目的地に到着、そして野営
フォテイドの町を出発して3日目の昼下がり、遺跡調査先遣隊は鳴き声の山脈の北面に抜けた。雪が多く残るなだらかな麓が地平線の彼方まで北側に続いている。
ここでユウたち先頭の冒険者集団はゴドウィンから停止の指示を受けた。周囲はよく見る雪の残る山肌と麓の地面ばかりだ。遺跡らしきものは見えない。
次いでゴドウィンが更に指示を出す。
「今から野営地を作る本隊から遺跡の位置を確認する班を分ける! 荒ぶる雄牛と古鉄槌は、アルバート隊長と私に従って今から遺跡に向かう。それ以外はハドリー隊員と共に野営をする場所に赴き、準備をするように」
指名されたユウとトリスタンはゴドウィンの元へと近づいた。同時にキースたちも集まってくる。
全員が集まるとゴドウィンが隣に立つアルバートに体を向けた。それから声をかける。
「全員集合しました。出発できます」
「わかった。それじゃ行こう」
「キース、お前たちは前を進め、ユウたちは後ろだ。出発!」
副隊長が指示を出すと冒険者であるユウたちはその通りに従った。キースたち4人は最初に歩き出し、次いでアルバートとゴドウィンが進み、最後をユウたちが歩く。
遺跡の位置を確認する班は結構歩いた。少なくともユウはそう感じる。野営をするならもっと近くでも良いのではと思い、夜の襲撃のことを思い出した。また、ここまで離れないと危険なのかと疑問に思う一方で、果たして離れていれば安全なのかという不安もある。
全員が黙々と歩いていると、先頭を進んでいたキースの仲間が遺跡発見と叫んだ。それでアルバートがにわかに活気づく。
「あれに間違いない! ゴドウィン、遺跡に行こう!」
「承知しました。これより遺跡に向かう!」
隊長にせっつかれるように求められたゴドウィンは周りの冒険者たちに号令した。そうして再び歩く。
遺跡は傾斜のきつい山の側面からその姿を現していた。土砂が崩れ落ちた後には人工物らしいという以外わからない建造物があり、建物らしきものの斜め上から大きく崩落している。
その崩落した手前で立ち止まったアルバートは中を覗き込んだ。非常に興奮した面持ちでしゃべる。
「やっとここまで来たよ! もどかしかったな。これで明日から本格的に調査できる。ちょっと中に入ってみよう」
「調査は明日からされるのでは?」
「下見だよ、下見。いきなり調査するんじゃなくて、まずはざっくりと見て全体を把握するんだ。その方が調査や分析がはかどるからね」
「キース、先に行け。ユウ、お前たちはここで見張りだ。何かあったらすぐに連絡するように。よし、行くぞ」
隊長の要求に従ってゴドウィンが冒険者たちに指示を下した。キースたち4人が崩落した場所から遺跡の中に入り、アルバートとゴドウィンがそれに続く。
見張りを命じられたユウとトリスタンはその場で立ったままだった。崩落した場所から先は遺跡の中まで入り込んだ土砂が坂道代わりになっている。その先で松明に火を点けたキースの仲間を先頭に6人が遺跡の奥へと進んでいった。
残された2人のうち、ユウがぽつりと漏らす。
「この辺りに僕たち以外の足跡ってどのくらいある?」
「かなりあるな。これ全部魔物の足跡なのか」
「たぶんそうなんだと思う。でも、さすがにこれだけの数の魔物が1度に出てきたわけじゃないと思う。そのはず」
「不安になる言い方だなぁ。でも、これでこの遺跡から魔物が大量に出てきていることは確実になったな。たくさんの魔物が出てくる原因は不明だが」
「それはこれから隊長たちが調べるんでしょ」
6人が入っていった奥を見ながらユウはトリスタンに返事をした。これだけ大量の魔物の足跡を発見した以上、遺跡の中にはまだ数多くの魔物がいる可能性がある。そんなのが今すぐ出てきたとしたらと思うと気が気でない。
しかし、そんなユウの不安とは裏腹に何も起きなかった。風は相変わらず動物の鳴き声のように聞こえるが今はそれだけだ。暇ではあるが見張りとしては良いことである。
空が薄い青から朱へと変わろうとする頃、遺跡の奥へと入っていた6人が戻って来た。隊長であるアルバートは上機嫌でゴドウィンは無表情、キースたち4人は若干うんざりとした顔である。
斜面を登った6人がユウたちの元に集まった。すると、すぐにゴドウィンが宣言する。
「それでは本隊に戻る。隊列は往路と同じだ。出発!」
副隊長の号令と共に8人は元来た経路を戻った。途中、本隊と分かれた所からは多人数の歩いた雪上の足跡をたどって野営地へと向かう。
野営の準備をほぼ終わらせていた本隊に合流すると、ハドリーがアルバートを迎えた。すぐに遺跡の話で盛り上がる。そこへそっとダーレンが近づいて話を聞いていた。
設営されている天幕はいずれも小さいものだ。アルバートとダーレン、ハドリーとゴドウィンの2組が専用の天幕を使い、人足は4人用の天幕2つを10人で使い、冒険者にいたっては4人用の天幕3つを18人で使い回している。一見すると冒険者の待遇がひどいように見えるが、夜の見張り番で常に6人は起きているので全員分用意する必要はないのだ。
人足たちが作った温かい夕食を食べた後は就寝である。ただし、冒険者は交代で見張り番を担当だ。最近は夜が短いので毎晩鐘1回分を担当すれば良い。
古鉄槌は荒ぶる雄牛と夜の見張り番を担当する。2人一組で野営地の三方向に立った。
今夜のユウとトリスタンは2番目の見張り番を担当している。遺跡の方角だ。空は雲が少なく、満月の月明かりが地上を照らしているので割と周囲が見える。
「魔物は来るかな?」
「話に聞いている分には来ると思うが、問題はここまでまとまってやって来るのかだよな」
「来ないと良いんだけどなぁ」
「それはそうだ。ところで、武器は槌矛に戻したんだな。何でまた?」
「もし噂通りたくさんの魔物に襲われたら乱戦になるからだよ。戦いが終わった後の戦果確認のときに僕が倒した奴だってすぐにわかるようにね」
「誰も槌矛を使っていないから証拠になるってわけか。俺も使おうかな」
「そのときは僕も一緒に選んで、もしかして、来た?」
「遺跡の方角から魔物が来たぞ!」
最初にユウが見つけ、次いでトリスタンが全員に知らせた。野営地に声が響くと次々に人が天幕から這い出てくる。それが冒険者だと武器を持ってユウたちの近くに駆けてきた。
魔物の集団は数十匹だ。割と広い範囲に広がって向かってきている。個々が自分の能力で進んでいるのでばらつきが大きいようだ。しかし、どれもが野営地へと向かってきていた。
最初に突っ込んで来たのは四つ足の突進系だ。突撃猪、狂奔鹿、一角牛が次々と突っ込んでくる。
冒険者の中でも最前列に立っていたユウとトリスタンはその魔物たちをことごとく回避した。あの手合いは止まったところを集団で殴るのが効果的である。そのため、後方の4人パーティに任せたのだ。2人が相手をするは次にやって来た二本脚の魔物、小鬼、犬鬼、豚鬼である。数は割といる魔物なのでできるだけ素早く倒さないと溢れて人足たちを襲ってしまいかねない。
こうして次々と魔物を迎え撃ち、討ち取ってゆく。今回は冒険者の数が18人と多いので計算上では1人3匹から4匹倒せば済むだけの話だ。しかし、実際には満遍なく冒険者が襲われるわけではなく、更には隊員や人足を襲うこともある。これをどう防ぐかが問題だが、それについてはゴドウィンの采配で対応していた。更にはダーレンが漏れてきた魔物を魔法で討ち取ってゆく。
守るべき者の中にも戦える者がいるというのは前線で戦う冒険者にとっては心強い。ゴドウィンの指示に応じつつ存分に魔物を倒していく。
ところが、1点だけ気になることがあった。キースたち荒ぶる雄牛の働きが悪いのだ。これは前から気付いていたことであり、ゴドウィンから必要なら手助けするようように指示もされていたのでたまに助けていた。しかし、それでも危なっかしいところがある。ロレンソたち現地組がきちんと戦えているだけにその点が目立っていた。
それでも何とか魔物の集団の襲撃はしのぐことに成功する。戦いが終わった直後、冒険者や人足は放心していたが、指導部の4人は喜んでいたり満足そうだった。後からゴドウィンから聞いたところによると、全員前回の失敗を気にしていて不安だったらしい。その不安を払拭できて安心したのだという。
そんな指導部の心境をよそに、立ち直った冒険者たちは早速魔物の部位の回収を始めた。ここで誰が何を倒した倒していないで多少揉めたが、ユウたち2人はほとんど最前列で戦っていたので争わずに済む。
ともかく、前回の懸念である魔物の夜襲はしのげた。次はいよいよ遺跡の調査である。




