山っ気の強い商売人(中)
迷惑をかけられた相手から詫びを入れられる。これ自体はおかしなことではない。被害者も大抵の場合は望むことだ。ただ、それをすんなりと受け入れられない場合もある。
今のユウとトリスタンが正にその状態だ。愛想笑いの似合う青年が喧嘩に巻き込んだ詫びとしてごちそうしてくれることになった。連れられて行った先は普通の酒場で、テーブルに並べられた注文の品はよくある料理と酒である。ごちそうというのは食事を奢るという言葉の綾なのはすぐにわかった。
それは良い。食事を奢るというのもよくある詫び方のひとつだ。問題なのは、詫びてきたこの愛想笑いの似合う青年が胡散臭いという点である。
「さぁどうぞ。冷めないうちに食べてください」
肉料理、魚料理、スープ、パン、果物、そしてエールがテーブルに並んでいた。それを先程エッベと名乗った行商人がユウとトリスタンに勧めてくる。
ある程度腹が膨れていたせいであまり食欲が湧かなかった2人の手の動きは緩慢だ。とりあえず手と口を動かしているという感じである。
「前の酒場では本当に失礼しました。あっしは喧嘩沙汰はさっぱりなもんで、ああいうのはからっきしなんですよ」
「全員が喧嘩に強い必要はないと思うけれど、人を巻き込むのはやめてほしいな」
「申し訳ありませんでした。この通り」
テーブルに両手を付けて頭を下げたエッベを見てユウはそれ以上何も言えなくなった。追い込みたいわけでもないので黙々と料理と酒を口に運んだ。
会話の間が空くと、今までゆっくりと食事をしていたトリスタンが口を開く。
「エッベはどうして俺たちのところに逃げてきたんだ?」
「カウンター席の方がまだ安全だったんで、とりあえずそっちに逃げることにしただけなんです。そしたらたまたま逃げた先にお二人がいただけで」
「ということは、本当に偶然だったのか」
「あの状態で周りの他人の様子を窺うってのはちょっとあっしには無理ですねぇ」
「でも、あの後すぐまた別の所へ逃げただろう。そのまま姿を消してしまえば良かったのに、どうしてわざわざ詫びなんてしに来たんだ?」
その質問にユウも内心で大きくうなずいた。あのときは赤の他人同士が一瞬出会ってそのまますぐに別れただけだ。当時は名前すら聞いていなかったエッベなど恨んでいても探しようがない。だから、そのまま行方をくらませてしまえば良かったのだ。現に殴り合った者同士でさえ、痛みに顔をしかめつつも殴った相手を探そうとすることはまずない。
目の前の行商人が隣の相棒に返答するのをユウは耳にする。
「これは商売人の勘なんですよ。見た瞬間、この2人と一緒にいたら儲かるって」
「俺たちは冒険者であって行商人じゃないぞ?」
「わかってますって。さっき教えてもらいましたからね。それに、異業者とじゃ一緒に儲けられないっていう決まりなんてないでしょう?」
「なんか良いように使われる気しかしないんだよなぁ」
「そんなことないですって! ちゃんと適切に儲けを山分けしますよ!」
熱心にトリスタンを説得するエッベを眺めていたユウは警戒心が強くなった。こんないきなり出会って儲かる気がするから一緒に稼ごうと言われてもすぐには信用できない。
そんな2人に対してエッベが熱く語る。
「あっしはね、今はしがない行商人ですが、いずれでっかい商店を構えるっていう夢があるんですよ。今はそのための資金集めのために商売をしてるんですが、これがなかなか思うように貯まらないんです。ですから、ここいらで一発どでかい山をどーんと当ててみようかなと思ってるんですよ」
「危ない橋を渡るために僕たちのような冒険者が必要だっていうこと?」
「確かにそれもあるんですが、勘が働いたっていうのはそれとはちょっと違うんですよねぇ。さっきも言いましたけど、2人と一緒にいたら儲かるって思ったんです。2人を使い捨てて稼いでやろうっていうんじゃなくて」
「そんな儲かるようなことって、僕たちは」
途中で言葉を切ったユウはこれまでのことを振りかえった。儲けたあるいは稼げたことは確かにある。魔窟の探索や船舶の仕事が筆頭だ。しかし、いずれにしても暴力的な危険は高く、商売人が活躍できる余地はない。
首を傾けながらユウは再びしゃべる。
「暴力を伴う危険なことで大きく稼いだことはあるけれど、いずれもエッベのような行商人が一緒にいても儲けられるとは思えないよ。武器を持って戦えるっていうんならまだわかるけれど」
「さっきも言いましたけど、あっしは暴力沙汰はからっきしなんですよね。ですから、そういうのとは別のところでお手伝いしながら一緒に稼ぎたいんです」
「冒険者と行商人が一緒になって、か」
子供の頃に何年か商売に携わったことのあるユウは考え込んだ。行商人のする商売を冒険者が直接手伝えることはほとんどない。できることは道中の護衛か荷物運びくらいだろう。逆に関してもそれは同じだ。あるいは、行商人が冒険者を使って何か商売をするということをエッベは一緒に稼ぐと言っているのではと推測した。
ユウが黙ると今度はトリスタンが尋ねる。
「具体的には何をしたいんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! 実はですね、魔塩の採掘をちょいとやろうかと考えてるんですよ」
「魔塩? なんだそれは?」
「それを説明するにはまずサルート島から説明しないといけないですね」
エールで口を湿らせたエッベがトリスタンに笑顔を向けた。
モーテリア大陸北部には亀の首のように伸びる長首半島があり、更にその先にサルート島という大きな島が存在している。厳しい冬と塩分過多の土壌のせいでほぼ不毛の島だが、魔塩の山脈での良質な岩塩の採掘を主な産業にしていた。この魔塩の山脈というのは全体が岩塩で構成されている山々のことである。本来ならば岩塩だけでこれほどの山脈が形成されることはありえないのだが、何らかの力が働いて固定されているらしい。尚、通常の道具で削り取ることは可能で、削った岩塩はそのまま食用にできる。
しかし、このサルート島ではもうひとつ、魔塩というものも重要な産出品として扱われている。見た目はほぼ通常の岩塩と同じだが、かすかに紫がかっているこの塩には魔力が宿っているのだ。これは魔法関連に携わる者たちにとっては非常に重要で、魔石と並んで魔法の道具の作成や魔法の実験になくてはならない物である。しかも更に、この魔塩は食べることもできるので、体内に魔力を取り込むことも可能なのだ。この魔石にはない特徴が高値で取り引きされている理由のひとつでもある。
「この魔塩の採掘をですね、一緒にやる人を探しているんですよ」
「でもその仕事って冒険者っていうより人足の仕事なんじゃないのか? 岩塩の採掘と同じならそうだろう」
「護衛も必要なんですよ。何せ岩塩よりもずっと量が少なくて価値の高い物ですから、横からかすめ取ろうっていう輩も多いって話も聞くんです」
「護衛兼人足か。隊商のとはまた違った仕事だな」
食べる手を止めてトリスタンが考え込んだ。聞いている分には興味が湧く話ではある。
しばらく黙っていたユウは難しい顔をしていた。会話が途切れるとエッベに問いかける。
「そんなに儲かるのなら、もう現地にはギルドみたいなものがあるんじゃない?」
「もちろんありますよ。塩ギルドっていうのがね。ここが魔塩の山脈で岩塩の採掘を管理していて、魔塩もその中に含まれてます。でもね、山脈は馬鹿みたいにでっかいのに製塩業に携わる人の数は多くないんで、管理できているのは山脈の南東のごく一部だけなんですよ」
「それでもその塩ギルドっていうところが山脈全体を管理しているって主張していたら、ばれたときは大変なことになるんじゃないかな」
「確かにそうです。でも、発見した魔塩の鉱脈、現地じゃ塩脈っていうそうですが、これを自己申告する前にちょいと採掘するのは認められてるんですよ、暗黙の了解ってやつでね」
「そのちょっとがどのくらいかは気になるけれど、そのお目こぼしを狙っているんだ」
「そういうことです、へへへ」
「ちなみに、その自己申告をした塩脈って買い取ってもらえるの?」
「らしいですよ。それに、鑑定された結果、採算割れするような塩脈って判断されたら、そのまま好きなだけこっちが採掘できるんです」
「塩ギルドが採算割れって判断したところで、そうか、組織で採算割れしても個人だと儲かる場合もあるんだね」
「さっすがユウ! その通りです」
笑顔を浮かべるエッベを見て、ユウはこちらが本命なのではと推測した。魔塩の産出量が少ないのならば、早々に有望な鉱脈など見つかるはずはないからだ。
気が付けば、ユウとトリスタンも魔塩について真剣に考えていた。
 




