再調査の必要あり
野営地を引き払った遺跡調査先遣隊は往路と同じく3日かけてフォテイドの町に帰還した。日が傾きつつある頃に野営地へと戻る。
列を成していた人足や冒険者が一塊になるとゴドウィンが皆の前に出た。一通り集まった者たちを見た副隊長が口を開く。
「みんな、よくやってくれた。おかげで今回の遺跡調査は多大な成果を上げることができた。アルバート隊長以下各隊員は皆の献身に深く感謝している。しかし、あの遺跡ではまだやらねばならないことがいくつも残っている。そこで、再びあの遺跡へと向かうことに決まった。各員には8日間の休息を与えるので、次回の調査のために英気を養ってもらいたい。そのため、これからしばらくは充分に休んで英気を養ってくれ、以上だ」
ゴドウィンの言葉が終わると集会は解散となった。人足は後片付けのために野営地の各所に散ってゆき、冒険者はゴドウィンに案内された天幕へと向かう。ここで日当の報酬を受け取るのだ。そうして順次報酬を受け取った後、誰もが町へと向かう。
日当報酬を受け取ったユウとトリスタンは冒険者ギルドに併設されている部位換金所に足を運んだ。そこで麻袋に入れていた魔物の部位を換金する。さすがに10日分だけあって結構な額になった。
換金作業が終わった2人は笑顔で酒場に向かう。
「やっと終わったなぁ」
「そうだね。ただ、また8日後にあるみたいだけれど」
「で、ユウはどうするんだ? まだ続けるのか?」
「遺跡の調査結果が中途半端なんだよね。魔法陣があったっていうところまではわかったけれど、それが何かまではわからないままだから気になると言えば気になるんだ」
「そう言われたそう思えてくるな。ただ、仮に俺たちだけで魔法陣を探し当てても、この結果までしか得られないと思うが」
「だからこの結果で満足するべきだって? うん、まぁ、そう言われると確かにそうなんだけど、だったらあの先遣隊に参加した意味ってあんまりなくなっちゃうじゃない」
「ただ飯が食えて生活費が浮いた上になかなか稼げたじゃないか」
「でも、せっかく大学の賢い人や魔術使いという専門家もいるんだから、もっと色々なことを知れても良いと思わない?」
「あー、そうだなぁ」
歩きながら話をしている2人は何度か通ったことのある酒場へと入った。空いているカウンター席に座って料理と酒を注文する。
「ということは、ユウは8日後の再調査にまた参加したいわけか」
「そうだね。やっぱりなんか中途半端に思えるから」
「ただ、その間の生活はどうするんだ? 町で待っているだけだと今回の報酬の半分が吹っ飛ぶぞ」
「次の調査を待つとなるとまた魔物の駆除をすることになるかな」
「やりたいっていうなら付き合うけどな、でも次で終わりにしようぜ。さすがにこれを何回も続けるっていうのはちょっとな」
「あーうん、そうだね」
困った表情を浮かべるトリスタンに対してユウは申し訳なさそうに答えた。参加する冒険者同士の仲も悪いので長く居続けたい場所ではないからだ。
給仕女によって料理が運ばれてくると食事を始める。その間も雑談は続いた。内容はどうしても遺跡調査先遣隊に偏る。
「俺たちは続けるとしても、他の連中はどうなんだろうな? 参加している冒険者に限って言えば正直言って居心地悪いだろう、あそこ」
「ジャクソンの話だと、キースはあの先遣隊が解散するまで同行することになっているらしいよ」
「途中で抜けられない契約なのか。まぁ、海を渡ってここまで来ているって話だから、今抜けたら船賃は自腹だろうしなぁ。で、ロレンソたちの方はどうなんだ?」
「そっちはよくわからない。ただ、ちらちらと聞く話だと、割の良い仕事だとは思っているみたいだね」
「あっちは金か。3度の飯付きで日当銅貨15枚となると食い付くか。この町でこれ以上の条件ってなさそうだもんな。先遣隊が嫌われてなければ、応募者が殺到していたんじゃないかな、これ」
「そうだね。それに、ロレンソの方は自分が連れてきた他のパーティもいるから、先遣隊の中だと多数派じゃない。それで居心地に関しては僕らよりましだって感じているんじゃないかな」
「よそ者の雇い主の下で多数派か。そうなると、キースの方は面白くないだろうな」
「だと思う。なるほど、田舎者ってあれだけ言うのはそういう意味もあったんだ」
「言われたこっちはたまったものじゃないけどな」
鼻白んだトリスタンが木製のジョッキを傾けた。不満のはけ口にされる方としてはたまったものではない。
そんなトリスタンは木製のジョッキをカウンターに置くと目を大きく開く。
「そうだ。ユウ、ロレンソに一発かますのはどうなったんだ?」
「次の再調査にも参加するんだったらまだ我慢しないといけないじゃない」
「ああそうか、そうだよな。あいつらもいい加減名前で呼んでくれたらいいのに」
「もう定着してるだろうから変えるのは難しいんだろうね」
「最初に一発がつんとやるべきだったか?」
「結果的にはそうなんだろうけれど、最初は呼ぶときくらいは名前で呼んでくれるだろうって思っていたからなぁ。初っ端から突っかかってくる人がたまにいるけれど、こういうことにならないようにするっていう意味もあるのかな」
「舐められたらお終いってやつだな」
「ああいう考え方は好きじゃないんだけれどな」
「でもさ、ロレンソにやるならキースにもってならないか? あいつだって俺たちのこと名前で呼ばないし」
「これはたぶんだけれども、自分から首を突っ込んでくるんじゃないかな。一番最初の自己紹介のときのことを思い出してよ」
2人は10日ほど前のことを思い出した。雰囲気が悪い中、ユウが挨拶を切り出すとロレンソが馬鹿にしてきて、その横からキースが口を挟んできたのだ。そこからキースとロレンソの口論が始まってすぐにゴドウィンによって止められた。
しばらく黙っていたトリスタンが口を開く。
「確かに、あいつらの前で言い合ったら絶対に口を挟んでくるだろうな。ということは、ユウとしてはそのときまとめてやっちまおうとしているわけか」
「さすがに全員で喧嘩になったら勝てないよ。合わせて16人もいるんだから」
「そうなると、決闘方式か? この場合だとリーダー同士の」
「僕1人でキースとロレンソが相手かぁ。なんか前にもそんなことがあったよね」
「あったな。いやぁ、同じことって案外繰り返すものじゃないか」
「いやまだやるって決まったわけじゃないよ?」
既に仕返しをする打算が既に確定しているように話すトリスタンにユウは釘を打った。腹の立つ連中には違いないがまだ決定的というわけでもない。判断を下すのはそのときになってからでも良いと考えていた。
夕食はその後も続き、話は他へと移ってゆく。久しぶりの町での食事を2人は楽しんだ。
遺跡の調査から帰還した翌日は1日休暇に充てた。心身共にすっかり疲れていたのでひたすら休む。ユウとトリスタンも安宿の大部屋で1日中ごろごろとしていた。
更にその翌日からは鳴き声の山脈で魔物の駆除活動をした。普通は先遣隊への参加したことで数日間は体を休めるべきだが、調査期間中はずっと野営の護衛をしていて肉体的にはきつくなかったからこその行動である。
そして遺跡調査先遣隊の出発前日、休暇に充てたその日に2人は町の北の郊外にある野営地へと向かった。ゴドウィンに顔を見せると野営地の中を歩く。
目当ての人物であるジャクソンはすぐに見つかった。ユウから話しかける。
「ジャクソン、久しぶり」
「ユウにトリスタンじゃないか! 明日からの調査にやっぱり参加するんだよね」
「うん、一緒に行くよ」
「よかったぁ。みんなにも知らせないと」
「そんなに騒ぐようなことかな」
「やっぱり仲のいい冒険者がいるとわかるとみんな嬉しいよ。で、今日は何の用なの?」
「参加するっていうことを伝えるのが目的だったからもう用は果たしたけれど、そうだなぁ、今回の調査について隊長は何か言っていたかな?」
「難しいことはわからないけど、次は魔法陣を中心に調査するって言ってたかな。だから次はダーレン特別隊員が中心になるらしいよ」
「あの魔術使いの人か」
「あんまり近づきたくないんだけどね、あの人怖そうだから」
「普段は無表情だから冷たく見えるっていうのはあるよね」
以前見た特別隊員の顔をユウは思いだした。近寄りがたい雰囲気もあってまだ話はことはない。できればそのまま終わってくれたら良いとも思っていた。実際にどうなるかはわからないが。
少し話をしているとジャクソンが他の人足から呼ばれた。怠けるなと怒られているのを見ながら別れる。
次も何事もなければ良いなと思いながらユウはトリスタンと共に野営地から離れた。
 




