湖上の仕事
盗賊に襲われるという危険はあったものの、イェルドの隊商は無事ユピームの町に到着した。町の南側の郊外の原っぱに荷馬車が停まる。
荷台の奥から自分の荷物を取り出したユウとトリスタンは荷馬車から降りるとそれを背負った。背中に馴染ませると商隊長のイェルドの元へ向かう。
「イェルドさん」
「報酬は用意してあるぞ。受け取って確認するといい」
「確かにありますね。受け取りました。それでは」
報酬を受け取ったユウとトリスタンはそれを懐にしまうと一礼して踵を返した。これで依頼は完了したので当面は自由だ。
2人は北に向かって歩く。すると、後ろから声をかけられた。振り向くとエッベがいる。
「2人とも、お疲れ様です」
「今回は本当に疲れたぜ。それにしても、お前もよく生き残れたな」
「へへへ、じーさんの教えはどれも大したもんですよ。野犬に近づかれたときはヒヤヒヤしましたけどね」
「狼だったら詰んでいたな」
「いやまったくで。あっしも何か護身術でも習った方がいいんですかねぇ」
当時を振り返って出遅れたユウがトリスタンとエッベの話に耳を傾けた。自分とまったく同じやり方で生き残ったエッベを見て、他人からはどう見えるのかがわかった気がする。有効な方法だと今も自信を持っているが、いささか突拍子もないように見えることがわかった。
3人集まったところで酒場に入った。年季の入った石造りの店内は賑わっている。テーブルをひとつ占めて料理と酒を注文した。
一段落が付いたところでエッベがユウに話しかける。
「ユウ、サルート島に行くんでしたらこのまま不凍の湖を越えて豊魚の川を下り続ける必要がありますが、どうやって向こう側に行くつもりなんです?」
「不凍の湖?」
「この町のすぐそこにあるでっかい湖のことですよ。川の水が凍っても、この湖は凍らないから不凍の湖って呼ばれてるんです。どうして凍らないのかは知らないですよ。それはともかく、どうやって向こう側に行くつもりなんです?」
「冒険者ギルドで仕事を探してあったらそれを引き受けるつもりだけれども、湖か。もしかして、船の護衛の仕事なんてあるのかな?」
「それはそっちで探してもらうしかないですけど、あるかもしれませんね。あったら引き受けるつもりで?」
「荷馬車の仕事がなければそうするしかないんだろうけど、何かあるの?」
「荷馬車の護衛でしたらその隊商の商売人に頼み込んで人足の仕事をさせてもらえる可能性がありますが、船の方になるとちょっと」
「あ、そうか。エッベは行商人だもんね。船の仕事はできないか」
「人足の仕事でしたらまだ何とかなるんですけどねぇ」
難しい顔をしたエッベを見たユウは黙った。エッベと歩調を合わせるのならば荷馬車の仕事に限定するか一緒に歩いて旅をすれば良いが、さすがにそこまでしたいとは思わない。
何にせよ、まずはどんな仕事があるのかを確認する必要がある。
給仕女が料理と酒を運んできたのを機に3人はそれらに手を付けた。
翌日、三の刻を過ぎたところにユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所に向かった。石造りの小さな建物に入ると受付カウンターの前に立つ。
「昨日この町に来たばかりの冒険者なんですけれども、この町で冒険者が受けられる仕事ってどんなものがあるか教えてください。特に湖の向こう側に行ける仕事がほしいです」
「だったら限られているかな。隊商と船の仕事があるよ。隊商の方は護衛兼人足、船の方は湖の向こう側の町に向かう船の護衛だね」
「船の方は護衛なんですか。護衛兼船員補助ではなくて?」
「そうだよ。理由までは知らないけどね。それで、仕事は1件ずつあるかな。隊商の護衛兼人足は日当銅貨6枚で、目的地はスポーの港町とあるね。もうひとつの船の護衛は日当銅貨6枚で、目的地はドワムの町だよ」
説明を聞いたユウは受付係にいくつか質問をして情報の整理をした。
それによると、隊商の方は不凍の湖の南側に沿って走る豊魚の街道を進み、ドワムの町を経由して交易の街道を北に向かう予定だ。それに対し、船の方は不凍の湖を横断して対岸のドワムの町へ行くことになっている。
気になるのは仕事内容と報酬だ。同額で仕事は隊商の方が多いように思えた。トリスタンも同じ点が気になったようで、受付係にその疑問をぶつける。
「今聞いた話だけだと船の方が楽そうに思えるが、何か裏があるのか?」
「裏っていうほどのことじゃないんだけど、最近湖賊の活動が活発で護衛戦力を増やしたいそうなんだ」
「湖賊? 海賊みたいなものか」
「そうだよ。湖に出る賊だから湖賊っていうんだ。不凍の湖って、こっち側のアイリー王国と向こう側のレファイド王国の間にあるでしょ。だから国境の北側の湖畔に連中の拠点があって討伐しにくいらしいんだ」
「厄介だな。ということは、その湖賊に襲われる可能性が高いんだな」
「その通りだよ」
「それじゃ、隊商の方はどうなんだ? 湖の南側を通るにしても国境を跨ぐんだろう?」
「あっち側はもっと厄介だね。何しろアイリー王国とレファイド王国だけじゃなく、南のルゼンド帝国の国境もあるから」
「うわぁ。となると、船の方がましか。ユウ?」
「国境がいくつも重なると大変なことになるからね。たぶん街道を行く方が大変じゃないかな」
かつて複数の国境が重なる近隣で大規模な盗賊の集団に襲われたことがある2人は、よりましな選択肢を選んだ。受付係に船の船頭宛の紹介状を書いてもらう。そうしてすぐに船着き場へと向かった。
ユピームの町の北側は南東から豊魚の川が不凍の湖へと流れ込んでおり、その近くに船着き場がある。その造りは本格的で岸壁は石材で固められており、湖へと突き出ているいくつもの桟橋は木材でしっかりと造られている。
もちろん船も数多く停泊しており、何人もの人に尋ねてようやく目的の船へとたどり着いた。桟橋から見える船は大きな川船といった様子で、平底の船底に積み荷が積み上げられており、船の中央には檣の柱が立っている。
その船から人足が積み荷を降ろしているのを桟橋から指図している1人の男がユウの目に入った。日焼けした厳つい顔にずんぐりとした体の男で怒鳴っている。
「あの、インゲマルさんですか?」
「誰だてめぇ!?」
「冒険者ギルドで依頼を見て応募した冒険者のユウです。こちらは相棒のトリスタンです」
「おう、来たか! 紹介状はあるんだろうな?」
「どうぞ、これです」
差し出した紹介状をやや乱暴に取られたユウは少し戸惑いながら待った。どうやら当たりがきつい人のようでやりづらさを感じる。
しかし、そんなユウの内心などお構いなしにインゲマルは早速面談に入った。何よりもまず船の上で戦ったことがあるのかを問われた2人は、海の上で何度も海賊と戦ったことがあることを話す。他にも魔物といくらか戦ったこともあると伝えると感心された。
一方、2人も自分たちの要求などを伝える。目的地も条件も冒険者ギルドの依頼内容で同じ、襲撃があった場合の規則と権利も一般的で、報酬はドワムの町で使えるレファイド通貨で支払ってもらうことを約束してもらった。
話し合った結果、インゲマルは2人を採用すると伝えてくる。
「船の上で何度も戦ったことがあるってぇのが気に入った。護衛だからな。そこの経験がねぇと話になんねぇ」
「ありがとうございます」
「船は3日後の朝に出発する予定だ。他の連中との面通しはその前の日にやる。そうだな、四の刻頃に来てくれ。そのときなら大体全員が揃ってる」
「わかりました」
交渉が成立してユウとトリスタンは一安心した。これで先に進める。
問題はエッベの方だった。その日の夕食時に集まり、今日1日で聞いた話を2人でエッベに伝える。
「あー、街道と国境についてはあっしも承知してます。避けたいのは山々なんですが、歩きとなるとどうにもならないんで腹をくくるしかありませんね」
「どこかの隊商に潜り込めそうにはないの?」
「どこもうまくいかないんですよね。護衛の戦力になるんだったら雇ってもいいと言われたことはあるんですが、人足は不要だと」
「危険地帯だもんね」
「そうなんですよ。それより、こっちは歩きですから少し早めに出た方がいいですね。そっちの方が早く着くでしょうから」
「湖の上だと川下に流れる川船のように早くは進めないって船頭さんから聞いたけど」
「それでも人の脚よりは速いですって。明日、一足先にこの町を出ることにします」
この後もドワムの町までの旅や町での合流方法などについて3人で色々と話し合った。お互いの到着が数日ずれる可能性が高いので知恵を出し合って行き違いがないようにする。
結局、この日の夕食の話題は終始次の旅の話関連で占められた。




