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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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商売としての海賊行為

 普段持っていても邪魔にならないナイフとダガーはともかく、それ以外の武具は船の仕事には不要なのでユウもトリスタンも他の荷物と一緒に船倉で縛り付けていた。陸上での戦いとは違っていきなり襲われることもないので準備をする時間は充分にあるからだ。


 現在のユウは主要武器として槌矛(メイス)戦斧(バトルアックス)を持っているが、対人戦ならば扱い慣れている槌矛(メイス)が一番である。


 戦斧(バトルアックス)を手にしたトリスタンと顔を見合わせてうなずくと再び甲板へと目指した。雰囲気は既に戦う前のものだ。


 船長のいる場所に戻ったユウは近づいて来る他船を見つめるアラリコに声をかける。


「武器を持ってきました。セリノはどこにいるんですか?」


「船首にいる。早くそっちへ行け」


 教えてもらったユウはトリスタンと共に船首へと向かった。すると、多数の船員が集まっている。少し探してセリノを見つけ出した。そのまま後方から声をかける。


「セリノ!」


「2人とも来たね! それじゃこっちに来るんだ! みんな、通してやって!」


 甲板員の声に応じた他の船員たちに押しやられたユウとトリスタンが最前列に立たされた。2人が振り返ると全員がにやにやと笑っている。


「セリノ、これは?」


「『速き大亀』号の習慣でね、初めて船に乗り込んだ者は移乗攻撃のときに先陣を切ることになってるんだ。もちろん、オレたちもやったよ。だから今回は2人の番なんだ」


「そんな習慣、今まで教えてもらったことなんてないんだけれど」


「他の船を襲わないときは本当にやらないから、そのときが来るまで話さなくていいかなって思ってたんだ。特別報酬も出ることだし、ここで一稼ぎしような!」


 獰猛な笑みを浮かべる船員がうなずく中、ユウは顔を引きつらせた。初めて船長と面談したときに特別報酬の話があったが、あれにはこれも含まれていたのかとようやく思い至る。同時に、この手の海賊行為については話を避けられていたことにも気付いた。


 もはや海賊にしか見えない船員から目を離したユウはトリスタンに顔を向ける。


「ウェスニンの町の冒険者ギルドって、この船がこういう船だって知っていたのかなぁ」


「どうなんだろうな。依頼を頼むときに黙ってたらわからない気もするが」


「そういえば、この船首の形って前に見た海賊船に似ているよね。今思い出したよ」


「この出っ張りな。上に乗ってみてわかった。相手の船に乗り移りやすいよう渡し台になっているんだ」


「これ、嵐に遭うと簡単に吹き飛びそうだよね。どうするんだろう?」


 近づいて来る戦いの気配から気を紛らわせようとユウはトリスタンと雑談をした。揺れる船の先、板の上に乗ったまま下を見ると海を突っ切る船の先が目に入る。見なければ良かったとユウは少し後悔した。


 その間にも『速き大亀』号と近づいて来る他船は動き続ける。最初は直線的な動きだった両船だが、ある程度距離が縮まったところで『速き大亀』号が曲がり始めた。それに合わせて相手船も曲がる。


 そこから先は船の動きがより複雑になった。後で船長に聞いたところによると、お互いに相手の船の横っ腹に船首を刺そうと操船しているということである。


 互いの船の距離が縮まるにつれて船の動きは小刻みになっていった。振り落とされないように踏ん張る2人だが、吹き付ける寒風で体が強ばって苦労する。


 相手船の船上が見えるところまで近づいて来た。やはり船首側に人が集まっている。向こうの船員もこちらに顔を向けているのがわかった。


 じっと互いの操船の様子を眺めていた2人の背後からセリノの声が聞こえてくる。


「海賊じゃないな。なんだ同業者か。ちっ、儲けが少ないかもしれないねぇ」


 何を見てセリノが判断したのかユウにもトリスタンにもわからなかった。しかし、慣れた船員が言うのならそうなのだろうと受け入れる。


 どちらが先手を取るのかという操船の争いは決着が付きつつあった。『速き大亀』号が有利になってきたと2人にもわかるようになる。


 相手船は『速き大亀』号の船腹に突っ込むのを諦めたらしく、片舷に船員の一部が弓を持って並ぶのが見えた。そして、船首にいるユウたちめがけて射かけてくる。


 普通なら物陰に隠れてやり過ごすものだが、船首にいるユウたちはそうもいかない。矢が外れてくれることを祈りながらその場で縮こまる。


「うわっ、危ねぇ」


 トリスタンのすぐ脇に矢が突き刺さった。顔を引きつらせる相棒を見たユウは息を飲む。


 しばらくして『速き大亀』号からも矢の応酬が始まった。その数は相手船よりも少ないが、これは船首に移乗攻撃の要員の後方からでないと矢を射かけられないからだ。


 矢の応酬が続く下でユウはじっと相手船を見つめる。操船に勝った『速き大亀』号が相手の船腹に突っ込むことは確定した。相手の船員は矢を射かけてこちらの動きを妨害しようとしている。同時に、相手船の船首にいた移乗攻撃のための切り込み要員が甲板に戻ってきた。


 意外と矢は当たらないものだなとユウが思っていると背後から悲鳴が聞こえてきたので振り返る。船員の1人が肩に矢を受けてうずくまるのが見えた。


 そのとき、セリノが叫ぶ。


「ぶつかるぞぉ!」


 急いでユウが前を見たとき、相手船はもうすぐそこだった。そして、『速き大亀』号はその右舷中央に船首をぶつける。その直後、左右から鉤付きの縄が次々と相手船に投げつけられて船同士が固定された。


 しばらく様子見などとは言っていられなかった。背後からわき上がる喊声に押し出されるようにしてユウとトリスタンは相手船へと飛び移る。


 揺れる船の甲板に両足を付けた2人が見たのは待ち構える何人もの相手だった。誰と戦うかなどとは言っていられない。相手は襲いかかってくる上に後ろからは味方が押し寄せてくる。その場で立ち止まれないのだ。


 槌矛(メイス)を右手に持ったユウは目の前の敵に突っ込んだ。既に槍を持って構えていた相手は穂先を向けて突いてくる。それを槌矛(メイス)で右に受け流しつつ体を左にひねった。すると、左前方から斧を振り下ろしてくる敵船員に襲われる。


「わっ!?」


 とっさにユウは甲板に転がった。そのまま槍と斧を持った敵船員の間に割り込む。立ち上がると周囲は敵だらけだった。その敵も突然現れたユウに目を向けて硬直する。


「あああ!」


 叫んだユウは目の前の敵船員を左拳で殴るとそのまま前に突き進んだ。倒れる相手が押し広げてくれる空間に割り込み、身動きが取れなかったり硬直したままだったりする敵を殴り倒して更に前へと体を出す。これを何度か繰り返した。


 そうしてユウは反対側の舷に出る。相変わらず敵船員だらけというより1人で突出しすぎだ。しかし、まずは戦えるだけの広さを確保しないと相手に押しつぶされてしまう。


 周囲の敵船員はまだ立ち直りきっていないと判断したユウは船尾側に向かって進んだ。


 最初の相手は槍を持った船員だった。ユウが突っ込むと顔を強ばらせながら槍を突いてくる。槌矛(メイス)を左に持ち替えたユウはその穂先を左側に受け流しつつ、体を右にひねって相手の懐に入り込んだ。そうして右肘を相手の顔面に叩き込む。


「がはっ!?」


 相手の左目付近に右肘が命中すると敵船員は仰向けに倒れた。右手でダガーを引き抜くとその首に刺す。まずは1人倒せた。


 両手に武器を持ったままユウは尚も前に進む。次は小ぶりな鉄槌(ハンマー)を持った敵船員だ。突っ込むと振り上げたそれをユウめがけて振り下ろしてきた。動き自体は早くないので右横に躱してその頭に槌矛(メイス)を叩き込んだ。きれいに頭を打ちすえられた相手はそのまま崩れ落ちる。これで2人目だ。


 3人目はユウが自分で選んだ相手ではなかった。尚も進むユウに剣を持った敵船員が立ち向かってくる。迷っている暇はなかった。そのまま大きく踏み込みつつ、突き出された剣を左手の槌矛(メイス)ではじき、右手のダガーで相手の首筋を切り裂く。流れるように相手を倒した。


 だが、ユウに気付いている敵は剣を持った敵船員だけではない。自分たちの側に大きく入り込んでいる異物(ユウ)を排除するべく更に襲いかかってくる。


 次いでユウの前に現れたのは両手に手斧を持った敵船員だ。殺意に満ちた視線を受けながら手斧を叩き込もうとしてくる。それを左手の槌矛(メイス)ではじきもうひとつを後ろに飛んで躱す。すぐさま踏み込み直すと相手の左手首をダガーで抉った。悲鳴を上げて手斧を落とす相手が後退しようとするが、更に踏み込んで頭に槌矛(メイス)を叩き込んだ。こうして4人目も下す。


 順調に戦えているユウではあったが状況は綱渡り状態だった。何しろ周囲はすべて敵である。孤立しているので何かあれば一気に窮地に立たされてしまう。やはり多数と戦うときは味方と一緒の方が絶対に良い。


 どうにか味方のいる場所に戻ろうとユウは奮闘した。

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