久しぶりの荷馬車の仕事
6月も終わりつつある日、『速き大亀』号はシープトの町に入港した。船員たちは上陸するために忙しく働く。この日は半分の船員が仕事の終わった者順に下船できるのだ。
ユウとトリスタンの下船は翌日である。これはユウが炊事場で働いていることが関係していた。炊事担当は入港当日でも仕事はなくならないのだ。後片付けも含めると作業が終わるのは七の刻に近い。
しかし、モーテリア大陸北部の今頃は七の刻でもまだ日は沈んでいなかった。さすがに空の色は朱くなっているが、それでもまだ太陽は目に見えるのだ。
すべての作業が終わるとユウはバシリオに話しかける。
「これで全部終わりましたね」
「そうだな。お前と仕事をするのもこれで最後か」
「明日からはゆっくりと寝られるから嬉しいですよ」
「一の刻に起きる必要はもうねぇからな。ワシも港にいる間はそうだが。ところでお前、これからどこに行くんだ?」
「大陸の北部に行くという以外は、まだ何も決めていません」
「この辺りで冬を越すつもりなら覚悟しておくんだぞ。無茶苦茶寒いからな」
「そんなにですか?」
「何しろ川が凍るくらいだからな。雪もドカンと降る」
「この毛皮の服だけで大丈夫だと思いますか?」
「毛皮の外套なんかも持ってるんだったよな? だったら何とかなると思うぞ」
「逆に夏は、ってもう7月なんですよね」
「大陸北部の連中だと年中毛皮の服で過ごすヤツもいるから、そのままでもいいんじゃねぇか。この辺りは夏でも涼しいからなぁ」
椅子に座ったバシリオがこっそり隠し持っていた干しぶどうを口に入れた。ゆっくりと噛んで飲み込む。2人が雑談をしていると町の中から七の刻の鐘が鳴り響いた。
その直後、トリスタンが炊事場にやって来る。
「ユウ、船長が呼んでいるぞ。行こうぜ」
「わかった。バシリオ、それじゃ」
「おう、達者でな」
炊事担当に声をかけたユウはトリスタンと共に船長室へと向かった。その間に相棒から話しかけられる。
「船を下りたら次はどこに行くつもりなんだ?」
「う~ん、別にこれと言った場所は決めていないんだよね。トリスタンはどこか行きたい場所ってあるの?」
「特にこれと言ってないな。まぁ強いて上げれば、北の端か?」
「北の端、大陸北部の北の端かぁ。僕は西の端とたぶん南の端、それに東の端に行ったことがあるから、意外に良い案かもね」
「本気かよ。とりあえず言っただけなんだが。まぁでも、目標としてはありか」
「それじゃ決まりだね。また船があるか探さないと」
「ちょっと待った。今度は街道を進もうぜ。さすがに海ばっかりは飽きた」
「だったら隊商か荷馬車の仕事を探さないとね。あるかなぁ」
「さすがに護衛兼人足の仕事ならあるだろう。純粋な護衛の仕事は傭兵だろうが」
話をしながらユウとトリスタンは船長室の前に立った。一呼吸置くと許可を得て中に入る。以前入ったときと何も変わっていない。
船長のアラリコの前にある机の手前で立ち止まるとユウが声をかける。
「ユウとトリスタン、ただ今やって来ました」
「よく来た。前と同じように砂金と宝石を用意している。今から報酬の額を伝えるから、必要な量を答えてくれ。それと、手持ちの金貨や銀貨とも交換したいんだったな。必要な分だけ支払ったら応じるぞ」
「ありがとうございます」
最初の確認が終わると3人は交換作業を始めた。アラリコが報酬額を伝え、ユウとトリスタンが必要な砂金の量と宝石の数と返答し、2人が不足分を支払って、最後にアラリコがそれを引き渡す。以前やったことのある手続きなので流れるように終わった。
報酬を渡したアラリコが口を開く。
「これで終わりだ。足りない物はないな?」
「はい、ありません。ありがとうございます」
「少し早いがこれで終わりだな。お前たち2人と一緒に仕事ができて良かったぞ」
「僕も船長と旅ができて、あーうん、良かったです」
「何だその間は?」
「いえ、あの海賊行為みたいなのはどうかと思いまして」
「ここじゃ珍しくもないことだよ。やられるヤツが悪いのさ。それに、オレは自分から積極的に襲ったことはないぞ。オレの本業は商売だからな、はっはっは!」
大笑いするアラリコに対してユウとトリスタンは苦笑いを返した。自分から襲ったことがないというのは船長になってからずっとなのか、それとも2人が船に乗っていたときだけなのかわからない。しかし、もはやどうでも良いことだった。
にやりと笑うアラリコが2人に話す。
「ま、過去のことはどうでもいい。今は未来のことを考えるべきだな。これは興味本位なんだが、これからどこへ行くつもりなんだ?」
「トリスタンと相談して、大陸の北の端に行こうとさっき決めました」
「ということは、また別の船を探すのか」
「いえ、今度は街道を進むつもりです。さすがに海ばっかりは。たまには周りの風景に変化がほしいので」
「海は水平線ばっかりだからなぁ」
ユウから理由を聞いたアラリコはうなずいた。
もらう物をもらったユウたちはその後少し世間話をしてから船長室を出る。これで本当にこの船でやることはなくなった。
翌朝、三の刻の鐘が鳴ってからユウとトリスタンは『速き大亀』号を下船した。モーテリア大陸北部の東端に位置する町シープトは大陸東部との海路上の接点となる港町だ。そのため、なかなかの活気を誇る。
2人が最初に目指したのは冒険者ギルド城外支所だ。道行く人に目的地のある場所を教えてもらいながら町の外を歩く。
城外支所は石造りのしっかりとした建物だった。こぢんまりとしているその中に入ると何人かの冒険者が立ち話をしている。最初は全員が2人に目を向けたが、同業者だと知ると興味をなくして再び自分たちの会話に戻った。
そんな視線を気にせずユウはトリスタンを伴って受付カウンターの前に立つ。
「おはようございます。僕たち2人は昨日この町に来たばかりなんですけれど、隊商や荷馬車の仕事があれば紹介してもらえませんか?」
「2人だけかな?」
「そうです。護衛の仕事があればそれが良いんですけれども、なければ護衛兼人足の仕事でも良いです。どちらも経験はあります」
「2人か。そうなると、隊商の仕事が1件だけある。護衛兼人足の仕事でここからユピームの町までの依頼だ」
「ユピームの町ですか?」
話を聞いていたユウが首を傾けると受付係の男はわかった風に何度か小さくうなずいた。それから雑な地図をカウンターに置いて2人に説明する。シープトの町から豊魚の川に沿って下流に向かい、不凍の湖の河口付近にある町まで向かうということだった。日当は1人1日銅貨6枚である。
「銅貨6枚ですか」
「そうですが、何か?」
「あ、いえ、何でもないです」
思わず漏れた言葉をユウは慌てて打ち消した。隊商や荷馬車の仕事の報酬を感覚として何とか思い出す。純粋な護衛ならば銅貨4枚、兼任で銅貨6枚が一般的な相場だ。船の護衛兼船員補助よりも安いと思ってはいけない。それは危険な考えである。
ここしばらく大きく儲けていたことから狂いかけていた感覚をユウは元に戻した。他の条件を聞いて問題ないと判断すると紹介状を書いてもらう。
受付係に教えてもらった町の郊外へと向かったユウとトリスタンは何度か荷馬車を尋ね、3度目にして目的の隊商を探し当てた。通りかかった人足に商隊長の居場所を尋ねる。他の人足に指示を出していたやや頬のこけた顔の背の高い男まで案内してもらった。
紹介状を手にしたユウがその男に声をかける。
「イェルドさんですね。僕は冒険者のユウです。冒険者ギルドの依頼に応募してここまで来ました。これが紹介状です」
「おお、来てくれたのか。ふむ、確かに本物だな。2人だけかね?」
「はい、そうです。こっちは相棒のトリスタンです」
挨拶が終わると早速面談が始まった。お互いに自分の条件や疑問点を伝え合う。それによると、前の旅路で盗賊の襲撃を受けた際に傭兵の人数が少し減ったので、その不足分を補うために護衛兼人足を雇いたいとのことだった。目的地と条件は冒険者ギルドで説明を受けた通りだ。また、報酬は町に到着するごとに現地の国の通貨で支払うことにも合意する。
「隊商護衛の経験が豊富そうなのはいいことだね。それに、どちらも銅級の冒険者というのも悪くない。この条件でいいのなら、働いてもらいたいよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
「なら契約成立だ。隊商の関係者との面通しは明日の昼頃にしよう。出発は明後日の朝だから二の刻辺りまでに合流してほしい」
「わかりました」
仕事を得られたユウとトリスタンは笑みを浮かべてうなずいた。早速2日後から仕事だが、すんなりと出発できそうなことを喜ぶ。
2人は一礼するとその場を離れた。




