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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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同じ船の上でも

 早朝、二の刻頃になるとユピームの町の船着き場は慌ただしくなる。ライヴ市とドワムの町に向けて出発する船が順次港を離れてゆくためだ。


 ユウとトリスタンは二の刻の前にはインゲマル船頭の船に乗り込んでいた。積み荷が満載された船の喫水線が思ったよりも低いのでユウなどは驚くが、船頭をはじめ他の船員や傭兵は誰も気にしていない。


 逆に、インゲマルからは背嚢(はいのう)の膨らみようを訝しまれる。


「ユウ、そんなに大きな荷物をいつも担いでんのか?」


「旅をしていたらだんだんと大きくなっちゃったんですよ。それに、この町でちょっとたくさん買い物をしたことも理由のひとつです」


「何をそんなに買ったんだ?」


「干し肉や黒パンです。次の町は別の国になるでしょう? だから銅貨を使い切らないといけなくて」


「ああなるほど。流れ(もん)はそういうところが不便だよなぁ」


 小さく首を横に振る船頭に対してユウは曖昧な笑顔を向けた。確かにその通りである。


 全員が船に乗り込み、出発の準備が整うと(マスト)に帆が張られた。すると、ゆっくりと前に進んでゆく。


 船の大半は積み荷で占められており、更にそれを固定するために縄がいくつも張られていた。もちろん船首と船尾を往来できるよう船の両舷にはいくらか空間はある。しかし、歩きにくい。更には舷側に転ぶと湖に落ちるので移動は勢い慎重になる。


 傭兵4人が船尾側に荷物を置いたのでユウとトリスタンは船首側に自分たちの荷物を置いていた。後で盗った盗られたということを避けるためだ。これは船頭のインゲマルの指示である。


 船首側に立つユウは周囲の景色を眺めた。緩やかな風が気持ち良い。正面には水平線が見え、両側面も徐々に湖岸が離れてゆく。背後を振り向けばユピームの町が次第に小さくなっていた。


 微笑をたたえたユウに対してトリスタンが声をかける。


「しっかし、楽でいいな。仕事なのに作業をしなくてもいいなんて」


「そうだね。今までは護衛の他に色々と兼任していたから」


「隊商の人足を兼任していたときだと、荷馬車に乗っているときはこんな感じだったよな」


「荷馬車が停まったときには作業があったけれどね。今回はそれもないし」


「いやぁ、護衛だけって素晴らしいなぁ」


 感慨深げにため息を漏らすトリスタンにユウは笑顔でうなずいた。これで隊商の護衛兼人足と同じ日当なのだからまったく船旅は素晴らしいと感じる。


「素晴らしいっていえば、あんまり揺れないのも良いよね」


「ああ、それは言えているな。もっとも、あれは海の方が揺れすぎているとも思うが」


「嵐のときはともかく、風が強いっていうだけで大揺れするときもあるからね。あれはたまらないよ」


「その点、湖はいいよな。周りはもう水平線に囲まれているからまるで海にいるみたいに見えるが。でも、これで海より穏やかっていうのが不思議だよなぁ」


「何が違うんだろうね」


 海と湖との波の違いがわからずにユウは首を傾けた。塩辛いか辛くないかが関係あるのかもしれないと想像する。


 2人がわからないことを抱えている間にも積み荷を満載した船は不凍の湖を進んだ。風は緩いので船足は遅いが、遮る物は何もないので湖上を直進してゆく。


 昼間は順調に進む船だが夜になるとそうもいかない。暗闇の中では周囲に何があるかわからないため、その場で停泊するのが不凍の湖を往来する船乗りたちのしきたりである。さもないと、船同士でぶつかる可能性があるからだ。大抵の船は最短経路をたどるので、どの船も似たような場所を通るからである。しかし、何事にも例外があり、何らかの緊急時の場合のみ、船首で篝火(かがりび)を点けて夜中も走行することがあった。


 インゲマルの船は通常の運搬作業をしているので、日没前になると帆を畳んでその場で停泊する。そして、船とその周囲に異常が発生していないかを見張る当番を除いて眠った。尚、このときに篝火(かがりび)は点けない。襲撃してくるかもしれない湖賊の目印になってしまうからだ。


 今は7月の終わり、新月の時期なので湖上は真っ暗である。自分の手のひらすら見えない状態だ。下手に動くと湖に落ちてしまう。なので、用のない者は素直に眠るしかない。そんな日が何日も続いた。




 最近、ユウは海みたいだなと思うようになってきた。毎日周囲は水平線まで湖しか目に入らないからだ。もう少し視覚的に変化があると何となく思っていただけに失望感が大きい。随分と勝手な感想だとユウ自身も思っているが、そう感じることは止められなかった。


 はっきりいうと飽きてきたわけである。軽く鍛錬をしたり船員や傭兵と雑談したりもしていたが、それも限界があった。そんなとき、たまに見える他の船はいくらかの慰めだ。相手の船も同じらしく、こちらの船を見ている人影があった。片方が手を振るともう片方も手を振ることもある。


 そんなある日、やって来てほしくない変化が現れた。ユウがいつものように往来する船をぼんやりと眺めていると、対向からまっすぐこちらに向かってくる船が現れた。このままだとぶつかるので船頭のインゲマルが怒鳴りながら船の向きを変えさせるが、相手も同じようにこちらへと船首を向けてくる。


「トリスタン、あの船、何かおかしいよね」


「船に荷物が載ってないのはどうしてなんだ? それに、人の数が多いな」


「湖賊だ!」


 近づいて来る船を怪しんでいたユウとトリスタンは背後からの叫びで答えを知った。更に近づいて来たことで武装した者たちが多数船上に立っているのを目にする。矢を放ってくる者もいた。


 インゲマルの怒鳴り声と共に手空きの船員が弓を手に取って応戦する。しかし、その腕はあまり良くないようで偶然以外で戦果は期待できそうにない。まだ湖賊の弓手(ゆんで)の方が上手だ。


 積み荷を積んで船足の遅い船では湖賊の船を振り切ることはできない。湖賊は自船の右舷をインゲマルの船の右舷側に対して対向からぶつけてくる。木材のこすれる鈍い音と共に船が揺れた。


 湖賊が放つ矢によってユウたちは思う通りに動けない。そのため、相手船から乗り込んでくる者たちを防げなかった。インゲマル側の戦闘員は傭兵と冒険者で6人、対する相手はその倍以上だ。


 矢が飛んでこなくなり船が揺れた瞬間、ユウは立ち上がる。そして、船首側に乗り込んできた湖賊の1人に突っ込んで思いきり槌矛(メイス)で殴りつけた。乗り込んだ直後の相手の右手を砕く。


「ぎゃっ!?」


 体を丸めて右手を押さえようとしたその相手の顔をユウは槌矛(メイス)でかち上げた。更に湖賊の船に蹴り返す。続いて乗り込もうとした男が巻き込まれて仰向けに倒れ込んだ。


「トリスタン、後ろお願い!」


「わかった!」


 背後を相棒に任せたユウは、そのまま右舷側に回って乗り込んできた湖賊を1人ずつ槌矛(メイス)で殴り倒していった。


 いつも以上に必死なユウの戦いぶりは湖賊の勢いを完全に削いだ。何人かが立ち向かうがいずれも短時間で倒され、後方はトリスタンが守っていて手が出せない。


 これにより、傭兵4人も完全に勢いを取り戻した。浮き足だった湖賊に対して優勢に戦う。船尾側からは弓を持った船員が湖賊の船に矢を射かけた。


 やがて、湖賊の船から鐘が鳴ると乗り込んできた中の生き残りたちが引き上げていく。全員が退避すると湖賊の船はインゲマルの船から離れ始めた。


 最後にまた矢を射かけられたのでユウとトリスタンは荷物の裏側へと回ってやり過ごす。その矢もそのうち届かなくなった。


 遠ざかる湖賊の船を見つめながらトリスタンがユウに声をかける。


「海で戦ったときよりも揺れなかったな」


「波がほとんどないからだと思う。ぶつかったときの揺れも言うほどじゃなかったのは、たぶん船足が速くなかったからだろうね」


「海賊船に突っ込んだときは結構揺れたもんなぁ」


「しかも船首側で待機していたからね。何度か落ちそうになって怖かったな」


「それにしても、今回はやけに張り切っていたな。どうしたんだ?」


「相手に船首側から乗り込まれたからだよ。僕たちの荷物はそこに置いてあるじゃない。あれが戦いに巻き込まれるのを防ぎたかったんだ」


「ああ、なるほど」


 ユウに釣られて自分の荷物へと目を向けたトリスタンが微妙な表情を浮かべた。動機としては充分に理解できたが、だからといって簡単にはうなずけない。


 2人の思惑はともかく、戦いの終わった船の上は後始末が始まった。最初にユウたちと傭兵4人の戦果確認を行い、その後戦利品を剥ぎ取ってから死体を湖に投げ込む。


 ちなみに、ユウの戦果は倒した人数よりも少なかった。これは、何人かを湖賊の船に蹴り飛ばしたからである。残念であるが仕方がない。


 戦いの後始末が終わると再び単調な船旅が戻って来る。しかし、今のユウとトリスタンはそれでも良いと思っていた。

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