一発当たれば大きい
他船に襲われそうになった『速き大亀』号だったが、船長であるアラリコの判断により逆に襲撃して成功した。その移乗攻撃にユウとトリスタンも参加したが、ユウはそこで傭兵マーティンと対決する。強敵ではあったが相手の戦い方を読んで辛くも勝利した。
結果的に決闘のようになったこの戦いは双方の船員が見守ることになり、ユウが勝者になったことで士気の差が決定的となる。そのため、その後はほとんど戦いが再開されることもなく、そのまま『速き大亀』号側が相手船を制圧した。
相手側が降伏したことで船長のアラリコは思うように事を進められるようになる。一番最初に手を付けたのは積み荷の移し替えだ。相手船の貨物倉から自船に移すのである。作業者は相手船の船員だ。
それと並行して、戦闘に参加した自船の船員の負傷者を治療し、自船の船員の死者を弔う。相手船の船員は相手側に丸投げだ。
左肩近くを負傷したユウは一旦『速き大亀』号に戻った。戦闘終了後に再会したトリスタンに伴われて船倉へと行く。そうしてすぐに治療してもらった。水で洗い、塗り薬を塗り、包帯を巻き、最後に痛み止めの水薬を飲む。
「はぁ、落ち着いたよ、ありがとう、トリスタン」
「腕を切断しなくて良かったな」
「怖いこと言わないでよ」
「冗談だって。それにしても、お前すごいな。最後無茶苦茶強い奴と戦って勝つなんて」
「よく勝てたと僕も思う。今まで実戦で戦った中で一番強かったな」
「強敵に勝つか。いいなぁ、やっぱりこういう仕事をしていると憧れるぜ」
「実際にやってみると死ぬほどきついけれどね。今度はトリスタンに任せるよ」
「俺でも勝てる奴を回してくれ」
「えー、僕が勝てない相手を振るつもりなのに」
床に座ってくつろぐユウが少し渋い顔をするトリスタンを見て笑った。当面は命を賭ける必要もないのですっかり体の力を抜いている。
やがて心身共に落ち着くと相棒と共に相手船へと再び乗り込んだ。死体が散乱するひどい場所を相手船の船員が積み荷を担いで歩いている。その脇を通ってアラリコとバシリオに近づいた。
少し意外そうな顔をしたユウがバシリオに声をかける。
「バシリオ、どうしてここにいるの?」
「お前らの戦果を確認するためだよ。こういうのは無関係なヤツでねぇとなかなか公平にゃできねぇからな。最終的には船長が判断するが、ワシはその手伝いさ」
「ユウの戦果確認はオレが見てやろう。トリスタンはバシリオに見てもらえ。2人とも、やり方はわかっているんだよな」
「前にやったことがあります」
「よし、それならすぐにやろう。他の連中のはもう大体見たからさっさと終わらせるぞ」
船長から指示されたユウとトリスタンは二手に分かれて自分の戦果確認を始めた。その結果、ユウは12人、トリスタンは10人の敵を倒したことが判明する。戦利品である武具などは可能な限り回収し、船長が適正価格で買い取った。
トリスタンについてはこれで確認作業を終えたが、ユウはまだもうひとつ残っている。死闘を演じた傭兵マーティンの財産だ。武具だけでなく荷物をいくらか持っていたのでこれもユウのものとなった。
自分の戦果の確認が終わったユウは船長に答える。
「僕のはこれで全部です。問題ありません」
「わかった。記録しておいたからな。正確な金額は後日伝えるが、これは結構な額になるぞ。楽しみにしておけ」
「ありがとうございます。そんなに多いんですか?」
「12人も敵を倒したというのがそもそも大したもんだが、その戦利品もまとまったカネになる。あと、あのマーティンという傭兵を倒したのが大きい」
「強かったですけれど」
「決闘が終わった後の周りを見ただろう? 敵も味方もみんなお前とヤツに注目してて、その勝敗が船同士の戦いにも影響したんだ。普通は傭兵が死んだくらいでああはならないが、余程腕の立つヤツだったと認められていたんだろうな。そして、そんなヤツをお前が倒したから相手が戦意喪失した。この功績は大きいぞ」
「え、あの傭兵との戦いの結果で全体が決まっちゃったんですか?」
「元々こっちが優勢に戦いを進めていたのもあっただろうが、とどめの一撃になったのは間違いない。オレも余計な手間が省けて助かったぞ。普通は戦いを止めさせるのはもっと大変だからな」
そう言うと船長のアラリコはにかりと笑った。
自分が高く評価されていることをユウは喜んだ。もらえる報酬も増えるのならば文句はない。頑張った甲斐があるというものだ。
近い将来の懐が温かくなることがわかって上機嫌のユウが何気なく船長に話しかける。
「これで後は何事もなくチュアの町まで行けたら良いんですけど」
「あー、それなんだがな、実はちょいと考えてることがあるんだ」
「何ですか?」
「いやな、行き先をチュアの町からフォテイドの町に変えるんだよ」
「えっと、フォテイドの町ってセリド島の」
「南側にある町だ。セリド海に面しているな。そっちに寄ることにした」
「どうしてまた?」
「今この船から積み込んでる荷があるだろう。あれを売り飛ばすためだ。大陸北部だとちょいと売りづらくてな」
「チュアの町じゃ駄目なんですか?」
「フォテイドの町の方が売りやすいんだよ。あと、大陸北部へ売る気だったやつもまとめて売っちまうつもりなんだ。それに、死んだ連中の代わりを入れなきゃいかん。オレの拠点があの町だってことは前にも話しただろう」
「あれ? それじゃ大陸の北部には行かないんですか?」
質問を聞いたアラリコがばつが悪そうに目を背けた。冒険者ギルドで発行した依頼によると目的地は大陸北部だ。船長目線だと行き先変更は日常茶飯事なのでいつものことなのだが、ユウがどう受け止めるかは別問題である。
「大陸北部に行くより日程が短くなるから稼げないというのは確かにそうだが、フォテイドの町で別の船に乗り換えればいいぞ」
「はい、まぁいいです。依頼が途中で終了になるというのは他でもありましたから」
「そうか。ならいい。まぁとにかく、報酬は期待しておけ。ガッツリ手に入るからな!」
そう言うとアラリコは笑った。作り笑いなのは明らかだが、ユウからの突っ込みはない。
こうして、他船への逆襲撃は終わった。
後日、他船逆襲撃の報酬額が確定したので各船員に公表された。1人ずつ船長室に呼ばれてその金額を伝えられる。それを耳にした船員は誰もが満面の笑みを浮かべていた。
もちろんユウとトリスタンもその金額を伝えられる。ユウは自分の番になると船長室へと入った。机の前に立つと船長と面と向かう。
「よく来た、ユウ。今度はお前の番だな」
「はい。いくらですか?」
「敵船員を12人倒した報酬が銅貨96枚、戦利品の換金額が銅貨141枚、相手船の傭兵の財産の処分額が銀貨30枚、そして、商船襲撃特別報酬が金貨5枚だ」
「はい? 金貨5枚ですか?」
船員室で他の船員が嬉しそうにしゃべっているのを耳にしたユウは首を傾げた。あの特別報酬は全員一律で金貨1枚だったはずである。
「その通りだ。元の金貨1枚に加えて、あの強い傭兵と戦って勝利し、相手船降伏のきっかけを作った功績分だ」
「それが金貨4枚にもなるんですか」
「あのままあの傭兵を放っておけば、何人もの船員が殺されていただろう。それを考えると適正な金額だ」
「ということは、合計で金貨9枚以上!?」
「はっはっは、随分と稼いだじゃないか、ええ?」
楽しげに笑う船長の前でユウは目を剥いた。間違いなく1日の稼ぎでは人生で最高の金額である。そして、額が大きすぎて動揺した。これほどになるとは思っていなかったのだ。
この成果を知って、ユウは海賊行為が減らない理由を理解した。同時に船長が相手船に逆襲して海賊行為をしたことに納得してしまう。船長は船員たち以上に儲けたはずだからだ。略奪の方は成功するとこんなに儲かるなんて初めて知った。
そして、一時に大金を手に入れて狂うという話もユウはよく聞く。これを当たり前だと思ったら恐らく冒険者は続けられない。慣れると恐ろしいのでとりあえず考えないことにする。
「これに日当も加えると金貨10枚以上だ。いきなり大金持ちになったじゃないか」
「どうしてそんなに嬉しそうなんです。人の気も知らないで」
「確かに大金を手にして狂うヤツはいるが、お前は大丈夫そうだからな」
「そうだ、こんなにもらえるなら金貨10枚分を砂金でもらえますか?」
「なに?」
船長が戸惑うのも構わずユウは自分の要求を告げた。その理由を説明するとこんな冒険者は初めて見たと感心しつつも呆れられる。
話し合いの末、ユウの要求は通った。次の港町で支払われることになる。
自分の希望が通ったことを喜んだユウは機嫌良く船長室を後にした。
 




