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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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鳴き声の山脈での魔物駆除活動

 酒場で打ち合わせた翌日、ユウとトリスタンは二の刻に目覚めた。既に荷物はまとめてあるので後は自分たちの準備だけだ。


 3月にもなると日の出の時間は以前よりもずっと早い。二の刻を過ぎてしばらくすると空が明るくなる。


 2人が宿を出たのはその後だった。フォテイドの町から真北に向かって歩く。一面真っ白だ。暦の上では春先だが大陸北部に近いセリド島ではまだ冬である。もちろんもう真冬ほど寒くはないものの、春の息吹は未だに感じられない。


 前後に並んで歩く2人の足下には多数の白い足跡が地平線の先まで続いている。フォテイドの町から鳴き声の山脈まで向かう最短距離を冒険者たちが利用するからだ。ユウたちもその常識に従って進む。


 休憩を挟みつつ白い平野を延々と歩く2人は昼下がりに変化したことに気付いた。地面が上向きに傾斜を始めたのだ。いよいよ鳴き声の山脈の範囲に入る。


 今回は全4日間の日程で活動する予定だ。初日と最終日は丸々移動日で、2日目と3日目に魔物を駆除する。最大の目的は鳴き声の山脈での活動に慣れることだ。まずはどんなところなのかを実感する。稼げるかどうかはその後だ。


 空が朱くなる頃になると地平線の彼方から鳴き声の山脈の姿が現れる。歩みを進めると陰影が強くなる山陰が大きくなってくるが、かなり近づくと音が聞こえてきた。それは、最初ただの風の音だったが、そのうち甲高い音に変化する。


「あれ? これは鳥?」


「みたいだな」


 最初に聞こえた動物の鳴き声を追ってユウとトリスタンが空を見た。ところが、近くに飛んでいる鳥はいない。


 次いで聞こえてきたのは熊のような鳴き声だ。しかし、やはり周囲には動物の気配すらない。


 ここに至って2人はこれが鳴き声の山脈と呼ばれる所以であることに気付いた。よくよく聞いてみると息継ぎもなしにずっと同じ音が鳴り続けている。いくら何でも動物ではあり得ない。ようやくどちらもこれが風の音だと納得した。


 日がかなり傾いてきた頃、ユウたちは山脈に入口付近にたどり着く。初日の目的地だ。野営はここですることになっているが、周囲を見渡しても薪として使えそうな木の枝は見つからない。


 荷物を下ろしたトリスタンがため息をつく。


「今晩は野営ではなくて野宿だな。これは寒いぞ」


「焚き火の用意をしなくても良いなら、風が弱い場所をもう少し探さない?」


「そりゃいいな。そうしよう。あっちなんか良さそうじゃないか?」


 自分の提案に乗ってきたトリスタンが指差す方へユウは顔を向けた。山の岩肌に窪みのようなものがいくつかある。寝床の候補としては悪くなかった。


 更に良さそうな場所を探した2人は洞窟みたいにくぼんでいる場所を見つける。ここなら風もほとんど入ってこない。野宿には良い場所だった。


 干し肉による夕食を済ませた2人は交代で夜の見張り番を務めながら眠る。現在は上から下まで毛皮製品で身を固めており、同じく毛皮製の手袋や全身を覆える外套も使っていた。これでようやくなんとか寒さをしのげている状態だ。


 一夜明けると出発の準備を整える。相変わらず朝の底冷えは厳しいが雪が降るほどではない。硬い干し肉を薄いエールでほぐしては少しずつ飲み込んで体の内に活力を溜め込む。


 背嚢(はいのう)を背負ったユウたちは山脈の奥へと足を踏み入れた。山の谷間もやはり雪に覆われている。周囲の高い山々にさえぎられて日陰となっているのでなかなか溶けないことはすぐにわかった。


 そんな谷間を歩き始めた2人だが、すぐにこの雪が非常に厄介な存在であることに気付く。事前に集めた話に、山脈内の足場は凹凸(おうとつ)が割とあって良くないというものがあった。これが見えていれば気を付けようもあるのだが、今はその地面がきれいに雪で覆われている。つまり、地面の様子がまったくわからないのだ。


 一歩ずつゆっくりと前を進むユウが不安そうにつぶやく。


「せめて足跡があれば良かったんだけどなぁ」


「途中で消えてなくなっていたもんな。いつ落とし穴に落ちるかわからない怖さがあるな」


「そうだね。うわっ!?」


「大丈夫か?」


「うん、平気だよ。これ、魔物も動けないんじゃないかなぁ」


 雪の上で手を突いたユウは立ち上がって毛皮に付いたそれらを払った。自分たちが動きにくいのだから魔物もという感情が口をついて出てくるが、あくまで願望だ。


 苦労しながら前に進むユウとトリスタンは白い息を吐きながら周囲に動くものがないか目を向けた。このままでは1匹も魔物を駆除できない。


 ともすれば弱気になりそうなユウだったがそれでも前に進んだ。すると、前方から何かがやって来る。


「あれは、突撃猪(チャージボア)?」


「おお、結構速いな。あ、こけた?」


 白い雪の上を突撃猪(チャージボア)が突進してきたが、途中で窪みに足を取られてしまって体勢を崩した。そのまま悲鳴を上げながら緩やかな坂を転がる。


「トリスタン、今のうちに近づこう。全速を出される前に距離を詰めるんだ」


「よし、わかった!」


 雪原が厄介なのは魔物も同じだと知ったユウは戦斧(バトルアックス)を片手に前に進んだ。トリスタンも同様の武器を手に続く。


 互いに足を取られながら近づいたユウたちと突撃猪(チャージボア)が攻撃範囲に入った。しかし、2対1な上に突進力がほぼない突撃猪(チャージボア)では相手にならない。勝負はすぐに着いた。


 立ちながら倒した魔物に目を向けるトリスタンが独りごちる。


「これは、戦いにくいのか戦いやすいのかわからないな」


「足を取られるのはお互い様になると、突進系はその力を発揮できないんだね」


「これは他の魔物と戦うときも苦労しそうだな」


 一休みしたユウとトリスタンは魔物の部位を切り取った。それを麻袋へと入れると更に魔物を求めて奥へと進む。


 この戦いを皮切りに、2人は頻繁に魔物と出会うようになった。小鬼(ゴブリン)のような2本脚の魔物や黒妖犬(ブラックドッグ)のような4本脚の魔物がよく姿を見せる。どちらも雪原上では通常よりも動くのに苦労していたが、それでも4本脚の魔物の方がまだ動きがましだった。


 戦いの内容に関してはトリスタンの感想の通り何とも言えないものとなる。同じ条件で制限がかかっているのでどちらがましかという戦いになっていたからだが、そうなると若干ユウたちの方が有利だった。知識と経験と技術が活きたわけである。


 そうして1日が終わった。この日は谷の岩陰で一晩を過ごす予定だ。2人は身を寄せ合って寒さをしのぐ。外套で身を包んで縮こまっていた。


 夕方、急速に暗くなる中で2人は干し肉を囓りつつも今日の収支について話す。


「全部で25匹か。ユウ、結構倒したんじゃないか?」


「悪くないと思う。金額を計算すると、大体銅貨20枚くらいかな」


「部位換金所で聞いた話だと1日平均はもう少し上だったよな?」


「確かに。でもこれじゃちょっと困るんだ」


「どういうことだ?」


「今回の4日間の活動にかかった費用は1人銅貨20枚なんだ。だから明日も同じだけ駆除できたら僕たちの活動費は賄える」


「お、いいじゃないか」


「ただし、これだと活動費が賄えるだけなんだ。休みの日に町で過ごす生活費は稼げていない」


「確かに。そうなると休みなしでここに来なきゃいけないよな」


「さすがにそれはつらすぎるけれどね」


「となると、4日間の活動っていうのは本当にぎりぎりの線なんだな。余裕がまったくない。それじゃ、どのくらいここで駆除活動すればいいんだ?」


「町で生活するときにかける費用によるかな。今と同じ生活をするなら毎日銅貨20枚かかるから、駆除活動を2日追加して6日間活動すれば1日休んでも赤字にはならない。後は生活の質を落としていけば休みの日を2日、3日と増やせるよ」


「うっ、真綿で首を絞められるような計算だな」


「僕としては、6日間活動して1日休みで良いと思うよ。これで3月いっぱいやってみない? その頃に都市から来た人たちの調査が終わっていたら、結果を聞いてこの島を離れようと考えているんだけれど」


「終わっていなかったら更に1週間ずつ続けるというわけか」


「そういうこと。これなら赤字じゃないからまだ我慢できるでしょ」


「まぁな。すごい綱渡りをしているように思えるが」


 何とも言えない表情をするトリスタンを見てユウは若干気が引けた。そこまでして遺跡の調査結果を知る理由はないが、何となく気になってしまったので結末を知りたいのだ。


 収支の話が終わると話の内容は別の雑談へと移ってゆく。やがて、日も沈んだことから話は終わった。


 最後にトリスタンが眠る直前につぶやく。


「もし遺跡から魔物が出てくるにしても、これだけの数が毎日湧いて出ているのかねぇ」


 横たわった相棒はそれきり何も言わなくなった。すぐに寝息が聞こえてくる。


 うずくまったユウはその疑問について考えたが何もわからなかった。

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