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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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酒場にて偶然の再会

 5月になってようやく春を迎えたセリド島は涼しい季節を迎えた。もっと南の地域では暖かいという言葉がぴったりな時期なのだが、この辺りよりも北の場所だと気温が低いのが常なのだ。


 そんな風に冷たさを感じる時期なのでまだ毛皮製品は手放せない。南方の人々からすると夏でも涼しいのだから年中毛皮製の衣類を身につけるのもうなずける。


 一仕事終えたユウとトリスタンも同じだった。冬の厳しい寒さをしのぐために急いで買った毛皮の衣類を今も着たままだ。このまま暑くならないのならば当面は毛皮製品を使い続けようと考えているくらいである。


 前の仕事の契約が完了した翌日、2人はすっかりおなじみになった安宿の寝台でごろごろとしていた。肉体的だけでなく精神的にもかなり疲れていたため、安全な場所で緩みきっているのである。


 とりあえず外出する準備を整えたユウは寝台に横たわって天井を見ていた。取り立てて見るべきものもない天井裏が目に映るばかりだ。


 同じように寝台で横になっているトリスタンに顔を向けられる。


「ああ、何もする気が起きないな」


「そうだね。今日1日はこのままでも良いと思う」


「宿の店主に追い出されなければ、だろう」


「良い顔をしないのは確かだろうけれど、宿賃を支払えば文句は言われないはずだよ」


「俺たち、なかなか面倒な客だな」


 苦笑いをするトリスタンをユウは横目でちらりと見た。同時にかつて安宿で働いていたときのことを思い出す。掃除をするときに宿泊客がいると迷惑だった。声をかけてもどいてくれない者もいたので尚更だ。それが今や自分が掃除を邪魔する側なのだから何だか無性におかしかった。


 食欲よりも睡眠欲が勝っていたユウとトリスタンはそのまま寝台を占拠し続ける。さすがに店主が掃除をしに来たときはその場を離れたが、またすぐに寝台で仰向けになった。


 そうしているうちに気付けば六の刻の鐘が鳴る。すると、さすがに腹の虫が鳴った。徐々に宿泊客が増える中、ユウは寝台から起き上がる。


「トリスタン、酒場に行こう」


「そうだな。さすがに腹が減ってきた。あぁ、今日はよく寝たなぁ」


 同じく起き上がったトリスタンが大きく背伸びをした。次いで2人揃って背嚢(はいのう)を背負うと宿を出る。


 屋外はまだ明るかった。六の刻を過ぎても夕方はこれからという感じだ。周囲の船員や人足もしっかりとした足取りで往来している。


 歓楽街へと入ったユウたちはよく行く酒場に入ろうとした。ところが、入口から中を覗くと既に満席だったのですぐに外へと出る。


「どうも出遅れたみたいだね。他のお店は開いているかなぁ」


「さすがにどこかは空いているだろう。とりあえず回ってみようぜ」


 通りの人の流れに従ってユウとトリスタンは再び歩いた。ほどなくして満席になっていない酒場を見つける。2人はふらりと中へ入った。テーブル席が3分の1程度空いている。カウンター席は半分ほどだ。


 これから2人だけでテーブルを占拠するのは難しい時間帯なのでユウたちはカウンターへと足を向ける。すると、カウンター席に座っている客に見覚えのある船員を目にした。


 思わずユウが声をかける。


「バシリオ、セリノ?」


「おお、ユウとトリスタンじゃねぇか。お前ら、まだここにいたのか」


「とっくの昔にこの島を離れてたと思ってたよ。乗り込む船が見つからなかったのかい?」


「ちょっと色々あって、しばらくこの島に留まっていたんだよ」


「そいつぁ気になるな。ぜひとも聞かせてくれ」


「面白い話は大歓迎だよ。でも、ここじゃちょっと手狭だね。テーブルに移ろう」


 セリノの提案で4人は隣の空いているテーブル席に移った。その際にユウとトリスタンは給仕女を捕まえて料理と酒を注文する。


 食べかけの皿と飲みかけのジョッキをテーブルに移し終えたバシリオとセリノが席に座った。すると、すぐにセリノが身を乗り出す。


「別れてから大体2ヵ月くらい経ってるよね。なのに2人はどうしてまだこの島にいるんだい。さすがに乗り込む船が見つからなかったってわけじゃないんだろう?」


「実はですね、鳴き声の山脈で発見された遺跡について気になっていたんで、そこに行ってきたんですよ」


 注文した品が届く前にユウはバシリオとセリノについ先日までの顛末を簡単に話した。2人だけでは遺跡に入れなかったので遺跡調査先遣隊に参加したこと、その先遣隊で苦労したこと、そして遺跡の中で大変な目に遭ったことなどである。


 語り終えたユウは途中で配膳された木製のジョッキに口を付けた。乾いた喉にエールが染み渡る。


「こんな感じだったんだよ。大体合っているよね、トリスタン」


「うん、そんなものだった。最後に遺跡の中から逃げるのがきつかったな」


「お前ら無茶苦茶なことをしてたんだなぁ」


「その魔術使いが余計なことをしなけりゃ穏やかに終わってたよね、その調査」


「そうなんだよ、セリノ。いくら研究に必要だからって、転移魔法陣を簡単に動かしちゃいけないんだ。おかげで死にそうな目に遭ったよ」


 しゃべっているうちに先日のことを思い出してきたユウの気が高ぶってきた。徐々に顔が険しくなってゆく。あれのせいで遺跡から町への帰還も苦労したのだ。当人はもう死んでしまったが、その怒りはまだ残っていた。


 そんなユウの話が一段落すると、次はトリスタンがセリノに声をかける。


「ところで、そっちはこの2ヵ月の間に何をしていたんだ?」


「オレたちはあれから南にあるセリド海沿岸の都市で商品を仕入れてたんだ。それからまたこっちに戻って来て今は休み中さ」


「行き先は東部辺境か大陸北部のどっちなんだ?」


「大陸北部だよ。シープトの町に商品を運び込むんだ。そういえば、冒険者の募集もしてたっけ。バシリオ、どうだった?」


「まだやってるはずだ。悪魔の山脈辺りで海賊にかち合う可能性があるからな」


 以前乗っていた『速き大亀』号の行き先を聞き出したトリスタンがユウに顔を向けた。同じように話を耳にしていたユウがうなずく。


「だったら、僕たちが応募しても良いよね」


「俺もそう言おうとしていたところなんだ。ちょうど向かう先が同じだしな」


「そりゃいい。ワシも楽ができるってもんだ」


「バシリオは今1人で作業をしているんですか?」


「さすがにそれはねぇが、手伝わせるヤツらがつまみ食いをやり過ぎないように見張るのが面倒なんだよ」


「ああ」


 懐かしい話を思い出したユウはセリノに呆れた様子の顔を向けた。すると、にっこりと笑って木製のジョッキを持ち上げられる。さすがに性格は同じままらしかった。


 4人は久しぶりに再会したこともあってその後もお互いの近況や面白い話をしゃべり合う。それは日が暮れるまで続いた。




 翌朝、ユウとトリスタンは身支度を整えると、冒険者ギルド城外支所で紹介状を書いてもらってから『速き大亀』号へと向かった。呼び出してもらった船長のアラリコと再会すると驚かれる。


「お前ら、まだこの島にいたのか」


「昨晩バシリオとセリノにも同じことを言われましたよ」


「そりゃそうだろう。というか、お前らあの2人と会ってたのか」


「昨日偶然酒場で会ったんです。それで、この船が大陸の北部に行くって聞いたんで、応募しに来たんですよ。あの2人から何も聞いていないんですか?」


「聞いてないな。今は休暇中だからまだ船に戻って来てねぇんだ」


「ああ、休み中ですからね。船に戻って来るわけなかったですよね」


「そういうことだ。で、行き先は大陸北端のシープトという町で条件は前と同じだが、それでいいんだな?」


「はい。冒険者がなかなか集まらないと聞いていますけれど、セリド海沿岸の町でも来なかったんですか?」


「田舎の町ならまだ比較的来てくれるんだが、都市となるとなかなか来てくれなくなぁ」


「そんなにたくさん他に仕事があるのかな。それとも冒険者の数が少ないのかな」


「さぁな。詳しくは知らん。ともかく、お前らが来てくれて助かった。次の町まで頼んだぞ」


 機嫌の良いアラリコにユウとトリスタンも笑顔で応えた。契約は成立である。


 出発は2日後の朝と聞いた2人は一旦下船した。それから航海に備えて不足しているものを買い求める。特に柑橘類は必須だ。今回の航海は約1ヵ月半なので2週間程度しか鮮度が保たないのは苦しいが、それでもないよりはましである。


 そうして出港前日にユウたちは『速き大亀』号へと乗り込んだ。久しぶりの悪臭に耐えつつ荷物を船倉に縛り上げる。


 出港当日、2人は前と同じ場所で働いていた。ユウは炊事場で、トリスタンは甲板上で動き回る。しばらく作業から離れていたが手を付けると体が思い出すのは早い。


 碇が巻き上げられた『速き大亀』号は緩く吹く風を利用して海の上を滑り始めた。

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