魔物の出てきた場所
再び遺跡の調査にやって来て初日が終わろうとしていた。夕食が終わると見張り番以外は天幕で眠りにつく。
その夜の見張り番は今回は今までとは大きく変わった。重傷者が2人に1パーティ4人が遺跡で隊員の護衛をしているため、野営地には12人しかいないのだ。そのため、1回の見張り番の人数を4人に減らすことになった。キースとロレンソのパーティについてはそのままで良いとして、残る見張り番1組はユウとトリスタン、それに重傷者が出たパーティの残り2人となる。魔物の集団がやって来る方向はわかっているのでこれは問題にはならなかった。
しかし、魔物の集団が襲撃してきたときはその減った人数が冒険者たちを直撃する。1人が担当する場所が広くなり、倒すべき魔物の数が増えるのだ。理論上は可能であっても実際どうなのかと問われると当然厳しい。
それでも最終的に魔物をすべて撃退できたのは掘った穴のおかげだった。篝火の明かりが届かない真っ暗な場所で次々と穴に落ちてくれたからだ。中には再び別の穴に落ちる魔物もいたようなので、冒険者が複数の魔物と対峙することがほとんどなかったのである。
改めて野営地の守りに自信を持った先遣隊は、翌日の調査2日目、アルバート隊長抜きの調査班が再び遺跡へと向かった。
この日は穴掘り作業がないことを喜んでいたユウとトリスタンは、見張り番から解放されると自分の荷物の横に座る。水袋に口を付けて一息ついていた。
そこへジャクソンがやって来る。
「いたいた。ユウ、トリスタン、昨日頼まれた件を聞いてきたよ」
「遺跡に残った人たちの話?」
「そうだよ。あの人たちって遺跡から魔物が出てくるのかを確認するために残ったみたいだね。一晩中遺跡の入口を見張るんだって」
「あれ? 魔物が遺跡から出てくるなら、遺跡の近くにいるのは危険なんじゃないの?」
「オレもそう思った。でも、見張れる場所はあるらしいんだ」
「へぇ、遺跡の中に隠れられるような場所があるんだ」
「中じゃないよ。遺跡の入口って壁が崩れてその穴から中に入るってのは知ってる?」
「前の調査のときに遺跡の入口までは行ったことがあるからわかるよ」
「そりゃ話が早い。その入口の上って実は登れるそうなんだ」
「あんなところ登れたんだ」
記憶にある遺跡の入口の風景を思い返したユウは首を傾けた。中にばかり意識が向いていて周囲にはあまり目を向けていないことを思い出す。
「それで、その入口の上、ちょっとした屋根か天井みたいになってるところに隠れて魔物を見張るらしいよ」
「魔物に気付かれたらまずいから明かりは点けないんだよね。そうなると、今の時期は真っ暗で何も見えないんじゃないかな」
「魔物が集団で出てくるなら必ず大きな音がするから見えなくてもいいらしいよ。本当は見えた方がいいんだろうけど、魔法の道具もないから仕方ないんだって」
「なるほど、それで魔物が遺跡関係かどうか確認するんだ。あんな所で一晩過ごすなんて寒そうだなぁ」
「オレもあんなのはイヤだな。命令された仲間には同情するよ」
肩をすくめるジャクソンを見たユウはうなずいた。まだまだ夜は寒いこの時期にひたすら冷たい風を耐えるというのはやりたくない。
聞きたい話を聞けたユウは満足した。次いでトリスタンが口を開く。
「ジャクソン、他には遺跡で何もやっていないのか? あのダーレン特別隊員は魔術使いだろう。魔法陣の方にも何かやっていると思うんだが」
「おお、鋭いね。それも聞いてきたよ。魔法陣のある部屋へ行くには地面から5レテム上にある秘密の入口を通らないといけないだろ? その通路上に小さな石で通路を横切る線をいくつか作っておいたらしいんだ」
「何のためにそんなことをしたんだ?」
「もし魔法陣から魔物が出てきたら、外に出るためには通路を通らなきゃいけないだろ。だから、その途中に石で線を作っておいて、魔物が蹴散らしたかどうかで確認するんだってさ」
「魔法陣のある部屋は他に出入口はないのか」
「ないらしいよ」
「その部屋以外から魔物が出てくる可能性はないのか?」
「他に出入りできる通路とか隠し扉なんかは見つかっていないから、たぶんこの魔法陣からだろうってダーレン特別隊員がおっしゃっていたんだって」
「なるほどなぁ。さすが魔術使い、頭がいいな」
説明を聞いたトリスタンは特別隊員のやり方に感心した。周りにある物を使って結果を求めるというのは見習うべきことだ。
何度かうなずいた後、トリスタンが言葉を続ける。
「そうなると、今日はその結果を踏まえて遺跡を調査しているんだろうな」
「たぶんね。夕方になってみんなが帰ってきたら、また話を聞いておくよ」
「おう、頼む。しかしそれにしても、よくそんな話を聞いてくるよな」
「隊員の人たちがオレたち人足にそんなこと話すわけないだろ。周りで話を耳にするんだ。あちらの方々はオレたちのことなんて全然気にしないから、好き放題聞けるって寸法さ」
「あー、それはそれで考えものだな」
「いいじゃないか。おかげで色々と話が聞けるんだから。まぁとにかく、次も楽しみにしててくれ」
言い終えたジャクソンは不敵な笑いを浮かべながらユウとトリスタンの元を離れた。そうして、他の人足と一緒に仕事に取りかかる。
それを見届けたユウたちは自分たちで雑談を始めた。
昼下がり、遺跡に向かった調査班が戻って来た。しかも全員だ。更にその表情が硬い。何か遭ったのは明白だった。
それはすぐにわかる。人足たちが平らにした梯子の上に板を乗せた簡易台を運んでいたのだが、その上にシーツで覆われた遺体を乗せていたのだ。また、冒険者たち、特にロレンソたち現地組の表情が暗い。何かあるごとにロレンソたちを馬鹿にしていたキースは嫌そうな顔をしたまま黙っている。
調査班を率いていた1人であるダーレン特別隊員がアルバート隊長のいる天幕へと入っていった。ゴドウィン副隊長は冒険者に解散の指示を出して遺体の側に立っている。
天幕の出入口が開くとダーレン特別隊員に伴われたアルバート隊長が出てきた。信じられないという表情のまま副隊長の顔を見て、それからシーツに目を落とす。人足の1人がシーツをめくると、ひどく損傷した何かが現れた。膝を突いた隊長がそれを見ながら泣き始める。
野営地で留守番をしていた人足や冒険者が遠巻きにその様子を眺めていた。ユウとトリスタンの姿もその中にある。
隊長の様子からして、あの遺体がハドリー隊員だということはすぐにわかった。そして、調査班の人足や冒険者たちの表情が硬いのは、遺跡監視組が誰1人生きて戻ってきていないのが原因であることは明白だ。
ある程度時間が過ぎると、ダーレンがアルバートに声をかけた。そうしてゴドウィンが支えるようにして天幕へと連れて行く。その間に、ダーレンが人足たちにハドリーの遺体を埋葬する準備を指示した。そうしてようやく野営地全体が動き始める。
思わぬ展開にユウもトリスタンも戸惑った。まさかこんなことになるとは思っていなかったのだ。これからどうなるのか不安に感じる。
野営地は突然戻って来た調査班によっていつもとは一変した。遺体を埋葬できる穴が掘られると、アルバート隊長、ダーレン特別隊員、ゴドウィン副隊長が簡易の葬式を行う。それが終わってからは幾分か空気が和らいだが、相変わらず暗いままであった。
何も命令がないまま夕方になる。悲劇的なことがあっても食事は作られた。今は現地にいるので体力を低下させるわけにはいかない。特に人足と冒険者はここで弱るわけにはいかないのでしっかりと食べた。
その夕食中、ユウはジャクソンに近づく。正直気乗りはしないのだが、明日からの指示に大きな影響がありそうな事柄については今のうちに聞いておきたかったのだ。
ユウは遠慮がちに声をかける。
「ジャクソン」
「ユウか。やっぱり気になるよね」
「しばらく時間を空けた方が良いんだろうけど、明日の指示に影響がありそうだから」
「確かにそうだね。昨日の夜遺跡に泊まった人が死んだのは、乗っていた入口の上の部分が崩れ落ちたからだそうだよ」
「え、崩れたんだ」
「うん。それで、全員が落ちたんだけれど、間が悪いことに魔物が遺跡から出ている途中だったらしくて、それで動けない間にみんな」
「そうなんだ。でも遺跡から出てきたってことは、魔物は魔法陣から出てきたの?」
「そうらしいよ。あの例の石で作った線は蹴散らされていたらしいから」
7人が死亡した原因にユウは呆然とした。不幸としか言いようがない。そして、魔物が魔法陣によって転移してきた可能性が濃厚となる。
アルバート隊長以下の隊員たちは一体どうするつもりなのかユウは不安になった。




