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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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損をしなければ良い

 ドワムの町での休暇が終わり、ユウとトリスタンは次の仕事先であるヤーコブの隊商に向かった。二の刻の前に合流すると早速人足としての仕事を与えられる。


 エッベは2人よりも先に隊商へやって来ていて既に働いていた。その様子は楽しそうである。


「おはよう、エッベ。朝から機嫌が良いじゃない」


「ユウにトリスタン。そりゃそうですよ。隊商に加わって街道を進めるんですから。ちょっと前に死にかかった身としては天国です」


「紹介した甲斐があったよ」


「へへへ、ありがとうございます」


 嬉しそうに笑うエッベは笑顔で呼ばれた先に向かうのをユウたちは見送った。2人も自分たちの仕事に戻る。


 出発の準備が整うと、二の刻の鐘が鳴ると共に隊商の荷馬車が動き出した。今回は後ろから2台目の荷馬車に乗っているので荷台から後方の様子はあまり窺えない。特に徒歩の集団はどうなっているのかまったくわからなかった。


 ドワムの町より北西側は首長半島と呼ばれる場所で、モーテリア大陸北部で最も北側に位置している。不凍の湖から流れている豊魚の川はこの半島のほぼ中央を流れ、その先端から海に流れ込んでいた。


 豊魚の街道はその川に沿って続いている。ただし、最初は川の南側に沿って走っている街道はディテバの町で対岸に移っていた。ここで交易の街道と合流し、ティパ市へと伸びている。


 ヤーコブの隊商は一路ディテバの町を目指して街道を進んでいた。季節は夏で過ごしやすく、更に夜は満月前後なのである程度明るい。旅をするにはとても良い時期だ。


 誰からも襲われることがないのならばユウとトリスタンは人足の仕事が中心となる。荷馬車が停まったときはやることが多いが移動中はそうでもない。護衛としての仕事も兼務しているので夜も働かないといけないのは睡眠不足という点ではつらいが、それも昼間にトリスタンと交互で眠れるので何とかなっている。


 そんな2人はエッベと分乗して荷馬車に乗っているので旅の間はあまり話す機会がない。あちこち動き回るのでよく出会うのだが挨拶くらいが精々だ。しかし、その働きぶりからヤーコブだけでなく人足たちからも働き者という評判を得ているのは知っていた。対象に紹介した手前、その人物が高く評価されるのはユウたちとしても鼻が高い。


 隊商が街道を進んで数日間が過ぎた。特に何事もなく旅路は順調だ。この日も1日が終わり、街道から逸れて原っぱへと荷馬車が移って1ヵ所に集まる。すると、人足たちが荷馬車から出てきて野営の準備を始めた。


 まだ夕方になり始めたばかりの空の下、2人も働く。ユウは夕食作り、トリスタンは馬の世話だ。エッベは商隊長のヤーコブと何やら話をしている。


 ユウたち人足は、穴を掘った簡素なかまどを作り、焚き火の薪を組み上げ、その上に鍋を乗せた。次いで干し肉、黒パン、乾燥豆、屑野菜などを鍋に入れて水を注いで火を点ける。後は延々とかき混ぜながら適量の塩を少しずつ入れてゆけば完成だ。


 調理担当の人足が声を上げると次々に人々が集まってくる。そうして順番に粥のようなスープを皿に盛って1人ずつに配った。最後に調理担当の関係者が自分たちの皿にスープを盛る。ユウもその皿を受け取った。


 熱いスープを一口すすったユウはトリスタンとエッベに近づく。


「ああ、やっと終わったよ」


「お疲れ。夏に熱い物を食べてもほとんど汗が出ないっていうのはやっぱり不思議だよな」


「それだけここが涼しい地方なんだろうね」


「ただし、冬の寒さは強烈ですけどね。冗談抜きで油断すると当たり前のように凍死しますから」


「エッベ、それは本当なの?」


「本当ですよ。雪だって人の背丈以上に積もりますから」


 当たり前のように返答したエッベをしばらく見たユウはトリスタンと顔を見合わせた。最近雪を見たばかりの2人は黙るばかりだ。そんな態度だからエッベに更に説明される。


「秋の終わりに雪が降り始めたと思ったら、あっという間に積もるんですよ。夜に降ることが多いんですけど、一晩寝て起きたら扉の前が雪で埋もれてたなんてこともよくあるんですよ」


「なんだか信じられないな」


「よそから来た人にはわからないでしょうけど、毎年そんな調子だから冬はしょっちゅう雪かきをするんです」


「雪かき?」


「家の上に積もった雪を下に落としたり、目の前の道の雪を脇にかき出したりするんですよ。そうしないと、雪で家の屋根が潰れたり、道を往来できなくなりますからね」


「信じられないな」


 真面目に説明するエッベの様子に次第に真剣な表情となってゆくトリスタンはそれでも首を傾けていた。どうにも想像できないようである。


 想像できないのはユウも同じだがそれよりも途中で思い付いたことが気になった。トリスタンとエッベの話題が一段落着いた後、エッベに話しかける。


「話は変わるんだけれども、エッベってこの隊商でただ働きをしているじゃない。これだけ評判が良いんだから、次のディテバの町からは報酬をもらっても良いんじゃないの?」


「それはちらっと考えたんですけどね、このまま最後まで無償で働くつもりです」


「どうして? 路銀は必要でしょ」


「ティパ市までは3度の飯はもらえるんで道中の費用はかからないですし、町でちょっとした商売もできますから何とかなりますよ。それに、ヤーコブさんはたぶんそんな人じゃないと思うんですが、報酬の交渉を始めようしたらすぐに追い出す商売人もいますからね。サルート島の魔塩が手に入れば一山当てられるのでそれまでの我慢ですよ」


「そうなんだ」


「それに、歩きだと毎晩危険に怯えないといけないでしょう。あれから解放されるだけでも全然違います」


「うん、その気持ちはわかる」


「元々最初はあっし1人でサルート島に向かう予定だったんですけど、それが今や3人でですからね。あんまり望みすぎると全部失ってしまいそうに思えるんです。まぁ、損をしてないんですからいいじゃないですか」


 行商人なのだからもっと貧欲に金を稼ぐと思っていたユウだったが意外な返答に驚いた。とても一山当てたいと言っている人物と同じだとは思えない。


 それでも、願を掛けるということは冒険者も珍しくはないので、ユウはエッベの今の発言もその類いだと思うことにする。色々な考え方があるものだと思った。


 夕食が終わってその後片付けも済ませると、ユウとトリスタンは次いで夜の見張り番に就く。今回は真夜中の担当だ。


 1ヵ月の中で最も月明かりが強い時期なので篝火(かがりび)がなくても見張り番はできる。北東側に街道を挟んで豊魚の川がある以外はだだっ広い平原なので視界も良い。居眠りをしない限りは奇襲を受ける心配はなかった。


 一塊になった荷馬車の南東側に立つユウはぼんやりと明るい周囲に目を向ける。左側に街道と川、右側に平原、そして正面の遠いところに野宿する徒歩の集団が固まっていた。いつもの風景である。


 獣が近づいて来ることを警戒していたユウは主に平原に注意を払っていたところ、不審な一団を発見する。人数は10人から20人程度で全員徒歩のようだ。


 その一団が隊商を目指しているのならばすぐにでも声を上げないといけないが、どうもそうではないようだった。近づいて来るにつれ、不審な一団の行き先は隊商ではないことがわかってくる。


「徒歩の集団専門の追い剥ぎ?」


 どんな一団なのか思い至ったユウが言葉を漏らした。護衛を抱える隊商ではなく無力な徒歩の集団を専門に襲いかかる盗賊の存在は前から知っている。たまに冒険者や傭兵が混じっていて強烈な反撃を受けることもあるが、大抵は大した抵抗もなく金品食料を奪える割と確実性の高い仕事だ。同じ盗賊からも見下されることは多いらしいが。


 隊商にとっては微妙な不審者だったが、ユウは念のため傭兵のリーダーを起こして報告をした。この手の盗賊が健在な隊商を襲うことはまずないが、襲われた徒歩の集団の人々が逃げ込んでくることがある。それを追い払う必要があるのだ。


 ということで、寝ていた傭兵が全員起こされた。ヤーコブも起こされて報告を受ける。


「ユウ、お前は北西側の見張りに回れ。南西側はオレたちが引き受ける。近づいて来る獣を中に入れるなよ」


 護衛総出で対処することになったことで、ユウは傭兵のリーダーから配置換えを命じられた。徒歩の集団の人々がまとまって逃げてくる場合、こちらの護衛もある程度の人数がいないと対処仕切れない。なので数の多い傭兵が対応するのだ。


 嫌な役をせずに済んだユウはその指示に素直に従った。トリスタンの見張る場所へと向かう。その途中で遠く後方から喚声と悲鳴が聞こえてきた。盗賊の一団の襲撃が始まったのだ。


 エッベは運が良いなと思いながらユウは足を速めた。

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