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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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危険を回避する知恵

 早朝、ライヴ市の内側から二の刻の鐘が鳴り響くとユウが乗る荷馬車が動いた。都市の郊外の原っぱの上を大きく揺れて進む。


 豊魚の街道に入るとその揺れは我慢できる程度に収まった。荷台から隊商の後方へと顔を向けていたユウは徒歩の集団がついて来るのを目にする。少し探すとエッベを見つけた。


 涼しい風を受けながらイェルドの隊商は豊魚の川に沿って西へと進む。もう7月も半ばだというのに大陸北部だと季節はまだ春なのだからユウもトリスタンも驚きだ。


 正午辺りになると隊商は街道から草原へと入る。荷馬車が停まると2人は荷台から降りた。ユウは荷馬車と商品の入った木箱の点検、トリスタンは馬の世話だ。その間に傭兵は簡単な昼食を済ませる。


 昼間の一仕事が終わると人足たちも干し肉と黒パンを与えられて食事を始めた。街道上では何事も短時間で済ませるのが良いことなので全体的にせわしない。


 その中にあってユウとトリスタンはゆっくりと食べていた。休み時間は充分にあるからだ。先に食べ終えた人足たちと雑談をしながら昼休みを楽しむ。


 商隊長のイェルドが休憩の終了を宣言すると全員が荷馬車に乗り込もうと散った。ユウたちも最後尾の荷馬車へと移る。その途中、傭兵のハンプスが乗る荷馬車の横を通り過ぎた。すると、背中へと声を投げつけられる。


「さっさと荷馬車に乗れよ!」


 声で誰が言ったのかすぐに理解したユウだったが振り返りはしなかった。トリスタンに顔を向けると小さく首を横に振られる。そのまま無視して自分たちの乗る荷馬車へと向かった。たまにあることなので毎回相手にしていられない。


 以後、数日間は同じことの繰り返しだった。単調ではあったが、それは平穏無事である証拠でもある。なので2人に文句はなかった。




 そんなある昼下がり、ユウはいつものように荷馬車に揺られていた。徒歩の集団は相変わらず隊商から付かず離れず歩いている。エッベの姿もちらちらと見えていた。次いで後方に広がる地平線へと目を向ける。


「来たね。馬に乗っているっぽい?」


「あー、とうとう見つかったかぁ」


 遅れてトリスタンも地平線の辺りに人影を認めたことをユウは耳にした。つまり、今晩か明日の晩に盗賊の襲撃を受ける可能性が高い。この辺りの夜は最近短いので今晩か明日はほとんど眠れそうにないことになる。それが憂鬱だった。


 夕方、野営の準備が始まるときにユウは商隊長のイェルドと面会する。


「イェルドさん、昼に隊商の後方、南東側の地平線あたりに馬に乗った人影を見ました。たぶん盗賊の物見なんじゃないかと思います」


「確かか」


「はい。隣のトリスタンも見たので間違いないです」


 報告を聞いたイェルドはため息をついて肩を落とした。襲撃されると知って喜ぶ商売人はいない。続いて傭兵の1人が同じ報告をしてくる。


 火を(おこ)し、鍋の中身が沸くと夕食が始まった。そのとき、イェルドが集まった人足と傭兵に盗賊の襲撃が近いことを伝える。ほとんどの者たちが顔を緊張させた。しかし、ハンプスだけは面白くなさそうな顔をしてユウとトリスタンを睨んでいる。


 盗賊襲撃の可能性が告げられた後は若干緩んだ雰囲気の中で夕食が続いた。ユウもトリスタンと一緒に粥のようなスープをすすっている。


「盗賊、襲ってくるかなぁ」


「たぶん来るんじゃないのか?」


「真っ当な仕事があれば良いんだけどね。あれ、エッベ?」


「本当だ。あいつ、どこへ行くつもりなんだ?」


 何気なく目を向けた徒歩の集団から1人の青年が離れてゆくのをユウは目にした。隊商の荷馬車が集まる場所を迂回して西へと歩いて行く。


「エッベも盗賊の物見に気付いたのかな?」


「確かあいつも俺たち同じ回避方法を知っているんだったか?」


「うん。お爺さんから教えてもらったらしいから、その通りにしているんだと思う」


「だったらエッベは大丈夫か。そうなると問題は盗賊がどっちを襲うかだよなぁ」


「馬に乗っているからこっちを襲うんじゃないかな。最近は月の明かりが頼りになるから夜でも移動しやすいだろうし」


「新月のときよりも見張りやすいのが救いかぁ」


 嫌そうな顔をしたままトリスタンがスープをすすった。エッベの後ろ姿はかなり小さくなっている。他の隊商関係者は誰も気にした様子はなかった。


 食事が終わると夜の見張り番以外は荷馬車に乗り込んで横になる。ユウとトリスタンは最初の担当なので見張り番として荷馬車の周囲に立った。今回の旅程では篝火(かがりび)は使っていない。ほぼ満月状態の月から注がれる明かりである程度周囲が見渡せた。


 その見張りも何事もなく終わる。次の担当者と交代すると2人は割り当てられた荷馬車の荷台で横になった。襲撃は明日かなとちらりと思う。


 2人が眠りについてしばらくすると見張り番から声が上がった。すぐに跳ね起きて武器を手に取って外に出る。南側から馬蹄が地面を蹴る音と共に馬に乗った盗賊が襲ってきた。


 馬に乗ったまま槍で突かれたユウは転がってその一撃を避ける。振り向いて馬首を巡らせようとしているのを確認したが、次に襲ってきた別の盗賊の攻撃を避けるので精一杯だった。


 盗賊は数の多さを頼みに2人一組で傭兵と冒険者を狙い撃ちしてくる。これには傭兵たちも防戦一方だ。


 一方、ユウは1度2人の盗賊に馬上から攻撃をされると反撃を始める。再び突き出された槍を槌矛(メイス)で受け流しつつ、それを左手で掴んで地面へと引っ張った。槍を手放さなかった相手の盗賊が短い悲鳴を上げて落馬する。走り去る馬を尻目にユウは地面にうずくまる盗賊にとどめを刺した。


 こうなるともう1人の盗賊は慎重に様子を窺う。しかし、ユウは襲って来ないとわかると近くで戦っているトリスタンに加勢した。そうして一時的に2人で馬に乗った盗賊1人を討ち取る。


「助かったぜ!」


「次が来るよ!」


 あっさりと仲間を倒された盗賊たちは怒りに任せて馬で突進してきた。ユウとトリスタンにそれぞれ1人ずつ襲いかかる。


 再び馬上から攻撃されたユウは地面に転がって避けた。そして、今度は奥へと走って行く盗賊を追いかける。相手は一度止まって馬首を巡らせると再び向かって来た。しかし、距離が短くて速度が乗っていないので馬を避けることは難しくなくなる。次の槍の一撃を槌矛(メイス)ではじくと盗賊の脚にしがみつき、自分の体重を乗せて引っぱった。耐えられなかった盗賊が落馬すると、その頭部に槌矛(メイス)の一撃を叩き込む。それで相手は動かなくなった。


 その後、ユウは同じく盗賊を2人倒したトリスタンと一緒に傭兵へと加勢する。苦戦していた傭兵はそれによって反撃に転じると、一緒に盗賊を倒していった。


 形勢が不利だと判断したのだろう、馬に乗った盗賊たちは馬首を巡らせて隊商の荷馬車から離れてゆく。そのまま地平線の彼方へと去ってゆく、と思いきや、徒歩の集団へと向かって行った。隊商が襲われた直後からかなり離れた場所に避難していた集団だったが、しょせん徒歩では馬から逃げ切れない。すぐに追いつかれてしまう。


 戦いの終わったユウたちは月明かりの下で行われる一方的な襲撃をぼんやりと眺めていた。




 翌朝、襲撃の後片付けを終えた隊商は野営地から出発した。戦闘終了後から被害確認をしたところ、傭兵に負傷者は何人かいたが他は全員無事だと判明する。商品もそのままだったので商隊長のイェルドはご満悦だ。


 尚、その負傷した傭兵の中にはハンプスもいた。盗賊2人に対抗しきれなかったのだ。そこをトリスタンに助けられたものだからずっと不機嫌なままである。


 最後尾の荷馬車に乗るユウはトリスタンと雑談をしていた。話題はハンプスについてである。


「あいつを助けたときは最初誰だったかお互いに気付かなかったんだが、途中で相手が誰だかわかったときは正直微妙な気持ちになったな」


「でも、ハンプスはもっと嫌そうにしていたんじゃない?」


「そうなんだよ、あいつ、助けに来たのが俺だってわかるとものすごく嫌そうな顔をしていたな。それでも死ぬよりかはましだって考えたんだろう、その後俺に盗賊1人を任せて1人で戦っていたぞ」


「2人で戦えば良いのにって言いたいけれど、無理なんだろうなぁ」


「それにしても、後ろを歩く集団がほとんどいなくなったな」


「昨日、徹底的に襲われていたもんね。盗賊の数は半分くらいに減っていたけれど、対抗する手段がないと」


 途中で言葉を切ったユウはため息をついた。徒歩の集団は襲われると本当に弱い。改めてそれが良くわかる出来事だった。


 口を閉じた2人が荷台から後方を眺めていると、途中で原っぱから1人の青年が徒歩の集団に加わるのを目にする。エッベが2人に笑顔を向ける。


 そういえばあの行商人が逃げていたことをユウたちは思い出した。

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