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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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水薬は持っているが

 『速き大亀』号がフォテイドの町を出港して1ヵ月以上が過ぎた。モーテリア大陸から大きく突き出た悪魔の山脈は既に通り過ぎ、今は再び四方を水平線に囲まれている。


 船員たちは日々同じ作業を繰り返していた。その甲斐あって生鮮食品がなくなる頃には手空きの者が現れるようになる。トリスタンもこの頃から炊事場のユウをよく訪ねるようになっていた。たまにセリノも含めて雑談をする。


 旅路の大半は順風満帆だったが、シープトの町まで残り1週間程度の海域で『速き大亀』号は不運に見舞われた。海賊に襲撃されたのだ。護衛兼船員補助であるユウとトリスタンも当然駆り出される。しかし、2人の知る船の守り方とは違った。


 船長のアラリコが号令を下し、手空きの船員たちは船首に詰めかける。ユウたちも当然その中に混じっていた。そうして、かつて商船を襲ったときのように船同士が操船を競う。


「セリノ、なんで僕たち海賊船に乗り込もうとしているの?」


「船の横っ腹を傷つけられると修繕費がかさむからさ。それに、自分たちの船の上で戦ったら後片付けが大変じゃないか。それだったら、相手の船に乗り込んだ方がずっとましだろう?」


「そんな理由で海賊相手に移乗攻撃を仕掛けるんだ」


「立派な理由さ。それに、もしかしたら貨物倉(カーゴホールド)に何か積み込んでるかもしれないしね!」


「考え方が完全に海賊じゃない」


 襲われるくらいならば襲ってしまえという精神にユウは顔を引きつらせた。その間にも船はお互いの船腹を狙うべく右に左にと揺れる。


 操船の結果、『速き大亀』号が海賊船の船腹に船首を突っ込ませた。接触衝撃を合図にセリノたち船員が相手船へと乗り込んでゆく。ユウとトリスタンも続いた。


 戦いは最初こそ激しかったが、長引くことなく終わる。相手船に乗り込むつもりで逆移乗されて士気が落ちたらしい。降伏する海賊船の船員も割と多かった。


 そんな中で2人は大いに活躍する。海賊船の船員を多数倒したのだ。前のときのように強い傭兵がいなかったのも大活躍できた一因である。


 護衛兼船員補助であるユウたち2人の仕事はここまでだが、その後の後始末はまだ続いた。『速き大亀』号から乗り込んできたアラリコが貨物倉に入ってゆくのを見る。


「たくさん荷物があると良いんだけどね」


「その通りなんだが、だんだん発想が海賊っぽくなってきているよな」


「うっ」


 何気ない発言をしたユウはトリスタンの正直な感想から目を逸らした。単に船長が喜べば良いと思っただけで、決して特別報酬を望んだわけではない。


 戦果確認のためにやって来たバシリオに2人が自分の戦果を申告し終えた頃、アラリコが貨物倉から出てきた。その顔は不機嫌そうに見える。後で他の船員から聞いた話では、貨物倉の中は空だったそうだ。つまり、船長としては船員を失った分だけ損をしたということである。


「トリスタン、駄目だったみたいだね」


「まぁ、船を傷つけずに守れただけでも良かったと思うしかないんだろうな」


「そうだね」


「ところで、俺たち何回か船に乗っているけれど、毎回魔物か海賊に襲われていないか?」


「え? あ、そういえば」


「何事もなく無事に航海を終える船も割とあるらしいが、今までそんなことなかったよな」


「たぶん、そう、だね」


「たまには平穏無事に海の旅をしたいよなぁ」


 大きく背伸びをした相棒を見ながらユウは曖昧にうなずいた。指摘されて過去を振り返り、ようやく気付く。次の航海は何事もないようにと願うばかりだ。


 海賊船でやることがなくなったユウとトリスタンは『速き大亀』号へと戻った。トリスタンは一休みできるが、ユウはこれから夕食の準備をしないといけない。


 自船の甲板を歩き始めた2人はすぐに異変に気付いた。3人の船員が甲板に横たわって苦しんでおり、その周囲を他の船員が囲んで介抱している。その中にはセリノもおり、特に苦しんでいた。


 ただ事ではない雰囲気を察したユウは近づいて解放している船員の1人に声をかける。


「あの、これってどうしたんですか?」


「海賊船のヤツらの中に、刃先に毒を仕込んでた連中がいたみたいなんだ。それで、この3人は運悪くそいつらの武器で負傷したせいで体に毒が回ったみたいなんだよ」


「なぁ、ユウとトリスタンどっちでもいい、解毒剤を持ってないか? セリノにだけまだ飲ませてやれてないんだ」


「船の常備薬はどうしたんです?」


「海賊船にぶつかったときに運悪く瓶が床に落ちて割れちまったんだよ」


「植物系と動物系の解毒の水薬なら1本ずつ持っていますが」


「両方持ってきてくれ」


「わかりました」


 深刻な表情の船員に頼まれたユウはうなずくと踵を返した。すぐに船倉へと向かって荷物の中から小瓶2つを取り出す。そして、立ち上がったところでじっと小瓶を見つめる。


「これ、入れたのいつだっけ?」


 気になったユウは試しに植物系解毒薬の入った小瓶を開けて鼻に近づけた。かすかに怪しい臭いがする。一方、動物系解毒の小瓶からはおかしな臭いはしていない。


 これまで薬の有無の確認は何度もしていたが、中身の確認まではほとんどしていなかった。持っている薬の大半はたまに使っていたからだ。しかし、植物系の解毒薬だけは使った記憶がない。動物系の解毒薬は使った記憶はあるものの、それはいつのことだったか。


 果たしてこの水薬をセリノに飲ませても大丈夫なのかユウは自信がなかった。もしかしたらもっとひどいことになるかもしれない。ただ、飲まないと高い確率で死んでしまうのであればこの傷んだ水薬に賭けた方がましなのも確かだ。


 どうして今ここでこんなことで追い詰められているのかよくわからないユウだったが、時間がないことを思い出す。とりあえず小瓶2つを持ったまま甲板まで戻った。


 薬を求めてきた船員の隣に跪くとユウは声をかける。


「薬はあるんですが、ひとつ問題があるんです」


「問題? どんな?」


「実は、僕が持っているこの2つの解毒薬って古いんですよ。特に植物系の解毒薬はたぶん3年以上前のやつで、臭いも少し怪しいんです。動物系の解毒薬はたぶん大丈夫だと思いますけれど」


「うっ、そうか。で、でも一応は薬ではあるんだよな!?」


「それは間違いありません」


「わかった。それでもいい。その小瓶を寄越してくれ」


 やや顔を引きつらせた船員の言葉を受けたユウが持ってきた小瓶を2つとも手渡した。その船員が手早く蓋を開けてセリノの口に小瓶の中身を流し込むのを黙って眺める。植物系の解毒薬を口に含んだセリノがむせるのを見てユウは目を背ける。


 空になった小瓶を受け取ったユウは毒に苦しむ3人から離れた。小さくため息をつくとトリスタンから声をかけられる。


「あの水薬って大丈夫なのか?」


「わからない。あんまり使わない方が良いとも思うんだけれども」


「中身の確認はしていなかったのか」


「うん。中身があることは確認していたんだけれどね。失敗したなぁ」


「他の薬は大丈夫なのか?」


「今から調べてみるつもりなんだ。こうなると気になって仕方ないから」


 歩き始めたユウはトリスタンに返答した。不安そうな表情のトリスタンがそれに続く。


 船倉にたどり着いたユウは自分の荷物の中から薬の入った瓶をすべて取り出した。そうしてひとつずつ確認してゆく。


 植物系解毒の水薬と動物系解毒の水薬は今回使い切ったので新たに買い替える。痛み止めの水薬も現在使い切っているので新たに買わないといけない。腹痛止めの水薬は最後に使ったのは1年以上前と怪しいので廃棄することにした。傷薬の軟膏は過去に使って新たに買い直しているので問題なし。虫除けの水薬は最後に使ったのが1年以上前なのでこれも一旦捨てて必要なときに買い直すことにする。


「ユウ、どうなんだ?」


「腹痛止めの水薬と虫除けの水薬は捨てた方が良いことがわかったよ。他は傷薬の軟膏以外全部買い直しかな」


「薬の管理もちゃんとしておかないと駄目だな」


「そうだね。これを機にしっかりと中身も確認するよ」


 大きなため息をついたユウがトリスタンに力なく返事をした。


 海賊船との戦いの後始末を終えた『速き大亀』号は再び海上を軽快に走る。襲われた以外は今まで通り順調だ。


 その間、ユウは中身を空にした薬瓶をきれいに洗った。幸い、炊事場で働いているので多少の水は融通が利くのだ。次の町に着いたら水薬をいくつも買い揃えないといけない。


 一方、傷んだ解毒薬を飲まされたセリノは一命を取り留めた。あの水薬は一応役目を果たしたのだ。しかし同時に、猛烈な下痢がセリノを苦しめた。とんだ副作用であるが、水薬のおかげで助かったのならばユウに文句も言いにくい。


 様々な状態の船員を乗せながら『速き大亀』号はシープトの町を目指した。

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― 新着の感想 ―
意外な落とし穴でしたねえ。 今まで使うような機会がなくて良かったは良かったんですけどね!
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