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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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酒場に流れる調査隊の顛末

 4月も近いある日の夕方、ユウとトリスタンは鳴き声の山脈からフォテイドの町へと帰還した。セリド島にやって来て3週間ほどになるが、山脈での魔物の駆除にも慣れてきている。


 初回に山における駆除活動がどのようなものかを把握した2人は、6日間活動して1日休暇という活動の型を確立した。これで収入と支出が大体釣り合う。本来ならばこのような生活は避けるユウたちであったが、今回は遺跡の調査結果を知りたいという希望があったので納得していた。


 1週間ごとの休みで調査隊、実際は先遣隊というらしいその集団について2人は少しずつ調べ、既に遺跡へと出発していることは知っている。後はその帰還を待つばかりだった。


 山脈から戻ってきたユウたちはその足で酒場へと向かう。数少ない楽しみに心を浮き立たせながら店に入り、カウンター席へと座った。酒と料理を注文すれば後は待つばかりだ。


 手袋を取った手に息を吐きかけたユウが手をこすり合わせる。


「最近はましになってきたけれど、まだ寒いね」


「まったくだ。この辺りだとまだ1ヵ月くらいは冬が続くんだろう? たまらないな」


「この寒いの、大陸の北部に行ったら更に続くのかなぁ」


「おい、嫌なことを言うなよ」


 何でもない話をしていると給仕女が料理と酒を持ってきた。そうして夕食を始める。1週間ぶりのまともな食事に2人の頬がほころんだ。


 話す内容は主に鳴き声の山脈でのことである。今は見聞きできることが他にはないのでこれは仕方ない。積雪量が減ったような気がするが相変わらず厄介などと緩んだ顔で話す。


 最初は食事優先なので会話は途切れがちだが、互いに黙っているときは周囲の声が耳に入ってきた。大半は聞き取れないざわつきであるものの、中には興味深い話もある。


「で、あの先遣隊とかいう連中、今どうしてんだよ?」


「宿の部屋で怯えてるらしいぜ」


「はは、ダッセェよなぁ。まぁ、しょせんはお坊ちゃん連中だったってことだ」


 どこの誰かもわからない者たちの話はそこで終わり、また別の話題に移っていった。ほぼ終わりの部分だったのでどんな話なのかまったくわからないが、ひとつ気になる単語が耳に残る。


 まだ話していない話題があったことを思いだしたユウは隣のトリスタンに顔を向けた。口の中の物を飲み込んでから話しかける。


「そういえば、あの調査隊って結局今どうしているんだろうね?」


「あれかぁ。最後に冒険者ギルドで聞いたときは、まだ帰ってきていなかったよな」


 今思い出したという様子のトリスタンが口を動かしながらユウへと顔を向けた。


 2人が知る範囲では4日間の駆除活動をしている間に町を出発し、その後音沙汰なしだ。予想ではもう町に戻ってきているはずなので、そろそろ何かわかるのではと考えていた。


 更に話を続けようとした2人だったが、それはユウの隣に座る人物によって中断させられる。そちらへと顔を向けると酔っ払った人足風の男がだった。顔がすっかり赤い。


「よぉ、にーちゃんらもあの都会から来た連中が気になるかい?」


「都会から来た人たちのことですか? もしかして、今僕たちが言っていた調査隊のこと?」


「そーそー、それだよ! こんな田舎まで来てボロボロになって逃げ帰ってきてやがんだ。おもしれーよなぁ!」


 楽しそうに笑う人足風の男の話を聞いたユウとトリスタンは目を見開いた。


 実のところ、2人は1度鳴き声の山脈の麓でその調査隊を見かけている。初めて山脈に入って活動を終えて帰るときにすれ違ったのだ。そのとき目にした面々は誰もが自信に満ちて前に進んでいたように見えた。その人々が手ひどくやられるところをどちらも想像できない。


 戸惑うユウたちを見て人足風の男が更に話しかけてくる。


「にーちゃんたち、そんなに意外だったか?」


「ええ、実は僕たち、以前鳴き声の山脈の麓でその調査隊とすれ違ったんですよ。そのときに見たあの人たちはみんな自信満々だったっていうか、とてもやられるようには見えなかったんで」


「あーなるほどなぁ。だから反応が悪かったんかい。けどよ、ああいう都会の連中は取り繕うのがうまいってゆーじゃねーか。あんたらはその見せかけに騙されたんだよ!」


「そうですか」


「そーそー! 何しろオレは見たんだからな。何日か前の昼下がりに、互助の街道を歩いて逃げ帰ってきたひどい姿の連中の姿をよ!」


「互助の街道ですか? あれって町の東側ですよね? 僕たちは北側で会ったんですよ」


「さー、そいつぁ知らねぇなぁ。行きと帰りで道が違ったんじゃねーの?」


 人足風の男は機嫌良さげに酔っ払いながら笑った。更には知り合いから聞いた話まで開陳してくれる。


 それによると、調査隊はフォテイドの町から真北に向かい、鳴き声の山脈を縦断して3日で遺跡にたどり着いたらしい。そこで翌朝から調査しようと予定通り野営をしていると、夜中に遺跡から出てきた魔物の集団に襲われたという。一行は多数の魔物に襲われて島の北岸に逃走して逃げ切った。その後、魔物に蹴散らされた調査隊は山脈の反対側から東回りに半周し、最後は互助の街道を1週間歩いて町に帰還したそうだ。


 話を聞いたユウとトリスタンは呆然とした。まさかそんなことになっているとは思わなかったからだ。


 驚いている2人に対して人足風の男は話を締めくくる。


「ま、田舎だってナメてかかったあいつらにゃ、いい薬になっただろうさ。体勢を立て直してまた挑むらしいが、どうなるかねぇ」


 しゃべるだけしゃべった人足風の男は手にしていた木製のジョッキを大きく傾けた。そうして空になったそれをカウンターに置くと席を立ち、ユウたちに頑張れよと声をかけて去ってゆく。


 何ともやかましい男ではあったが、ユウとトリスタンに得るものはあった。問題はどこまで信用できるかだ。


 この話を元に2人は明日冒険者ギルドで聞くことをまとめた。




 翌日、ユウとトリスタンは三の刻の鐘が鳴り終わると冒険者ギルドへと足を運んだ。石造りの小さい建物に入ると冒険者があちこちにいる。その中を通って受付カウンターの前に立った。


 よくしゃべる受付係にユウが声をかける。


「おはようございます。ちょっと気になる噂を聞いたんで相談しに来たんです」


「どんな噂だい?」


「鳴き声の山脈の遺跡を調べていた調査隊がひどい姿で町に帰ってきたという話なんです」


「あーそれね。もうすっかり町で噂になってるよね」


「え、そんなに広まっているんですか?」


「そりゃそうだよ。珍しいよそ者がやって来て派手なことをしたら目立つに決まってるでしょ。ここら辺だと大して遊ぶところもないし、いい話のネタさ」


「それで、その噂の信憑性ってどの程度かわかりますか?」


「どんな話を聞いたかによるよ。あんたは何を聞かされたんだい?」


 問われたユウは昨晩酒場で聞いた話を受付係に伝えた。そうすると、途中からわかったという表情を浮かべて何度もうなずくようになる。


「そういう話ね。ほぼ事実だよ。随分と正確な話を知ってるじゃない」


「僕がすごいんじゃなくて、話をしてくれた人が勝手にしゃべったんですよ」


「大方酔っ払いが機嫌良くしゃべったんだろう? しょうがないよね」


 同じように話をするあなたはどうなんですかとユウは返さなかった。教えてくれる分には黙って聞く。自分のことも他人に話されているかと思うと頭は痛いが。


 そんなユウたちに受付係は更に話を続ける。


「そうだ、あんたたちにはまだ話していなかったよね。実はその調査隊が冒険者をまた募集しているんだ」


「そうなんですか?」


「そうなのさ。依頼の内容は隊員の護衛と魔物の駆除、日程は10日間を予定で、往復の移動日が6日、調査日数が4日とこれは前と同じだね。それと日当は銅貨15枚、魔物駆除後の部位回収許可、更に功績ある者には特別報酬ありってなってるんだけど」


 突然頼んでもいない話を持ちかけられたユウとトリスタンは戸惑った。受付係の態度が軽いため真意を測りかねる。


「どうしてそれを僕たちに勧めるんですか?」


「前にも話したと思うけど、町や冒険者ギルドとしても魔物が増えすぎるのは困るから、遺跡の調査は進めてもらいたいんだ。だから、あんたたちのような新顔に勧めているんだよ」


「地元の冒険者や古株のパーティはどうなんですか?」


「それが反応が悪くてね。都会から来たというだけで地元の連中はいい顔をしないし、一度失敗したから古株も腰が引けてるんだ」


 話しているうちに困り顔になった受付係がため息をついた。


 そんな話をされたユウはそれじゃ自分たちも依頼を受けたいと思わなくなるじゃないかと内心でため息をつく。ただ、依頼を検討する条件が増えるのは良い。


 どうしたものかとユウはトリスタンと共に考えた。

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― 新着の感想 ―
 『帰らずの森』の遺跡のことがあるからなぁ。アレ、レベルのヤバい遺跡ならもう潜らずに船乗って北に行った方がいい。
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