遺跡の調査開始、そして留守番
鳴き声の山脈の北面で遺跡調査先遣隊が野営をして一夜を明かした。遺跡とある程度離れた場所での野営だったが、充分魔物の襲撃をしのげることがわかったので隊長のアルバートたち指導部の面々は喜ぶ。これでようやく本格的に遺跡を調べられるのだ。
そうなると気になるのは誰が調査班に加わるかである。これは指導部の隊員、人足、冒険者でそれぞれ関心があった。
最初に指導部だが、隊員たちのほとんどは積極的だ。何しろこれが目的なのだから当然だろう。しかし、ここの人選は最初から決まっていた。隊長のアルバート、特別隊員のダーレン、そして副隊長のゴドウィンが調査班として遺跡に赴く。アルバートは言うまでもなく、ダーレンも魔法関連の調査には協力が必須であり、ゴドウィンは人足と冒険者をまとめる必要があったからだ。
次いで人足は10人中6人を連れて行く。調査に人手が必要だからだ。
最後に冒険者は荒ぶる雄牛の他に現地組のパーティ2組を連れて行くことになった。12人となかなかの人数だが、これは初めて本格的に遺跡へと乗り込むので危険を警戒してのことだ。魔物が発生するのならば生きている遺跡であることはほぼ間違いない。そんな遺跡はいくら警戒してもしすぎることはないのだ。
ということで、総勢21人の調査班が結成された。各種道具や昼食をまとめて出発準備を整える。
「さぁ、いよいよ遺跡の調査だ。みんな、張り切っていこう!」
隊長のアルバートが高らかに宣言をすると調査班の人々が遺跡に向かって歩き始めた。
それを見送る側は隊員のハドリーと他10人の留守番組だ。冒険者はユウとトリスタン、それにロレンソたち4人である。この人選はほぼ必然だった。古鉄槌は2人と人数が少なく、キースと特に仲の悪いロレンソを連れていくのは調査の障害になると判断されたからだ。この発表を聞いたとき、事情に詳しくないユウたちですらすぐに気付いた。
やがて調査班の姿が見えなくなるとそれぞれの作業に移る。ハドリーは資料の作成や記録の執筆、人足は各種雑用、冒険者は見張り番2人以外は自由行動だ。
最初に見張り番を引き受けたのはユウとトリスタンである。別に積極的な理由があってのことではない。留守番組は基本的にやることがほとんどないから手持ち無沙汰なのである。
1人で遺跡側の野営地の端に立ったユウはのんびりとしたものだ。山の壁面以外は見晴らしが良いので周囲を警戒しやすい。吹き付ける冷風が厳しいが魔物に襲われるよりはましである。
冒険者の中には遺跡内で手柄を上げて特別報酬を手に入れると息巻いている者もいたが、ユウは今回の調査に関しては期待していなかった。指導部の態度と冒険者の使い方から身辺警護とあっても雑用くらいしかさせないと思えたからだ。それならば、遺跡に入って下手に雑用をさせられるよりは野営地で留守番をしている方が良いと考えている。
ぼんやりと立っていると眠たくなってくるが、その眠気も冷え込みで霧散した。周囲の警戒以外することがないので魔物の部位の金額計算をして気を紛らわせる。
そうこうしているうちに背後から足跡が聞こえてきた。振り向くとロレンソが近づいて来ている。
「おい、よそ者、交代だ」
「僕にはユウっていう名前があるんですけれど」
「知らねぇよ。なんでオレがお前の名前なんぞ覚えてやらねぇといけねぇんだ」
毎回よそ者呼ばわりされてその度に注意していたユウだったが、ロレンソは一向に呼び方を直そうとしてくれない。いい加減頭にきていたが町に帰るまでの我慢だと自分に言い聞かせる。
踵を返して野営地の敷地内に戻ってきたユウはトリスタンと再会した。何やら面白くないという表情をしている。
「トリスタン、どうしたの?」
「いや、例の呼び方だよ。熱い月の連中、ことあるごとによそ者呼ばわりしてきてな」
「僕もだよ。こっちの名前を覚える気なんてないってはっきり言われた」
「腹立つよな。今ならキースたちの気持ちがわかるぜ。あっちはあっちでむかつくが」
「でも、仕事中に喧嘩するわけにはいかないしね。せめて終わってからでないと」
「お? ということは、町に帰ったらあいつらをやるのか?」
「正直なところ、かなり迷っているんだ。喧嘩しても意味はないけれど、このまま別れても腹が立つばかりだしね」
「奇襲でもするのか?」
「まさか。それじゃこっちの外聞が悪いじゃない。だから、ちょっと挑発して向こうから喧嘩を仕掛けさせるんだよ」
「悪いなぁ。でも、そんなことができるのか?」
「たぶんできるよ。簡単にね。でも、それはやるならだよ。まだ決めてないから」
相棒と話しているうちに冷静になってきたユウは最後に結論を曖昧にした。ただ、かなり実行しても良い気になっているのは確かだ。
そんな2人に対して人足のジャクソンが近寄ってくる。
「あれ、2人とも見張り番は終わったの?」
「ついさっきね。ジャクソンは仕事していないみたいだけれど構わないの?」
「今は手が空いたから休憩なんだ。だから怠けてるわけじゃないよ!」
胸を張ったジャクソンが自慢げに主張した。しかし、ユウとトリスタンはちょこちょこと要領よく作業をしているのを知っている。黙ってはいたが仕方ないという笑顔を小男の人足に向けていた。
2人はジャクソンと仲が良い。遺跡調査先遣隊が町を出発してから人足は荷物運びに食事の用意など色々と仕事をしているが、たまにそれを手伝っていたからである。それに、失敗をしても怒らないというのは人足の間でも評判になり、慕われるようになったのだ。
今では休憩が合えば良く話をする間柄にまでなっている。ユウたちも冒険者との仲がうまくいっていないので良い息抜きになっていた。
そのジャクソンがユウに話題を振ってくる。
「ユウもトリスタンも今回留守番になったけど、やっぱり遺跡の方に行きたかった?」
「僕はこっちの方が良かったよ。気楽だしね」
「だったらどうしてこの先遣隊に参加したんだ?」
「参加している間は3度のご飯が無料で食べられるし、報酬だってもらえるでしょ。それに、自分でご飯を作らなくても済むし」
「あはは、それは確かに! 全部オレたちがやってるもんね。でも、遺跡に行かないと特別報酬ってのをもらえないんじゃない?」
「そこまではいらないよ。今の報酬で充分だしね」
「ふーん、そんなものか。もらえるならもらっといた方がいいと思うんだけど」
「特別報酬をもらうための条件が厳しいからだよ。それに、実際どのくらいもらえるかわからないし」
「なるほどねぇ。ちゃんと考えてるんだ」
しっかりとした返事を聞いたジャクソンが感心していた。
それからしばらく別の話題へと移る。その中で服の袖がほつれた人足がいるので繕ってやってほしいという願いを聞き入れることもした。これで2人目である。
いくつかの話題を消費した後、ジャクソンはため息をついた。何事かと2人が見ていると口を開く。
「それにしても、ハドリー隊員は張り切ってるなぁ」
「確かアルバート隊長と同じ研究室だっけ?」
「そうだよ。アルバート隊長もそうなんだけど、ことあるごとにオレたちを使うんだ」
「でも、人足なんだから仕方ないだろう」
「違うんだよトリスタン、普通の仕事だったらいくらでもやるけどさ、研究のための道具や資料までオレたちに背負わせて、その手入れなんかもさせるんだよ」
「研究? どんな?」
「知らないよ! でも、この調査には直接関係のないものばっかりなんだよ。あれがなかったら、もっと荷物が軽いか他の必要な物をたくさん運べたのに」
憤懣やるかたないというジャクソンの態度にユウとトリスタンは顔を見合わせた。その研究道具というものを実際に見たことがないので何とも言えない。ジャクソンの言う通り不要かもしれないし、実は必要かもしれないのだ。
どうしてなだめようかとユウが考えていると他の人足がジャクソンを呼ぶのを耳にする。仕事ができたらしい。肩をすくめて踵を返すジャクソンを相棒と共に見送る。
その日、ユウたちは野営地の見張り番を務めながら一日を過ごした。魔物さえ1度も襲ってこない平穏ぶりだ。たまに立っているだけで日当がもらえるのならば悪くないと思える。
また、折を見てジャクソンから頼まれていた服のほつれの件も休憩中に繕った。その人足からはとても感謝される。こういうことを繰り返すことで人足たちの信頼を勝ち取り、今や荷物を安心して預けられるまでになっていた。
一方、ロレンソたちとの関係は相変わらずだ。今ではもう名前で呼んでもらうことは諦めた。代わりに、例の計画が脳裏をよぎるようになる。
このように、ユウとトリスタンの遺跡調査の初日はこんな程度には穏やかだった。
 




