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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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山っ気の強い商売人(前)

 首尾良く隊商の仕事を手に入れたユウとトリスタンはそのための準備を始めた。


 最初に2人がしたことは薬の購入だ。手持ちの水薬の瓶はすべて空っぽで、傷薬の軟膏と包帯はあと1回分しかない。何とも心細い状態である。


 空になった瓶はすべてきれいに洗って乾かしてあるので後は買うだけだ。意気揚々と貧民の市場へと向かった2人は薬屋を巡る。ところが、どこも品質が低い。貧民の市場にある店なので当然だ。もしかしたら掘り出し物があるかもしれないと露天商まで探して回るが徒労に終わる。


「ユウ、とりあえず最低限の薬だけでも買っておいたらどうなんだ?」


「痛み止めや腹痛止めならそれでも良いけれど、解毒薬はそうもいかないよ。もし解毒できなかったら死んじゃうから」


「薬の効きが悪いと致命傷になる場合があるわけか。考えてみたらそうだよな。そうなると、迂闊な薬は買えないのか」


 とりあえず購入にも慎重なユウの態度にトリスタンはうなずいた。


 これは、ユウが以前に品質の低い痛み止めの水薬を買って使った経験も影響している。効果が今ひとつだったのだ。低品質な薬しか使ったことがない貧民ならばまだしも、より上等な薬を常用しているユウとしては妥協したくない点なのである。


 貧民の市場を一通り巡ったユウは結局購入を見送ることにした。最も頻繁に使う傷薬の軟膏と包帯は1回分だけあるので不安に思いながら我慢することにしたのだ。


 次いで2人が、というよりユウがしたことは体と毛皮製品を洗うことである。その提案を聞いたトリスタンは顔をしかめた。そうしてぼやく。


「また洗うのか」


「そうは言うけど、最後に体と服を洗ったのってもう半年前だよ? 今まで涼しい気候の場所ばかりだったから目立っていなかったけれど、さすがにそろそろ洗っておいた方が良いと思うんだ」


「あれからもうそんなに経っているのか。あれは寒かったよなぁ」


 遠い目をしているトリスタンにユウは力強くうなずいた。


 相棒の合意を取れたところで2人は豊魚の川の河原へと向かう。周囲に雪はひとつもなく、ただ涼やかな風がわずかにそよぐのみだ。


 2人で木々を集めると焚き火を(おこ)す。松明(たいまつ)の油を使って火力を強めてから豊魚の川に入って体と毛皮製品を洗い始めた。


 豊魚の川とは悪魔の山脈の北側に広がる奇形の森から平地へと流れる川だ。非常に多くの淡水魚が獲れる川として有名である。冬期は凍結してしまうが、春から夏にかけては川のあちこちに魚の群れが泳いでいるのがよく見えた。


 どちらも気分良く体と毛皮製品を洗うと火勢の強い焚き火に近づく。本来なら風に当ててゆっくりと乾かすべきだが、明日は隊商の面通しがありその翌日にはこの町を出発しないといけない。なので今日中にしっかりと乾かしておく必要があった。


 昼過ぎから始めたこの作業は結局六の刻が過ぎる頃まで続く。特に次の冬まで使わない毛皮製の帽子、外套、手袋はきちんと乾かすと麻袋に入れて背嚢(はいのう)にしまった。


 片付け終わった自分の荷物を目にしたユウはぽつりとつぶやく。


「この背嚢(はいのう)もそろそろ限界だなぁ」


「買い替えるのか?」


「今すぐじゃないけれどね。もう少し大きいのにしようかな」


「お前そうやってどんどん荷物を増やしているけれど、大丈夫なのか? 特に戦うとき」


「うっ、背負っていても戦えるけれど、動きにくいのは確かかな」


「1度整理して減らしたらどうなんだ?」


「実は前にやったことがあるんだよ。それで増えたんだ」


「それじゃやった意味がないだろう」


 自分の荷物を背負ったトリスタンにユウはあきれ顔を向けられた。


 ともかく、やるべきことはこれですべて終わる。明日は隊商での顔見せくらいで他にやることはない。久々に陸地でゆっくりとできる日だ。


 その前にユウとトリスタンは酒場へと向かった。七の刻を越えてもまだ日没にならない近頃では、六の刻を越えてもまだ夕方にすらなっていない。昼間のように明るい歓楽街を歩いて1軒の酒場に入る。


 特に特徴のあるわけでもないその酒場はほぼ満席だった。かろうじてカウンター席が空いていたので2人はそこに座る。通りがかった給仕女に注文を頼むと雑談を交わした。


 料理と酒がやって来ると、2人はいよいよ1日の終わりとなる食事を始める。いつも頼むエール、黒パン、スープ、そして肉の盛り合わせに次々と手を付けていった。


 そうやって楽しい一時(ひととき)を過ごしていたユウたちだったが、周囲の喧騒の性質が変わったことに気付く。


「トリスタン、あれって」


「喧嘩か?」


 何事かと振り向いたユウとトリスタンの目の先には、2人の傭兵らしき男たちが顔を突き付けて口論していた。トリスタンの隣に座っている男が言うには、どうやらあの2人の肩がぶつかったのが事の発端らしい。


 木製のジョッキを片手に説明してくれた男が説明を締めくくる。


「ああいう連中はナメられたらおしまいだからなぁ」


「喧嘩なら店の外でやってほしいよな」


「こっちに来ないなら、別にここでおっぱじめてもいいと思うがね」


 そんな男の願いが通じたのか、店内で喧嘩が始まった。さすがに両者は素手だが結構派手にやり合っているため周囲に被害が拡大していく。店内は急速に混乱してきた。


 食べながらその様子を眺めていたユウが嫌そうな顔をする。


「うわ、始めちゃったよ」


「ここが町の中の上等な店なら用心棒の1人や2人くらい出てくるんだろうが、城外の安酒場じゃどうにもならないよな」


 同じく食べながら喧嘩を見ているトリスタンがユウの言葉に返事をした。こちらは完全に他人事である。


 しかし、のんきに構えていられるのもその辺りまでだった。2人の傭兵から始まった喧嘩は周囲に被害をもたらしただけでなく、喧嘩の輪も広げていったのだ。傭兵2人を中心にあちこちで喧嘩が始まる。


 カウンター席は当初比較的安全な場所だったが、しばらくするとそうとも言えなくなっていた。入口側に近いカウンター席が喧嘩の輪に入って次々と巻き込まれてゆく。


 こうなるともう事態の収拾は不可能だ。巻き込まれたくないのならば逃げるしかない。


 トリスタンがユウへと顔を向ける。


「ユウ、そろそろまずいな。奥に引っ込んだ方がいいぞ」


「それはそうなんだけれど、ご飯がまだ残っているし」


「今日は諦めた方が、ってうわ!?」


「へへへ、ちょいと避難させとくれ」


 愛想笑いを浮かべた青年が突然2人の元にやって来た。手には木製のジョッキと同じく木製の皿を持っている。


 何者かと思ったユウだったが、すぐにそんなことを考えている余裕はなくなった。その愛想笑いが似合う青年がまた離れると傭兵が右腕を振りかぶってきたのだ。


 目を見開いたユウは椅子から転げ落ちるようにしてその拳から逃れる。すると、勢い余ったその傭兵がユウの座っていた椅子にぶつかり、カウンター上のジョッキや皿を吹き飛ばしてしまった。


 それを見たユウが目を剥く。


「僕のご飯が!? やったな!」


「おい、ユウ!」


 相棒の声も無視をしたユウが食事を台無しにした傭兵に殴りかかった。酔っ払っているらしいその男は横からの攻撃に対処できずにユウの一撃を受けて床に崩れ落ちる。


 自分の食事の仇を討ったユウだったが、それが呼び水になったかのように他の血気盛んな客にも襲われるようになってしまった。さすがに黙ってやられてやる義理はないので応戦して倒すが、こんな何の利益にもならない喧嘩を長々と続ける気はもちろんない。


 やっていられなくなったユウは自分の荷物を持つとトリスタンと共に店の外へと出た。店の入口に集まる野次馬を押しのけて通りへと出る。


「何とか抜け出せたなぁ」


「もう、何だよあれ! 関係のない僕にまで殴りかかってきて! おまけにご飯まで無茶苦茶にしてさ!」


「落ち着け、ユウ。もう大方食い終わっていたじゃないか」


「それはそうなんだけれど、最後の楽しみに取っておいた肉を食べ損ねてたんだよ?」


「あ~それは残念だったな」


「へへへ、いやぁ、さっきはありがとうございます! おかげで助かりましたよ」


「あー、あんたはさっきの!」


 憤っていたユウは落ち着きかけたところで再び興奮した。喧嘩に巻き込まれるきっかけを作った愛想笑いが似合う青年が近づいて来たのである。


「一体何しに来たの!?」


「まぁまぁ落ち着いて、お兄さん。さっきのは本当に悪かったです。あっしも余裕がなかったもんだから、つい喧嘩の強そうな人のところに逃げちゃってしまって」


「また何かなすり付けるつもり?」


「まさか! さっきのお詫びに、あっしがちょいとごちそうしようかと思ったんです」


「え? ごちそう?」


 怒っていたユウは思わず落ち着いてしまった。そして、隣のトリスタンと顔を見合わせる。


 いきなりの申し出にどちらも声が出なかった。

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2人の資産が気になってきた 未だに質素倹約続けるユウ凄い
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