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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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野営地での穴掘りと防衛

 四月末、セリド島にもようやく春が訪れようとしていた。雪はまだあちこちに残っているが次第に泥と混じり合って消えつつあり、吹き付ける風もあまり冷たくはない。しかし、それでも日陰に入るとまだ冬の残り香は色濃くある。


 早朝、二の刻前にユウとトリスタンは町の北の郊外にある野営地にやって来た。最近は一の刻を過ぎてしばらくすると日の出となるので毎朝起きる時間が早くなっている。日が長すぎるのも問題だなと2人は思うようになっていた。


 野営地には既に前回の参加者たちが揃っている。冒険者は仲の良い者同士で集まり、人足は持っていく荷物の隣に固まっていた。ユウたちは人足たちの所へと立ち寄る。


「ジャクソン、おはよう」


「2人とも来たんだね。全員揃ったんだったらそろそろ出発するんじゃないかな」


「今回も何事もなく終わったら良いんだけどね」


「何言ってるんだ。毎晩魔物が襲ってきてたじゃないか」


「あれはもうなんか慣れちゃって」


「ユウたち冒険者は戦えるからいいけど、オレたちはそうじゃないんだからちゃんと守ってくれよ」


「もちろん。それに、隊員の人のうち半分は戦えるから大丈夫だよ」


「確かにその点は心強いよな」


 朝の日差しを受けながら雑談で時間を潰していると、最も大きな天幕からアルバート隊長以下4人の隊員が姿を現した。いずれも自信に満ちた顔を人足と冒険者に見せる。


 代表してゴドウィンが訓示を垂れると遺跡調査先遣隊は野営地を出発した。わずかに雪が残った平原を縦列の集団が進む。


 参加者は前回と同じでやることも変わらないが、自然環境は以前といくらか違った。これが遺跡調査先遣隊の行動に多少なりの影響を与える。


 ひとつは雪解けだ。鳴き声の山脈の谷間は日陰部分でも雪は確実に減っていて剥き出しの地面が増えている。そのため、人間も魔物も足を取られなくなったのだ。これにより突撃猪(チャージボア)のような魔物の突撃で指導部の隊員や人足に混乱が発生するようになってしまう。さすがに冒険者へ受け止めろとも言えないので、この辺りの対策に指導部の面々は頭を悩ませた。


 もうひとつは新月だ。前回は夜でも満月の明かりの下で行動できたが、今回は本当の暗闇で視界がほぼ利かない。そのため、夜の見張り番をするときは篝火(かがりび)が必要になった。ところが、そうすると今度は魔物を引きつけてしまうことになってしまう。これが非常に悩ましかった。


 それでも一行は何とか山脈の北面へと抜け、前回野営した場所へとたどり着く。今のところ予定通りに事が進んでいるので隊員たちの機嫌は良かった。


 野営の準備が終わり、遺跡の確認をしてきたアルバート隊長とダーレン特別隊員も野営地に戻ってきたところで夕食だ。寒さがましになったとはいえ、それでもまだまだ温かい食事は歓迎される時期である。


 日没が訪れると就寝の時間だ。夜の見張り番を残して他の全員が眠る。この辺りでは毎晩魔物の集団に襲われるが、アルバート隊長とハドリー隊員の2人と人足はそれほど恐れていなかった。前回と同じだと単純に思っているのだ。


 しかし、ゴドウィン副隊長とダーレン特別隊員、それに冒険者たちは違う。前回とは大きく条件が変わったことに気付いていた。その問題は移動中に既に現れており、視界が利かないことと魔物の行動に制約がないことに頭を痛めている。今晩からは数十匹単位の魔物の群れが相手なので今まで通りにはいかないのは予想できた。


 そこで、野営地の周囲にできる限りの細工を施す。それは不規則に並んだ穴をいくつも掘るというものだ。視界が利かない場所で突進系の魔物の攻撃を避けるのはほぼ無理である。なので、一角牛ユニホーンバッファローなどが穴にはまって立ち往生するように仕向けるのだ。これで篝火(かがりび)を穴より野営地側に置いておけば新月の夜だと穴は暗闇で見えなくなる。


 本当ならば充分な堀を掘って柵を立てるのが一番であるが、人足の持てる荷物の量は限られており、また夕方に野営地場所に到着した一行には時間もなかった。なので限られた範囲でできることをやるしかない。


 こうして迎えた野営地での最初の夜に冒険者たちは見張りを繰り返しこなす。


 自分の番が回ってきたユウは篝火(かがりび)から離れて立っていた。暗闇で視界が利かないというのは何とも恐ろしいことだ。しかも鳴き声の山脈に吹く風の音が魔物の出す音をある程度かき消してしまう。これも地味に厄介だ。


 そしてあの時間になる。最初はよく聞こえなかった音がはっきりと聞こえてきた。時刻で言えば魔物の集団が襲ってくる頃だ。


「魔物の集団、襲撃! 起きろ!」


 ほぼ確実というところでユウは声を上げた。見えないからといって判断を引き延ばしていると対処できなくなってしまう。


 そのとき、篝火(かがりび)の明かりの範囲外で動物の悲鳴の様なものが上がった。それを皮切りに次々と醜い悲鳴があちこちで上がる。でたらめに掘った穴に案外魔物がはまっているらしい。


 思わず安心するユウだったが余裕はそこまでだった。明かりの内側に到達した魔物が次々と姿を現す。起きてきた他の冒険者と共に魔物の集団を迎え撃った。


 翌朝、ユウたちが落とし穴の周辺を見てみると意外に引っかかったまま死んだ魔物は少ないことを知る。しかし、穴をよく見るとその内側がひどく崩れているものがたくさんあった。どうやら一度引っかかって出て行ったようである。そういえば密集して襲われたことはなかったことを思い出した。


 ただ、まったくの無傷でやり過ごせたわけではない。現地出身の冒険者2人が負傷してしまったのだ。そのため、今後の野営地の護衛は重傷者2人を出したパーティと古鉄槌(オールドハンマー)に固定される。しかも、昼間に見張り番をしていない方は手の空いた人足と一緒にひたすら穴掘りをすることになった。


 昼休憩で再会したユウとトリスタンが疲れた様子で雑談をする。


「まさか穴掘りをずっとするとは思わなかったよ


「俺もだ。見張り番をする方が楽になる日が来るとは夢にも思わなかったぞ」


「今度は遺跡に行った方が楽なのかなぁ」


「どうかな。キースとロレンソが一緒にいるんだぜ。喧嘩に巻き込まれたくはないな」


「穴掘りの方がましかぁ」


 ため息をついたユウはお粥のようなスープをすすった。


 食事終わってからも留守番組の冒険者は見張り番と穴掘りを繰り返す。そんなとき、アルバート隊長と荒ぶる雄牛(レイジングブル)が昼下がりに野営地へと戻ってきた。


 それに気付いたユウは穴掘りをする手を止めて隊長たちに顔を向ける。天幕から出てきたハドリー隊員に隊長が歩み寄って話しかけたのを目にした。話の内容は聞こえない。


 どうやら良い話だったようで、ハドリー隊員は笑顔で天幕に戻り、しばらくすると再び出てきてキースたち4人と一緒に遺跡へと向かった。アルバート隊長はそのまま野営地に残り、天幕へと入る。


 入れ替わるためにアルバート隊長が戻ってきたのはユウにも理解できた。しかし、なぜ入れ替わったのかはわからない。


 しばらく考えていたユウだったが、やがて穴掘りを再開した。




 夕方、ようやく穴掘りから解放されたユウとトリスタンはくたびれきっていた。休みながらとはいえ、丸1日穴掘りを続けていたからだ。


 そこへ同じく疲れ切った様子のジャクソンが寄ってくる。


「今日は疲れたね」


「まったくだよ。魔物を迎え撃つより大変だったな。でもこれで、今晩はもっと楽に魔物を迎え撃てるはず」


「そのためだってわかってたから、オレも頑張れてたんだよ。そうだ、聞きたいことがあったんだ、ユウ」


「なに?」


「この穴掘り、明日はしなくてもいいんだよね?」


「それはゴドウィン副隊長に聞いた方が確実だよ。まぁでも、今晩の襲撃次第だろうね」


「どういうこと?」


「これで充分魔物の襲撃を防げるなら、もう穴を掘らなくても良いってことだよ」


「ぜひ頑張ってくれ、ユウ。そしてオレたち人足を穴掘りから解放してくれ!」


「それは僕にだけ言われてもな」


 ジャクソンの気持ちは痛いほど良くわかるのでユウは苦笑いした。できればユウ自身も明日からは穴掘りから解放されたいが、自分の命もかかっているので嘘はつけない。


 そうしてのんびりと夕飯を待っていると調査班が戻って来た。しかし、出発したときよりも人数が少ない。昼から遺跡に向かったハドリー隊員と人足2人、それに冒険者パーティ1つが戻って来ていなかった。


 相棒と顔を見合わせたユウはジャクソンに顔を向ける。


「ジャクソン、後で一部の人たちが戻ってきていない理由、聞けたら教えてくれない?」


「わかった。どうしたんだろう」


 仕事に戻ろうとしたジャクソンに対してユウは頼み事をした。今回は冒険者との繋がりがほぼないので話を聞けないのが地味に痛い。


 不安に思いつつもユウはトリスタンと共に様子を見た。

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