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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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雇われ者同士の戦い

 気を張り詰めながら戦っていたユウは船の上がだいぶ混戦模様になってきたことに気付いた。そのため、周囲が敵のみという状態からようやく解放されたことになる。


 ただ、相変わらず忙しいことには変わりなかった。相手側だって必死になって『速き大亀』号側を追い出そうと死力を尽くしてくる。それだけに気が休まることはなかった。


 直接手に掛けた敵船員は既に8人だ。先陣を切って、というか切らされて挙げた戦果としては既に充分だろう。船腹から突入して船尾方向へ向かってまた戻って来ているが、敵の圧力は最初ほどではない。これなら勝てるのではとユウは思えてきた。


 そこまで考えてユウはトリスタンのことを思い出す。この船に乗り込んだ直後からどこにいるのかまったく知らない。この敵程度にならば簡単に後れを取るようには思えないが、相棒の姿を戦地で見失うというのは実に不安になる。


 9人目の戦斧(バトルアックス)使いを倒したユウは周囲に目を向けた。敵がやって来ない時間はわずかしかないので急ぐ。そうして見つけたのは相棒ではなく強い敵だった。


 その男は槍使いで相当な域に達する技量の持ち主だ。味方の船員が1人だとまるで相手にならず、2人同時でもましな戦いしかできない。船上で硬革鎧(ハードレザー)を身に付けているとうことは船員でないことは明らかだ。


 立て続けに3人を倒された『速き大亀』号の船員たちは相手の勢いに飲まれつつあった。それまでの勝っていた勢いが急速にしぼんでいく。


 この明らかにまずい状況で現れたのがセリノだった。相手と同じ槍を持って戦いに挑む。相手の槍使いもセリノに応じて戦いが始まった。


 その辺りでユウは近くの敵船員に襲われる。相手の初撃を躱すと自分の戦いに集中した。一旦ダガーを鞘にしまって槌矛(メイス)1本に絞って戦う。今度は棒使いだ。打ち合った感触は柔らかい。厄介そうな敵であることはすぐに気付く。


 10人目の相手は今までユウが船で戦った中でも結構な強敵だった。格好は船員そのものだが何かしら武術をやっていたように思える。そんな相手との戦いは割と長く続いたが最後はあっけなかった。棒使いは甲板に倒れている死体に蹴躓いて体勢を崩してしまったのだ。もちろんユウはその隙を逃さない。槌矛(メイス)で左手を潰してから頭を叩き割った。


 今までで最も疲れた戦いを制したユウは再びセリノへと目を向ける。すると、非常にまずいことになっていた。一言で表すと苦戦している。同じ槍使いのようだが相手の方が上なのは明らかだ。セリノの顔に突入前のような余裕はまったくない。


 移乗攻撃直前までの様子からセリノは戦闘時に『速き大亀』の中心となる人物であることはユウも知っている。ここでセリノが倒れると味方の士気ががた落ちなのは間違いない。


 ここは助けるべきだと判断したユウはセリノの元へと向かった。途中、敵船員の1人が立ちはだかったのでそれを下し、セリノと相手の槍使いへと近づく。


 相手の槍使いの背後へとユウは一気に近づいた。しかし、セリノの相手にはすぐに気付かれて間合いを取られる。やはり一筋縄ではいかないようだ。


 興味深そうな顔の相手の槍使いにユウは話しかけられる。


「真後ろから仕掛けるたぁ面白いことをしてくれるじゃねぇか」


「気に入ってもらえて良かったよ。そのまま頭で受けてくれたらもっと良かったのに」


槌矛(メイス)か。そんなんでオレの槍に勝てると思うのか?」


「槍使いだったらここでもう3人は倒したよ」


「他のなんちゃって使いと一緒にすんなよな」


「そういうのはちゃんと腕を見せてくれてからでないと」


「言ったな」


 挑戦的な笑みを浮かべた相手の槍使いがユウへと踏み込んできた。突きの鋭さは今までの敵船員の比ではない。先程の棒使いと比べても違った。


 想像以上の攻撃にユウの緊張感は一気に増す。速さもそうだが一撃が重い。簡単には受け流せないため、体を動かして避けるようにして受け流す。


 戦闘開始から今まで防戦一方だった。反撃しようにも武器の長さが違いすぎてユウの攻撃は相手に届かない。そういう意味ではセリノと同じだった。


 しかし、逆に相手の攻撃もユウにはまったく届いていない。周囲から見れば遊ばれているとも受け取られかねないが実際は違う。いつの間にか目つきから余裕が消えた相手の槍使いの突きは、ユウにすべて躱されるか受け流されいた。


 戦いながらユウは思う。この感触は懐かしい。かつて冒険者になりたての頃に似ている。どうやっても先輩に一撃すら入れられない。ある程度成長したと思って今日こそはと思って挑んだら、更に厳しく対応されてやっぱりこてんぱんに()されてしまった。あの感じだ。


 何十回と打ち合った末に2人は一旦下がった。さすがにいくらか息が上がっている。白い息を吐きながらお互いに見つめ合っていた。


 相手の槍使いがにやりと笑う。


「ただの槌矛(メイス)使いじゃねぇってことか。やるな」


「昔全然勝てなかった人のことを思い出したよ」


「はは、なるほど。強いヤツとやりあってた手合いか。そりゃザコとは違って当然か。オレはマーティン、傭兵だ」


「傭兵? 船に雇われているんだ」


「陸地で戦争ばっかしてるわけじゃねぇよ。で、てめぇは?」


「僕はユウ、冒険者だよ」


「冒険者だぁ? 魔物狩り専門の連中でこんなに強いヤツなんぞ聞いたことがねぇな」


「僕はこの辺りの冒険者じゃないからね。この辺の人はそんなに弱いの?」


「まぁ大したことのねぇ連中ばっかだったな。少なくともてめぇほどじゃねぇ」


 マーティンの馬鹿にしきった笑顔を見たユウは微妙な表情を浮かべた。実のところまだ会ったことがないので何とも言えないのがもどかしい。


 そんなことをユウが思っているとマーティンに問われる。


「そういや、ユウの前に戦ってたヤツの姿が見えねぇな」


「え? あ」


「おーおー、あんなところでザコの相手をしてらぁ。はっ、まぁあんなもんか」


 構えを解いていないマーティンから目を逸らすわけにはいかないユウは周囲を窺えなかった。しかし、最初から今までずっと1人で戦っていたことを思い出す。別に決闘ではないので1人で戦うことにこだわりはない。2人ならもっと楽に戦えるのにと内心で少し落胆したが、今はそれを嘆いている暇はなかった。


 ユウがじっとマーティンを見据えていると苦笑いされる。


「ちぇっ、意識は逸らさねぇのな。しっかりしてやがる」


「舐めたまねをすると散々ひどい目に遭わされたからね、師匠に」


「いい師匠じゃねぇか。それじゃ再開すっか!」


 獰猛な笑みを浮かべたマーティンが距離を詰めてきたのを見たユウも前に進んだ。そうして再び槌矛(メイス)で槍と打ち合う。再開しても防戦一方は変わらなかった。やはり一撃が速く重い。受け流すにしても体全体を使う必要がある。


 ただ、絶対に勝てないという感じではなかった。少なくともマーティンの攻撃には対応できる。本当にどうにもならない相手の攻撃は対応すらできない。そのことをユウは知っている。


 かなりの間撃ち合い続けた結果、ユウは次第にマーティンの動きを理解しつつあった。正統派の槍使いで、柔軟に槍を扱えるが変幻自在ではない。いわゆる秀才型で修練によって磨き上げたものだと推測できる。


 仕掛けるためにユウは一旦引き下がった。当然マーティンは踏み込んでくる。そして、体重を乗せた穂先を突き付けてきた。予想通り。


 両手で槌矛(メイス)の両端を握ったユウは体を低くして突っ込んだ。その胸元に槍の先が迫ると、わずかに右へと逸れながら槌矛(メイス)でその穂先を左に逸らそうとする。残念ならがその目論見は完全には成功せず、左肩近くを抉られた。


 しかし、ユウは止まらないそのまま体を右にひねりながらも尚踏み込み、右半身を突き付けるようにして突っ込む。槍の穂先が完全に背後へと過ぎ去ると槌矛(メイス)を持っていた左手を放した。そのまま右腕を跳ね上げる。


「あああ!」


「ちっ!」


 槍の間合いの内側に入られたマーティンはすぐに退こうとした。同時に槍で頭を守りつつ、石突きでユウを迎撃しようとする。


 それを見ていたユウは予定通り槌矛(メイス)をマーティンの右手に叩きつけた。鈍い感触がその効果を伝えてくる。そのまま振り抜いて槍を頭上から下げさせると、今度こそ頭へと槌矛(メイス)を叩き込んだ。


 息を荒げながらユウは崩れ落ちたマーティンを見下ろす。実戦においての対人戦では間違いなく強敵だった。よくも勝てたものだと自分でも思う。


 そのまま余韻にひたっていたかったユウだがまだ戦いが終わっていないことを思い出した。顔を上げて周囲を見る。敵も味方も全員がユウへと顔を向けていた。そして、次の瞬間、味方の船員は沸き立ち、敵の船員は意気消沈する。


 ぼんやりとその様子を見ていたユウはこれで戦いが終わったということを何となく悟った。

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