酒場で交わされる会話
冒険者ギルドで受付係から色々と話を聞いたユウとトリスタンは下船した日から3日間の行動方針を決めた。魔物駆除のための準備期間を兼ねた休息としたのである。こんなことをすると結局準備にのめり込んでしまいかねないが、今回は朝だけ、昼だけと決めて準備に手を付けた。最近は日中時間が非常に長くなり、既に半日程度は日中なので半日だけであっても結構な時間がある。
ユウは朝を休息、昼を準備と定めた。今回はやりたいこととやらないといけないことがどちらもあったからだ。
休息については自伝の執筆である。下手をすると数ヵ月単位で書けないこともあるので書ける間に少しでも書くのだ。何しろあまり進んでいない。むしろ次々と書くことが増えてしまう始末である。最近ではどこかでまとまった時間がほしいと思うようになってきた。概算すると現時点で3ヵ月程度必要だと知って愕然としたが。
準備については色々とある。魔物の駆除のために不足している物を買い足したり、現地の情報や魔物の詳細について聞き回ったり、道具を手入れしたりなどだ。特に今回、船上での戦いで毛皮製の上着が一部切り裂かれたので縫わないといけない。船上の生活ではまとまった時間が取れずに応急処置を施すのみだったので、今の間にしっかりと縫い付けてしまいたいのである。
そうして3日目の六の刻にユウとトリスタンは酒場で合流した。この3日間の成果を持ち寄って共有するためだ。カウンター席に隣り合って座ると料理と酒を注文する。そうして報告会が始まった。
エールを旨そうに飲んだユウが最初に口を開く。
「トリスタンってこの3日間、賭場以外だとどこにいたの?」
「そこは確定なのか。その通りだけれど。主に歓楽街かな」
「娼館もあったね。忘れていたよ」
「なんでそれが出てくるんだよ。いや正しいけれど。ともかく、酒場や食堂なんかを回っていたぞ。冒険者が寄りそうなところに行っていたんだ。お前はどうなんだ?」
「僕は市場だよ。あそこの店を回って色々と話を聞いて回ったんだ」
「なるほどな、ユウらしいな」
黒パンをちぎってスープにひたしたトリスタンはそれを口にした。ゆっくりと噛んで飲み込む。それから木製のジョッキを手に取った。そして、肉を切っているユウに対して横から話しかける。
「それじゃ俺から話すぞ。まず、鳴き声の山脈の足場は凹凸が割とあって良くないらしい。だから、蹴躓く可能性があるから気を付けないといけないそうだ」
「足場が悪いのは厄介だね。装備でどうにかなる問題じゃないし。気を付けるしかないか」
「俺もそう思う。現地に行ったらまず確認だな。次に、魔物の種類は結構多いらしい。あの山脈だけで20種類以上いるんだとか。本来はあの山脈にいないはずの魔物もいるそうだ。それに、たまに新しい種類の魔物が増えることがあるから気を付けないといけないみたいだぞ」
「数が多いのはともかく、種類が増えるの?」
「らしい。しかもある日突然、何の脈絡もなく」
「怖いね。それっていきなり対処できない魔物と鉢合わせる可能性があるってことじゃない」
「そうなんだよな。もう気を付けるっていう次元の話じゃないぜ」
「できることと言えば、危ないと思ったら全力で逃げるくらいかなぁ」
「逃げられたらな。他には、冒険者の数は魔物が増える前と比べて少し増えたと聞いたな。生活できるくらいの成果は上げられるみたいだぞ。だから冒険者も落ち着いてセリド島に滞在できるって」
「儲けられるっていうほどは稼げない?」
「どうだろうな。それは聞いていなかった」
「当面は問題ないよ。今回はここで稼ぐのが目的じゃないし。それに、どうせある程度いたら島を出て行くからね」
「そうなると、今回の俺たちは生活できたらそれでいいって感じなんだな」
前回の仕事で大きく稼いだので2人とも焦る必要はなかった。今はゆっくりと構えて臨むことができる。
かぶりついた鶏肉を飲み込んだユウが木製のジョッキを傾けた。それから口を開く。
「なら次は僕だね。さっき魔物の種類についてトリスタンが話してくれたけれど、それについて僕からもひとつあるんだ。色々と聞いて回ったところ、他の地域にいる魔物と同じみたいだね。例えば、鳴き声の山脈にいる小鬼は他の地域にいる奴と見た目も能力も同じってことだよ」
「それは朗報だな。つまり、俺たちの知識と経験が通用するってことだよな」
「そうだね。鳴き声の山脈に来てから独自の変化をしていなければの話だけれども」
「さすがにそれはどうしようもないだろう。そこまでは考えても仕方のないことだと思うぞ」
「次は、冒険者ギルドで聞いた遺跡なんだけれど、今はあそこに近づくパーティはいないみたい。さすがにパーティが大損害を受けるくらいの魔物が発生するとなると近づけないみたいだね」
「当然だろう。俺だってわざわざ死にになんて行きたくないぞ」
「そうだね。だから、今その遺跡の辺りがどうなっているかは誰も知らないみたい」
「魔物であふれ返っているのかな?」
「どうだろう。ああ他にも、この島全体が銅貨単位でやり取りしているのは知っていると思うけれども、保存食関連が今回は厳しい。というか、高い」
「どのくらいするんだ?」
「薄いエールは1袋銅貨2枚、干し肉と黒パンは1個銅貨1枚だよ」
「干し肉と黒パンが3倍っていうのも結構なものだが、薄いエールがひどいな。東端地方の6倍かよ」
「何でも島の外から買い入れないといけないかららしいよ」
「これでよくここの冒険者たちはやっていけているな」
「それだけ魔物が狩れるんだって」
「なるほどな。魔物が狩れる間はやっていけるわけか」
難しい顔をしながらトリスタンは木製のジョッキに口を付けた。そのまま黙る。
説明していたユウも長くいられる場所ではないというのが話を聞き回った感想だ。生活費は稼げてもそれ以上の利益を上げることは難しいそうだからである。装備の修理や買い替えの費用を工面するのが大変そうなのである。
2人はそのまましゃべらずに食事を続けた。まだ空腹を満たしたわけではないので食は進む。
その間、耳は何とはなしに周囲の喧騒を拾っていた。大半は言葉として聞こえない音の集まりだったが、中には声が大きかったりよく通ったりする場合がある。そういうものはぼんやりしていても聞き取れた。
中でも興味のある会話を聞こうとユウは集中する。
「それにしても、こんな田舎まで来ることになったとはねぇ。調査隊の仕事は大変だぜ」
「ははは! こんな田舎の魔物なんてオレたちの敵じゃねぇさ!」
「なんだよアイツは。ちょっと魔法が使えるからっていい気になりやがって」
大きな声で盛り上がる席にユウがちらりと目を向けると、冒険者らしい者たちがテーブルを囲んでいた。暗い茶髪の垢抜けた顔をした大男がリーダーらしい。心当たりのある調査隊はひとつあるが本当にそうなのかは不明だ。
聞こえてくる声はそれだけではなかった。別の方角からも盛り上がっている様子がユウの耳に入る。
「よそ者がこの島でなにかしようってんなら、地元のオレたちが必要になるのは当然だよなぁ」
「あの山のことならオレたちは何でも知ってる。だからオレたちの意見が通るのは当然だぜ!」
「それにしてもあの副隊長ってヤツぁ、ちょいとやりにくいよなぁ。なんつーか、お堅くてよぉ」
陽気な声が聞こえてきた方へとユウがこっそり目を向けると、そちらにも冒険者らしい男たちがテーブルを囲んでいた。焦げ茶色の髪に彫りの深い顔の男がそのテーブルの中心となっている。副隊長とは誰のことだかわからない。
他にももうひとつ、よく通る声がユウの耳に入った。今度はそちらに集中する。
「今回の隊長、めんどくさいよな。あんなに張り切っちゃって。あいつが偉い先生に認められるかどうかなんて、こっちは知らないってぇの」
「その点、副隊長はよくやってくださってる。聞けばこういう調査隊は何度も率いていらっしゃるんだってな。え、先遣隊? どっちでもいいや」
「あの特別隊員の方、なんかずっと無表情で怖くねぇ? しかもたまに変わったと思ったら怒ってたりするし。ああいう方はイヤだなぁ」
そのよく通る声がする方へとわずかに目を向けると、こちらは人足らしい男たちがテーブルを囲んでいた。よく通る声の持ち主は黄土色の髪の不細工な顔の男だ。それでいて親しみやすそうに思えるのは愛嬌があるからだろう。
このように、たまによく聞こえる声ならばユウでも充分に聞き取れた。だが、さすがに会話を詳細に聞き取るまでには至らない。
再びトリスタンに呼ばれたユウは相棒との会話に戻る。何気なく聞いた他人の会話は目の前の大切な話の前にきれいさっぱり忘れた。




