冴えない旅の再開だったが、そんな2人とは関係なく隊商の滑り出しは順調だ。


 昼になると休憩のために隊商の荷馬車は停止する。ユウは荷馬車と積み荷の点検をすると昼食に取りかかった。夕食とは違って昼食は干し肉と黒パンを支給されるだけなのでそれを食べる。


 馬の世話からまだ戻って来ないトリスタンのことを気にしていたユウはエッベに声をかけられた。振り向くと黒パンを囓っている。


「エッベも仕事が終わったんだ」


「そうです。後はこれを食べて荷馬車に乗るだけですよ。トリスタンはどこです?」


「馬の世話だよ。まだ終わってないみたい。先頭の辺りにいると思う」


「そういえば、さっき他の人足から元気のない馬がいるって聞きましたが、もしかしてそれ関係ですかね?」


「どうだろう? たぶんそうかもしれない」


 少し首を傾けたユウは曖昧な返事をした。誰にも話を聞いていないのでトリスタンの事情は知らない。


 一瞬会話が途切れるとエッベが別の話題を切り出す。


「そういえば、ユウは大陸の西の端出身で、東の端には行ったんですよね? それで、今度は北の端に行く予定だと」


「うん、そうだよ」


「確か南方辺境にも行ったことがあるって前に聞きましたけど、もしかして南の端にも行ったことがあります?」


 問われたユウは過去を振り返ってみた。かつて南方辺境の果てに行ったときに、竜鱗の街道の終端まで行ったことを思い出す。もしかしたらあの港町が南の端かもしれない。


「たぶん、通り過ぎているかもしれない。そこが南の端だったのかは自信ないけれど」


「ということは、もしかしたら北の端にたどり着いたら大陸の端を全部制覇したことになるんですね?」


「そうなるのかな」


 モーテリア大陸の南端について意識していなかったユウは自信なさげにうなずいた。しかし、もしあの港町が南端であるのならばエッベの言う通り大陸の端を制覇したことになる。あまりにも実感がなさ過ぎて何の感情も湧いてこないが。


 一方、尋ねたエッベは目を輝かせる。


「すごいじゃないですか。そんなことをしたのはこの大陸広しといえどもユウだけでしょう。大したことをしたんですねぇ」


「まだ北の端には行っていないよ」


「大陸の北端ならもう行ったも同然ですって。後はサルート島に渡ってロルトの町に行くだけですよ。いやすごいなぁ」


 しきりに感心されたユウは何だかむずがゆかった。しかし、次第にすごいと自分でも思い始めてきているのだから内心で苦笑いする。


 そんなときにちょうどトリスタンが戻って来た。エッベの話の端を耳にしていたらしい相棒が話題について説明してもらうと同じように感心する。


 改めて2人から褒められたユウは照れた。




 旅程の半分程度を進んだ頃、ユウは心身共にすっかり元気になっていた。周囲を見る目もいつも通りである。


 同じ荷馬車に乗るトリスタンと話をしながら外の風景を眺めていたユウは北東の地平線辺りに人影を見つける。


「トリスタン、北東のあの辺に人がいるよね? たぶん馬に乗っていると思うんだけれど」


「みたいだな。あー、最後まで平穏無事ってわけにはいかないか」


 同じように地平線辺りの影を認めたトリスタンがため息をついた。人によっては稼ぎ時と喜ぶ者もいるが、ユウとトリスタンはそうではない。いつも勝てる相手が襲ってくるとは限らないからだ。


 夕方、野営の準備を人足が始めたのを尻目に2人はヤーコブに報告をした。随分と嫌そうな顔をしたがその話を受け入れる。夕食時になると集まった全員にその報告を周知すると、人足は不安な表情となり、傭兵の一部はやる気を見せた。


 こうなると、夜の見張り番はいつも以上に力を入れないといけない。特に最近は新月の時期に近いのであまり視界が利かないため、こちらは篝火(かがりび)を利用せざるを得ないのが不利である。どうしても襲撃者の目印になってしまうからだ。


 見張り番をする者は篝火(かがりび)から離れて立つ。矢を射かけられるのを避けるためだ。自分の保身のためだけでなく、襲撃者を発見して仲間を知らせるためでもある。


 自分の番がやって来たユウは明かりの範囲ぎりぎりに立っていた。冬ではないので暖を取る必要がないことから、目立たないことを最も重視した位置取りだ。遠方の視界は最初から諦めて音で異変を感じることに集中している。


 南側は川なので北側へと意識を向けているユウの耳に今までとは違う音が入ってきた。向かい風が音を運んでくれたようである。


「敵襲! 盗賊が攻めてきたぞ!」


 迷いなく叫んだユウは武器を手にして立っている位置から斜め右後ろへと下がった。今の状況ではとりあえず隊商関係者起こすのが最善だ。例え間違っていても怒られるだけで済むし、正しい自信がある。


 荷馬車から人が出てくる音がすると共に、北側から馬蹄が地面を蹴る音がはっきりと聞こえてきた。先程よりも音が大きく聞こえるのは近づいたというだけではない。隊商側に察知されたことに気付いて奇襲から強襲に切り替えたのだ。


 弓矢での攻撃はなく、盗賊たちは馬ごと隊商側へと突っ込んで来た。しかし、ユウも傭兵たちも慣れたもので荷馬車を背に待ち構える。すると、衝突を恐れた盗賊たちが速度を落として馬首を巡らせようとした。


 隊商の護衛たちはそこにつけ込んで突撃する。脚を緩め側面を見せた馬上の盗賊の脚を次々と切りつけた。あちこちで悲鳴が上がる。


 ユウも同様に盗賊へと近づき、槌矛(メイス)で相手のひざを砕いた。弱った相手を引きずり下ろし、頭部を殴ってとどめを刺す。そうして槍を手に入れると、以後は槍を使って馬上の盗賊を次々に倒した。


 この場面だけを見ると隊商の護衛が優勢だが、盗賊側は数が多いのであぶれた者たちが荷馬車に攻撃を仕掛ける。すると、あちこちで悲鳴が上がって外に飛び出す者もいた。


 盗賊と戦っていたユウは背後から聞き覚えのある悲鳴を耳にする。


「ひぃぃぃ、助けてぇぇぇぇ!」


 盗賊を倒したユウが振り向くとエッベがこちらに向かって走ってきているのが見えた。その背後には盗賊が迫っていることも知る。


 反転したユウは急いでエッベに走り寄った。そのまますれ違って盗賊の槍を受け流す。そのとき槍を掴むと体重を乗せて地面へと引っぱった。耐えられなかった相手は頭から地面に落ちる。


 荷馬車と人足などを守りつつ、ユウとトリスタン、そして傭兵たちは盗賊と戦った。篝火(かがりび)が倒されて悪化する視界の中で奮闘する。


 どのくらい戦っていたのかユウもはっきりとはわからなかったが、気付けば盗賊はいなくなっていた。全滅したのか生き残りが逃げたのかわからないものの、とりあえず戦いは終わる。


 日の出を迎えて被害を確認すると、荷馬車の(ほろ)に穴を空けられたり人足や傭兵に怪我人が発生していた。しかし、積み荷は無事で死亡者もいない。結果的には被害を最小限に抑えたと言える。


 負傷者の治療や荷馬車と積み荷の確認、それに護衛者の戦果確認などで出発は大きく遅れた。それでも隊商関係者の顔には安堵の表情が強い。


 気を取り直して隊商は再び進み始めた。

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