特別隊員の目的
遺跡の入口での警護から戻って来たユウとトリスタンは人足の態度から調査の終わりが近いことを知った。順番からしてもう後は待つだけだと察して表情が明るくなる。
そんなとき、秘密の入口の辺りから人の体が生えてくるように見えた。人足が1人降りてきたのだ。よく見ればジャクソンである。
骨だらけの地面に降りるとジャクソンはゴドウィン副隊長に近づいた。そして口を開く。
「ダーレン特別隊員からの連絡です。魔法陣について更に詳しい調査をするから冒険者2人を寄越してほしいそうです」
「詳しい調査に冒険者が必要なのか? なぜだ?」
「そこまでは聞いていません」
小さく息を吐き出したゴドウィン副隊長が梯子へと向かった。そのまま取り付いて登ってゆく。ジャクソンも後に続いた。
もう終わりだと思っていたユウとトリスタンは嫌そうな顔を向け合う。
「調査が延長になるかもしれないな」
「日が暮れたら外も危ないからさすがにそれはなんじゃないかな」
首を小さく横に振るトリスタンを見てユウはため息をついた。
しばらくしてゴドウィン副隊長だけが戻ってきて、ユウとトリスタンを呼びつける。
「ユウ、トリスタン、お前たちはもうこの後見張りをしなくても良かったな。上に行ってダーレン特別隊員の指示に従え」
「何をするんですか?」
「魔法陣の確認だそうだ。詳しくは私もわからん。とにかく行ってこい」
命じられたユウとトリスタンは肩を落とした。それでも命じられた以上は行かないといけない。
石や土砂で積み上げられた土台を登った2人は順番に梯子を登った。まずはユウからだ。見た目以上に梯子が頼りないことに顔をしかめる。そのまま梯子の先まで登りきると見よう見まねで手を壁に突っ込んだ。すると、何の抵抗もなく奥へと入り込む。次いで頭から体を奥へと入れると廊下が目に入った。
そのまま廊下に進んで立ち上がると奥に扉のない部屋があることにユウは気付いた。同時に人が立っているのも見える。背後へと振り向くと、魔物の白骨で埋め尽くされた部屋が目に入った。どうやら反対側からは向こう側は見えるらしい。
やがてトリスタンも登ってきた。2人揃うと奥へと進む。すると、ちょっとした大きさの部屋がすぐに現れ、その床一面に円形の魔法陣が描かれているのが見えた。
まずはダーレン特別隊員に挨拶をするべき2人だったが、ユウはその魔法陣を呆然と見つめて動かない。円は3重で外円と中円の間には幾何学模様が描かれ、中円と内円の間には転送呪文が描かれており、中心点を通る十字になるよう中円の4ヵ所にはわずかな窪みがついた小さい丸がある。間違いなく別の遺跡で使った転移魔方陣だった。
そんな呆然とするユウにトリスタンが小声で話しかける。
「どうした?」
「うん。ちょっと」
我に返ったユウはトリスタンに小さくうなずくとダーレン特別隊員の元へと向かった。熱心に魔法陣と羊皮紙を見比べているその脇から声をかける。
「古鉄槌のユウとトリスタン、ただいま来ました」
「部屋の入口で待機していろ。魔法陣が起動してもし問題が発生したら私の指示に従って対処しろ」
「この魔法陣を動かすんですか? アルバート隊長の許可は?」
「私はこの遺跡にある魔法関連のものにはアルバート隊長から一任されている。冒険者風情が余計な口出しをするな。わかったらさっさと行け。邪魔だ」
目も合わさず告げられたユウとトリスタンは面食らった。身分の差があるのは理解しているが、あんまりな扱いに困惑する。
そんな2人を意にも介さず、ダーレン特別隊員は懐から半透明な灰色の魔石を取り出すのをユウたちは黙って見ていた。すると、魔法陣にある4箇所の窪みにそれが設置されていく。
かつての経験から、ユウはその魔石では魔法陣を動かせないことを知っていた。絶対に止めるべきであることは理解しているが、なぜ駄目なのかを説明できない。ダーレン特別隊員を説得できるだけの知見はユウにはないからだ。
顔が青ざめるユウは横の相棒に肘で突かれる。
「おいどうした?」
「これ絶対にまずいよ。でも、僕はそれを説明できないんだ」
「どうまずいんだ?」
「魔法陣の正しい動かし方から外れているんだ。あの魔石じゃたぶん起動しないか正常に動かせないよ」
「だったら俺たちはどうしたらいい?」
「一番良いのはすぐこの場から逃げることなんだけど、とりあえず入口に寄ろう」
知識がない自分を人生で最も恨みながらユウはトリスタンを連れて通路の手前まで戻った。その間もダーレン特別隊員から目を離さない。
2人が小声で話をしている間にもダーレン特別隊員は動き回っていた。既に魔石は設置され、今は手元の羊皮紙と魔法陣を見比べながらその縁を歩いている。
とりあえず部屋の入口に移動したユウたちは不安げに特別隊員を見ていた。すると、人足の1人に顔を向ける。
「そこのお前、この魔法陣の中央に立て。じっとしているんだぞ」
「え? そこに」
「早く行け!」
指名された人足は珍しく声を荒げたダーレン特別隊員に怯えた。しばらく躊躇っていたが更に睨まれると仕方なく魔法陣の中央へ向かう。
これまので様子を見ていたユウはダーレン特別隊員が人足を転送する気だということに気付いた。しかし、一体この魔法陣がどこに繋がっているのかまったくわからない。しかもその先に何があるのかも一切わからない。それとも、この特別隊員は知っているのだろうかと内心で首を傾げる。
「今から偉大な実験を行う。魔法陣の中央に立つあいつ以外は魔法陣に近寄らないように」
厳かに言い放つダーレン特別隊員とは裏腹にその場にいる人足も冒険者も不安そうにしていた。もう1人の人足であるジャクソンがこっそりとユウたちに近づく。
特別隊員が羊皮紙を見ながら何かをつぶやき始めた。2枚目の羊皮紙に移ってもなおつぶやき続けていると、円と内側の模様らしきものがうっすらと暗く輝く。ただし、明らかに不安定だ。それでも魔法陣は起動したらしく、中央に立っている人足が宙に浮き、次第に透き通ってやがて消えた。その後、魔法陣は急速に輝きを失い、元に戻る。
実験とやらが終わった後、室内は静かだった。誰も声を出さない。誰もが目を見開いたままだ。
魔法陣の中央にいた人足がどこへ転移したのかユウにはわからなかった。出力不足もそうだが、あれは転移先の場所か座標を指定しないといけなかったはずだ。あのつぶやきの中にそれがあれば良いのだが、とても設定しているとは思えない。
そんなことをユウが思っていると、肩をふるわせて小さく笑い始めたダーレンが大きな声を上げる。
「はははははは! やった、やったぞ! 実験は成功だ! 魔法陣を私が動かしたんだ! 古代の魔術を私が使ったんだ! ジジイども、見たか! やはり私は正しかったのだ! これで大手を振って大学に、研究室に戻れるぞ!」
拳を天に振り上げたダーレン特別隊員が笑い狂っていた。普段の無表情さからは想像もつかないほどの感情を爆発させている。
少し離れた場所からその様子を眺めていたユウだったが、目の端にちらつくものが合ったのでそちらへと顔を向けた。すると、魔法陣が再び輝き始めている。しかもつい先程よりもはるかに力強くだ。
この輝き方をユウは知っている。正しく魔法陣が起動したときだ。しかし、ダーレンがやったようではなかった。その証拠に当人は呆然としている。
改めて魔法陣を見たユウは猛烈に嫌な予感がした。隣に立っているジャクソンに声をかける。
「ジャクソン、今すぐこの遺跡から外に出るように他のみんなに伝えて」
「え、でも」
「死にたくなければ」
「う、うん」
躊躇いがちにうなずいたジャクソンは何歩か後ずさってから踵を返した。
その様子を見ていたトリスタンがユウに尋ねる。
「これ、何が起きようとしているんだ?」
「たぶん、どこかから何かが転移しているんじゃないかと思う」
「何が転移してくるんだ?」
「今までこの遺跡で集めた証拠を見ると」
輝く魔法陣の中には無数の何かの影が現れていた。その姿がはっきりするにつれて答え合わせがなされる。
「ばかな、私は何もしていないぞ!?」
「ダーレン特別隊員、逃げますよ!」
目を見開いて動揺するダーレン特別隊員に声をかけたユウは、トリスタンの肩を叩いて振り返ると全力で走り始める。魔法陣の転移が完了するまで待つ必要はない。
トリスタンも走り始めたところで魔法陣から魔物の不快な叫びが一斉に周囲へ撒き散らされた。それを背に2人はひたすら走る。
「おい、この先は確か」
「飛ぶよ!」
通路を走り抜いたユウはそのまま秘密の入口から飛んだ。顔を引きつらせたトリスタンもそれに続く。
その直後、多数の魔物が2人の後に続いて通路から飛び出した。
 




