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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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中間都市での一幕

 シープトの町を出発したイェルドの隊商は8日間かけてライヴ市に到着した。道中、獣や盗賊に襲われることもなかったので予定通りだ。


 町の中の人口が1万人を越えるライヴ市の活気は大したものである。町の比ではない騒がしさが訪れた者たちの耳を打った。


 荷馬車から降り、久しぶりの都市を目にしたユウとトリスタンはしばらくその様子を眺める。しばらく辺境ばかりを回っていたのでこの賑わいは懐かしさすら感じていた。


 そんな2人に傭兵のハンプスが小馬鹿にした顔を向ける。


「はっ、田舎者には刺激が強すぎたか? こんな大都市を見るのは初めてだろう」


 見当違いの言葉を投げつけられたユウとトリスタンはハンプスへと顔を向けた。その目は非常に残念なものを見る目つきである。ユウは今まで何度かこの規模の都市を訪れたことがあるし、トリスタンに至ってはライヴ市以上の都市の中心部に住んでいたことがある。


「な、なんだよ」


「今から報酬を渡すぞ! 手の空いている奴からこっちに来い!」


 2人の反応に困惑したハンプスだったがイェルドの声に反応して顔を逸らした。そのまま雇い主の元へと向かう。


 報酬がほしいのはユウたちも同じなのでそちらへと足を運んだ。列に並び、自分の番になると銀貨と銅貨を受け取る。


 明日から3日間の休暇を与えられた2人は機嫌良く隊商を離れた。すると、滑るようにエッベが近寄ってくる。


「ユウ、トリスタン、やっとまともに話ができますねぇ」


「もう夜の見張り番をしているときに話しかけないでよ。見つかるとまずいから」


「へへへ、わかってますって。ところで、これから歓楽街にいくんですよね。どっちの方なんです?」


「どっち? 2つあるの?」


「ライヴ市の城外には南門と西門の2ヵ所にあるんですよ。南門の方は他の町の貧民の市場よりちょいと上等な感じで、西門の方は貧民街の中にあるだけあって本当に貧乏人御用達って感です」


「トリスタン、僕、南門の方が良いかな」


「今の俺たちだと貧乏人御用達っていうのはちょっとなぁ」


「なら決まりですね! ご案内しますよ」


 随分とやる気のあるエッベに率いられたユウとトリスタンはライヴ市の南門側の歓楽街へと入った。まだ六の刻にもなっていないのに多くの人々が往来している。


 そうしてと3人はある酒場へと入った。いつも行く店よりも一回りほど広い。それでいて中の席は大体埋まっていた。


 空いていた4人用のテーブル席を勧められたユウとトリスタンは素直に座る。その間にエッベが給仕女を掴まえて3人分の注文を済ませた。


 最後に腰を下ろしたエッベにトリスタンが声をかける。


「やけに張り切っているな。何かあったのか?」


「どうせ同じ場所に向かうなら仲良くした方がいいでしょ。それに、へへへ、これでサルート島に行ったときに協力してもらえるんなら安いもんですから」


「はっきりと言うなぁ」


「まぁでも、やっと安心して飲み食いできるってのもあるんですけどね。今回の道中はひどかったですから。お、来た来た!」


 給仕女が持ってきた木製のジョッキや皿を目にしたエッベが笑みを深めた。テーブルに置かれた木製のジョッキを人の前に、皿をテーブルの真ん中に置く。


 ある晩に徒歩の集団の事情を聞いたユウは苦笑いしながら目の前の木製のジョッキを手に取った。口を付けると久しぶりの濃い酒精が口内に広がり、そのまま喉を通り過ぎる。胃の中に広がる感覚がたまらない。


 大きく息を吐き出したユウが半ば放心状態となる。


「ああ、やっぱり仕事が終わった後のこれは最高だなぁ」


「まったくだ。最初はこれだよな」


「あ~、このために生きてるって感じですよねぇ」


 次いで3人は肉の盛り合わせに手を出した。他の黒パンやスープはまだ届けられていないので全員が一斉にである。その結果、ユウが鶏肉、トリスタンが豚肉、エッベがソーセージを手にした。かぶりつくと油の混じった汁気が口の中を満たす。スープや干し肉ばかりの旅中では味わえない一品だ。


 そんな至福の最中に給仕女が残りの料理を次々とテーブルに置いていく。3人はそれらに手の伸ばして楽しんだ。


 ようやくある程度腹が満たされると会話が増えてきた。弛緩した雰囲気のせいか内容にまとまりがない。そんな雑談が続いた後、エッベが他の2人に尋ねる。


「2人とも明日から何をする予定なんです?」


「俺は昼の間は賭場で夜は娼館かな。西門側と南門側のどっちも行ってみたい」


「僕は薬を買うところからかな。今ほとんど何も持っていないから」


「あー、お前はそんなこと言っていたな。エッベ、ここだとユウの欲しがっている薬が買えるんだよな」


「たぶんですね。こっちの南側で探せば見つかると思いますよ。それで駄目だったら町の中に入るしかないですが」


「あると良いなぁ」


 期待の眼差しをエッベに向けながらユウは薄切りハムを丸めて口の中に入れた。あっさりとした味が口の中の油を拭き取ってくれる。


「でも、手持ちの薬をほぼ全部買い直すんだろう? 結構な出費になるんじゃないか?」


「この都市での値段によるけれど、たぶん全部で銀貨1枚近くになるんじゃないかなぁ」


「あれ? 意外と安くないか?」


「トリスタン、最近金銭感覚がおかしくなってきていない?」


「そ、そうか?」


 手を止めて考え込むトリスタンを見たユウはくすりと笑った。冗談である。貧しかった時代よりも稼げているのだから金銭感覚が変わるのは仕方がない。それに、トリスタンはユウと同じく稼ぎの余剰分を宝石に換えている。同じ散財でも節度があるのでまだ気晴らしに収まる範囲だ。賭博にのめり込まなければ問題はない。


 楽しそうにやり取りをする2人の姿を見るエッベが感想を漏らす。


「それだけ稼いでるってことでしょ。いやぁ、羨ましい話ですねぇ。やっぱりあっしの目に狂いはなかったかもしれませんね!」


「どういうこと?」


「2人と一緒にいたら儲けられるっていう勘ですよ。金っていうのはあるところに集まるもんですからね」


「そういうのは本当のお金持ちの人に言うべきなんじゃないかな?」


「そうでもないですよ。やっぱり勢いのある冒険者は稼ぎますからね。ユウとトリスタンにそういった派手さはなさそうですが、堅実に稼いでは貯めてるんじゃないですか?」


「堅実? 僕たちって堅実かなぁ」


「どうだろうなぁ」


 エッベの話を聞いたユウとトリスタンは2人揃って首を傾けた。派手さがないのはそうかもしれないが、堅実というには色々と危ないことをやってきたように思える。


「へへへ、まぁそんな真面目に考えなくてもいいですって」


「そうだ。エッベ、お前ってサルート島で稼ぎたいって言っているだろう? 一体どのくらい稼ぎたいんだ?」


「具体的にどのくらいってのは考えてないですね。もちろんぼんやりとしたものはありますが。例えば、荷馬車を買う金や店を構える資金なんていう程度のものですけど」


「ということは、結構稼ぐ気なのか。ああ、だから一山当てたいわけだな。何年もかかって貯めるのは大変だから」


「そうなんですよ。実家は前に言った通り金なんてありゃしませんから頼れません。全部自分で用意するしかありませんから」


「でもそうなると、どのくらいかかるかわからないわけだ」


「大まかなやつだけでもざっくりとなら計算はしたんですよ。すると、10年や15年はかかるってわかったもんですからさすがにそれはって思ったんです。あんまり手っ取り早くっていう考え方に囚われるのは危ないですけど、1年か2年で稼ぐならもうこれしかないってわかってね」


 トリスタンからの質問にエッベが答えた。結構真面目に将来のことを考えていることを知ったユウが感心する。


 明日から休みということもあって3人はその後もテーブルを囲み続けた。結局、七の刻の鐘が鳴り終わったころにお開きとなる。


 翌日、ユウはエッベに教えてもらった通り、南門側の市場を巡った。最初はぐるっと一巡りして感触を掴む。他の町にある貧民の市場よりは品が良い。これならと期待して薬屋を回る。すると、確かに思うような薬が手に入った。またこのとき、痛み止めの水薬を増やし、腹痛止めの水薬を減らす。今まで使った経験から調整したのだ。これで薬切れで困ることは少なくなるはずである。


 薬を買い込んだ後、ユウはその日はずっと市場巡りをしていた。何しろなかなかの広さの上に2ヵ所ある。西門側を巡ったときはスリが厄介だったが、いろんな店を見るのはなかなか楽しい。たまに買い食いをするのも醍醐味のひとつだ。


 こうして、ユウとトリスタンはライヴ市で大いに羽を伸ばした。3日間充分に休むと翌日の早朝に再びイェルドの隊商へと戻ってゆく。


 心機一転できた2人は上機嫌で荷馬車に乗り込んだ。

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