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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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中継拠点の島

 途中、海の魔物に襲われるという災難はあったものの、『速き大亀』号の航海はその大半が順調だった。その甲斐あって23日目にスマンド島の島影を地平線上に捉える。


 新鮮な食材は出航後1週間程度で切れ、夕食のスープに入る具材も次第にわびしくなってきたところだったので船員は喜んだ。誰もが上陸を目指して士気が上がる。


 スマンド島には東岸の入り江にポンスの町の港があった。西からはセリド海沿岸、東は東部辺境と東端地方、そして北はセリド島経由で大陸北部の船が補給のために寄る港だ。そのため、街並みの割に船と人が多い。


 そんな中継拠点の港町に『速き大亀』号は入港した。桟橋に寄せると係留の作業が始まる。日没まであまり時間がないので誰もが急いで作業をしていた。


 調理場で働いているユウもこれから忙しくなるところだ。港に着いても全員がすぐに下船できるわけではないので、残っている船員に食事を提供しないといけない。そのため、いつも通りかまどを使ってスープの準備に勤しんでいた。


 ただし、寸胴鍋に入っている食材と水の量はいつもの半分程度である。『速き大亀』号の習慣で船員を下船組と留守組に2組に分けているのだ。よって、食事の量も半分で良いのである。とはいっても、作業工程そのものに変化はないので手間はいつもと同じだが。


 町の中から鐘の音が聞こえてきたのでユウはバシリオと共に食事を配る準備を始めた。その直後から船員が姿を現す。


 夕食を大体配り終えた頃に船長のアラリコがやって来たのをユウが目にした。いつものようになみなみとスープを入れてソーセージを付け足す。その直後、船長の背後に誰も並んでいないことを確認した。そうしてから声をかける。


「船長、ひとつ通貨について質問しても良いですか?」


「構わんぞ」


「僕が今使っているのはボナ銅貨なんですけれども、これってセリド海沿岸やセリド諸島だとどの辺りまで通用するんですか? 東端地方ですと使えたんですけれど」


「ボナ銅貨か。どんな通貨だったか。今その硬貨を持ってるなら見せてくれ」


 要求されたユウは懐から革袋を取り出し、銀貨と銅貨を1枚ずつ取り出してアラリコに手渡した。片手で器用にその2枚の硬貨をいじる船長を見守る。


「ああ、これか。セリド諸島なら使えるぞ。ここポンスの町やチュアの町でもな。ただ、セリド海沿岸の都市だと見たことがないから怪しいぞ」


「ということは、そっちでは使えないと思った方が良いんですね」


「そうだな。まぁ今回はそっちに行かないから関係ないがな。ちなみに、大陸北部では通用しないはずだ。だから今持っている分はセリド諸島で全部使い切っておけ」


「わかりました。ありがとうございます」


 硬貨を返してもらったユウは船長に礼を述べた。手持ちの硬貨があとどのくらいかを思い返す。使い切れるかは港町の物価次第だった。


 考え込んでいたユウにバシリオが声をかける。


「お前、今回町に行ったら派手に遊ぶのか」


「え? どうしてですか?」


「手持ちのカネを使い切るんだろう?」


「いや別に、そんなにたくさん持っているわけじゃないですし」


「どうだかなぁ。お前みたいな真面目なヤツはコツコツとカネを溜め込むもんだろ」


「それ、偏見じゃないですか?」


「さてな。まぁ、お前の相棒もいるんだし、明日から3日間は思いきり羽を伸ばしてきたらいいぞ。出港したらまたいつもの生活に戻るんだからな」


「はい。楽しんで来ます。バシリオも町に行くんですよね」


「当然だろ。このときのために働いてるんだからな、はっはっは!」


 夕食を配り終えて手すきになったバシリオが威勢良く笑った。それから自分の皿にスープを盛る。


 それを見たユウも取り置いていた自分の皿にスープを入れてソーセージも加えた。ぬるくなってきているがまだ食べられる。


 トリスタンがまだ姿を見せないことに首を傾げつつもユウは自分の食事を始めた。




 『速き大亀』号がポンスの町に入港した翌日、ユウとトリスタンは町に降り立った。船長からもらった今回の報酬があるので懐は温かい。


 最初に行ったのは冒険者ギルドだった。3日後にはまた立ち去ってしまうが、この町で冒険者がどんな仕事をしているのかが気になったのだ。


 道行く人に教えてもらい、港の近くにある石造りの小さな建物に入る。中はがらんとしていた。冒険者の姿が見えない。受付カウンターには職員が座って作業をしており、カウンターの向こう側には職員がその1人しかいない。


 今まで寂れている冒険者ギルドを見たこともあるユウだったが、ここまで小規模なのは初めてだった。個人で経営していると言われても驚かないくらいだ。


 絶句しているユウが立ちすくんでいると、トリスタンが受付カウンターの前に立った。そのまま職員に声をかける。


「昨日この港町に立ち寄った冒険者なんだが、この町で取れる仕事にどんなものがあるか教えてくれないか?」


「この町で冒険者が就ける仕事かい? そりゃ船と港関係になるかな」


「船と港?」


「そう。船に乗り込んで船員の手伝いをする仕事と港での人足の仕事だね」


「人足の仕事? 冒険者に回ってくるのか?」


「この島じゃね、港の仕事は常に人手不足なんだ。今は船が船員にカネを払って荷物をはこんでるけど、港側の人足がもっと増えてくれたらそんなことをせずに済むからね。逆に冒険者の仕事はないんだ。この島にはちょっとした丘があるだけで魔物はいないし、他の町に繋がる街道もないし、 冒険者が必要な秘境もないんだよ」


「それはひどいな。だからこのギルドに冒険者がいないのか」


「そういうこと。たまに契約が中途半端に終わったり別の理由でここにやって来たりする冒険者がいるけど、そういう人には人足で日銭を稼ぎつつ、次の船の仕事を待つようにしてもらってるよ」


「もはや冒険者ギルドじゃないな。船員と人足の斡旋所じゃないか」


「そうだね。このギルドのマスターは町の有力者が一応なっているけど名前だけだし、ここの職員だって他の仕事をやってる人が掛け持ちでしてるんだよ」


「冒険者ギルドを維持する意味があるのか、それ?」


「さぁ? それは偉い人に言ってもらわないと。こっちじゃわからないよ」


 トリスタンに問われた職員が肩をすくめた。


 ようやく立ち直ったユウが今度は職員に話しかける。


「それじゃ、船の仕事は今あるの? 護衛兼船員補助の仕事なんだけれど」


「それだったらあるよ。セリド海沿岸の都市行きが3件、東部辺境行きが1件かな」


「チュアの町行きや大陸北部方面の船はないの?」


「昨日まで1件あったけど、取り下げになったね。結局誰も来なかったって嘆いてたよ」


 帳面をめくりながら答えてくれる職員にユウは曖昧に答えた。今は必要ないとはいえ、ユウたちにとっては何とも微妙な品揃えである。いつもそうだが肝心なところがない。


 ともかく、聞きたいことは聞けたのでユウとトリスタンは冒険者ギルドの建物から出た。何とも言えない気分に陥る。


「ユウ、次はどうする?」


「うーん、どうすると言われてもなぁ」


「俺はこれから賭場に行こうと思っているんだが」


「そっか。賭場、賭場ねぇ。たまには良いかな」


「お? 珍しいな。ついて来るか?」


「うん、今日は一緒に行こう」


 何となく気分が乗ったユウはトリスタンと一緒に賭場へと行った。何軒かあるうちのひとつに入って早速遊戯を始める。


 結果、銀貨1枚分負けた。


 すっかり打ちのめされたユウが賭場を出たのは日没後だ。トリスタンに先導されて酒場に入る。そこで多少気を持ち直した様子のユウは料理と酒を注文するとやけ食いを始めた。


 隣に座るトリスタンは余裕の表情でユウを慰める。


「まぁ、こういうときもあるって。次に勝ったらいいだろう」


「ああお肉おいしいなぁ」


「無視かよ。ひどいな」


「勝った人に言われても全然心に響かないよ」


「それはそうかもしれないが、いつまでも引きずっていても良くないぞ」


「でもまさか、最小単位が銅貨だっただなんて!」


「物価が銅貨単位なんだから当然だろう。それに気付いてなかったユウに俺は驚いたぞ」


「教えてくれても良かったじゃない?」


「場に座って賭けが始まった時点でもうどうにもならないだろう。そんなに言うんなら、1回やって止めたら良かったじゃないか」


「次から中途半端に勝っちゃったから」


「うんまぁ、そういうときもあるよなぁ」


 うなだれるユウの隣でトリスタンが木製のジョッキを持ちながら遠い目をした。思い当たる節があるようだ。


 この日の夕食はこんな状態がずっと続く。最後の方はさすがにいくらか持ち直したユウだったが、どこか力が抜けた様子のままではあった。


 その後、ユウは残り2日間の休暇では安宿に引きこもる。その間に自伝を書き続けた。

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