遊びを覚えよう
豊魚の川沿いにある中継拠点の町ディテバにヤーコブの隊商はたどり着いた。渡し船で川を渡って町の南端に移ると西側の原っぱへと向かう。
荷馬車が原っぱの一角に停まると全員が荷台から降りた。人足は町での停車の準備を始め、傭兵はヤーコブに報酬をもらって歓楽街へと繰り出していく。
護衛兼人足のユウとトリスタンは人足として働いた。点検作業が中心なのですぐに終わる。報告を済ませると荷馬車から自分の荷物を引っ張り出し、それを背負うと商隊長の元へと向かった。報酬を受け取るといつの間にか側にいるエッベと向き合う。
「ユウ、トリスタン、それじゃ酒場に行きましょうか!」
「そうだね、早くお肉が食べたいよ」
「俺はエールが飲みたいな」
酒場で何がしたいかを話しながら3人は歓楽街へと足を向けた。最近は日が短くなってきたので七の刻までに日が暮れてしまうが、それでも六の刻辺りではまだまだ明るい。
何となく目に付いた酒場に入ったユウたちは空いているテーブル席に座った。給仕女に料理と酒を注文すると緩んだ態度で雑談を再開する。
「前から2人に聞きたいことがあったんですけど、この際聞いちゃいましょうか。ユウもトリスタンも、こういう休みのときはいつも何をしてるんです? ちなみにあっしは、酒を飲むか市場巡りをしてますよ」
「市場巡り? 商売のタネでも探しているのか?」
「へへへ、さすがトリスタン、よくお見通しで。でもね、良い匂いに釣られてあっちこっちにふらふらしてるもんですから、なかなかうまくいかないんですよ」
「なんだそりゃ」
「けどね、こういう小物が結構好きなんでたまに買ってるんですよ」
荷物の中からエッベが小さい耳飾りをひとつ取りだしてテーブルに置いた。陶器製で花びらをあしらったものである。
「これ、女物じゃないのか? まさか、こういうのを身に付けて」
「いやいや待ってくださいよ、トリスタン! 自分で身に付けるわけないでしょう。きれいだから見てるだけですよ。それに、こういうのをいつも持ってると、いい女に出会ったときにすぐ贈り物として渡せるでしょう?」
「おー、それは思い付かなかったなぁ。ちなみに、これっていくらくらいするんだ?」
「これは安物ですから銅貨2枚くらいですね。探せばもっと安いのもありますけど。気に入りました?」
「あーいや、安いんだったら娼館に行ったときに渡せるかなって思ったんだ。それで相手が喜んでくれたら、ほら、いつもより頑張ってくれるだろう?」
「ははぁ、なるほど。トリスタンも色々と考えてますねぇ」
やって来た給仕女がテーブルに料理と酒を並べていくのを尻目にトリスタンとエッベが盛り上がっていた。話はまだ続く。
「ということは、トリスタンは休みの日によく娼館に行くんですか?」
「町に着く度に行っているぞ。昼は賭場、夜は娼館だ」
「え、毎日娼館に通うんですか? そりゃまた元気ですねぇ」
「さすがに毎日じゃない。あいや、休みが3日間のときは1日目と2日目には行くから毎日なのか?」
「まぁ難しいところですね。相手はいつも同じなんですか?」
「いや、ばらばらだな。大体、毎回違う町の娼館で買ってるから馴染みなんてできないよ」
「確かに。でも、とっかえひっかえというのともまた違いますよねぇ」
「これでそんなことを言われたら、もう娼館にはいけないぞ」
テーブルの上の料理を適当に摘まみながらトリスタンとエッベは楽しそうにしゃべっていた。たまに木製のジョッキを傾けて口を湿らせる。
その様子をユウは黙って見ていた。何となく、いや個人的にかなり入りづらい。早く別の話題に移ってほしいと強く願う。すると、その願いは半分だけ叶った。
ある程度トリスタンとしゃべったエッベがユウに顔を向ける。
「すいませんねぇ、話し込んじゃって。それで、ユウは休みの日に何をしてるんです?」
「え? 僕? えっと、衣類の修繕と洗濯に川での入浴、体の鍛錬、後は自分のことを羊皮紙に書く、かな」
返答を聞いたエッベの顔が奇妙に歪んだのをユウは見た。自分の発言を思い返して間違っていないか確認する。確かに休みの日は大体そんなことをしていた。しかし、最近加わった新しいことはまだ言っていないことを思い出す。
「そうだ、最近は食べることもあるかな。昼と夜は酒場でたくさんお肉を食べるし、他にも市場で気になったのは買って食べるようになったんだ」
「あー、うん、まぁ、えーっと、こりゃ質問が悪かったですかね。それじゃ改めて聞きますが、休みの日は何をして遊んでるんです?」
「え? 遊ぶ?」
「そうです。服の修繕とか入浴とか体の鍛練とかは遊びとは違うでしょう。そういうのが趣味だっていう人もいるでしょうが、ユウはそうなんですか?」
「趣味かどうかって言われたら、別にそういうわけじゃないけれど」
「あと、自分のことを羊皮紙に書くってどういうことなんです?」
「えーっと、あれは故郷を出て段々忘れていくのが嫌だったから、記録に残そうというのが始まりだったんだ。後で見直したら思い出せるでしょ?」
「それも趣味じゃないでしょう。物忘れを防ぐためとかそいう類いですよね。最後の食べることもまぁ趣味と言えなくはないですけど、何かこだわりでもあるんです?」
「こだわり? うーん、まずくなければ何でも食べるかなぁ」
「そりゃ結構なことで。でもそうなるとこれも趣味じゃないですよねぇ」
「エッベと同じように市場巡りをしているのに?」
「あーそう言われるとまぁ」
最後の反論で何とかエッベの主張を押しとどめたユウだったが、どうにも居心地が悪かった。そこへトリスタンから声をかけられる。
「遊びがないんだよな、ユウは。もっと刹那的に生きるべきなんだ」
「え、刹那的?」
「そう。大陸の西の果てから東の果てに行ったり今度は北の端に行こうとしたりと壮大なことをしている割に、普段の生活は恐ろしく真面目なんだ。そこがどうも前からちぐはぐに思っていたんだ」
「でもそれじゃどうしたら良いの?」
「そうだなぁ。本当は娼館に連れていきたいんだが、ユウは何だか避けているからな。無理に連れていくものでもないし、ここは賭場で手を打とう」
「賭場? 前に行ったことのあるあそこ?」
「そうだ。前はとりあえず行っただけだが、今回はちゃんと遊び方を教えてやるぞ」
「そんなのあったんだ」
「まぁ楽しめれば何でもいいんだが、ユウの場合はそこも教えないと駄目そうだし」
話が何だかおかしな方向へと向かいつつあることにユウは目を白黒させた。
そんなユウを尻目にトリスタンがエッベに顔を向ける。
「エッベは賭場に行ったことはあるよな?」
「ええ、そりゃまぁたしなむ程度には行きますが」
「それじゃ、明日3人で一緒に賭場へ行こう。ユウに遊びを覚えさせるんだ」
「あっしもですか。そりゃ構いませんが。だったら酒の方はどうなんです? それなら今すぐにでもできますよ?」
「酒かぁ。それもいいな。エッベはそっちの方が得意なのか?」
「任せてくださいよ。これでもちったぁうるさいんですよ?」
「よし、決まりだ! 今すぐ始めよう!」
次第にやる気になってきた2人を見てユウは動揺した。具体的に何をさせられるのかがわからなくて不安が大きくなる。それでも場は動き続けた。
その後、ユウはエッベ推薦の酒を次々と飲むことになる。どうやって飲むのだとか、何を食べてから飲むと旨いだとかを奢ってもらいつつ教わった。これにはトリスタンも加わって木製のジョッキを呷り続けることになる。
さすがにここで酔い潰れるわけにはいかなかったので3人とも限界を超えるようなことはしなかった。しかし、久々の深酒でユウとトリスタンは体がふらつくようになる。
翌日、朝の間に調子を取り戻した3人は昼から賭場へと向かった。初めて入る店にもかかわらずまるで馴染みの場所に来たかのようにトリスタンが振る舞う。そして、率先してユウに賭場での遊び方を教えた。2日目からはさすがに仕事があるのでエッベは抜けたが、休みの間はトリスタンがユウと一緒に賭場へと通う。
「いいか、ユウ。最初は少額からでいいから続けてやるんだ。まずは慣れるところからだな」
「前は慣れていなくて大失敗したもんね」
「あれは極端な例だが、そういうことだ。大負けすると後が大変だからな」
「トリスタンもたまに落ち込んでいるときがあったのを思い出したよ」
「あー、それは思い出さなくてもいい」
若干嫌な顔をしたトリスタンが顔を背けた。何度も通っていると大負けするときがたまにあるのだ。
ともかく、このような調子でユウはディテバの町ではトリスタンとエッベに色々と遊びというものを教えてもらう。これらを本当に楽しめるかどうかはこれからのユウ次第だ。




