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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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危険な船外作業

 『速き大亀』号が航海を初めて2週間が過ぎた。港が水平線の彼方へと姿を消して以来、全方位は海一色のままである。海に慣れていない者からすると不安になる光景だが、その間海は一度も荒れなかったので船乗りとしては歓迎すべき気候だ。


 穏やかな航海を何日も続けていると船内の仕事は落ち着いてくる。手すきになった船員は、寝たり、雑談したり、海を見つめたりして過ごしていた。ちなみに、博打は禁止である。加熱して殺傷沙汰になったり身ぐるみ剥がされ絶望して自殺したりする船員を出さないようにするためだ。


 そんな中、ユウはバシリオといつのものように働いていた。人間、3度の食事は必要だからである。むしろ毎日夕方にかまどを使った料理をするので他の船員より忙しい。たまにトリスタンが手伝いに来てくれるのが慰めだ。


 ある日の昼下がり、ユウが船倉から木箱や樽を運ぶのをトリスタンが手伝ってくれた。作業が終わると相棒に礼を述べる。


「トリスタン、ありがとう。助かったよ」


「木箱はまだしも、樽を運ぶのは面倒だよな。こう、うまく転がせて運べないのか」


「通路は狭いし、段差もあるし難しいんじゃないかな」


「そう簡単にはいかないか。まぁ役得があるなら、ん?」


 楽しそうに話していたトリスタンが怪訝そうな顔をして調理場の外へと顔を向けた。釣られてユウとバシリオも目を向ける。すると、何やら外が騒がしいことに気付いた。


 様子を見てくると言い残してトリスタンが調理場から去ったのを見送ったユウはバシリオに顔を向ける。


「何の騒ぎでしょうね?」


「海賊が襲ってきたってわけじゃねぇようだな。だったら、ワシんところにも誰かが伝えに来るはずだ。となると、魔物か?」


「僕、護衛兼船員補助で雇われたんで、どっちにしろ行かないといけないんじゃないですか?」


「う~ん、急ぐ必要はねぇと思うぞ。今も言ったが、海賊だったらワシんところにも連絡が来る。そんときに行けば充分間に合う。魔物の場合は、あーどうだろうな?」


 最後に判断を保留されたユウがバシリオを残念な目で見つめた。船長ではないのでそこまで判断する必要はないにしても、何だかんだで頼りにしているのだ。


 考えてもわからないのならばどうしようもない。何が起きているにせよ、余程のことがない限りは夕食を提供する責務がユウとバシリオにはある。なので、トリスタンが戻って来るまでいつもの仕事を続けることになった。これからかまどで煮炊の準備である。


 そのような考え方で日常業務に戻ったユウとバシリオだが、その作業は中断することになった。戻って来たトリスタンが姿を見せて2人に告げる。


「2人とも、船長が甲板まで上がってこいって」


「え、僕たち2人とも? 何があったの?」


飛翔嘴魚フライングビルフィッシュの群れに襲われたらしいぞ」


「なんでぇ、あの突っ込んでくる魚が来たのか。やられたヤツはいるのか?」


「そういう話は聞いていないから、たぶんいないと思う。ただ、後片付けをしたいから2人とも呼んでこいって船長に言われたんだ。甲板に1匹刺さったやつがいるから」


「人騒がせな魚だな。そのまま飛び去って行きゃいいものを」


 嫌そうな表情を浮かべたバシリオにトリスタンは肩をすくめた。連絡係に文句を言われても命令は覆せない。


 調理場の刃物置き場から鉈を取り出したバシリオがユウに声をかける。


「ユウ、お前はトリスタンと船倉に行って空の樽を5つほど持ってこい」


「何をするんですか?」


解体(バラ)して塩漬けにするんだよ。あまり旨くはねぇが食えるからな」


「うわ、魔物を食べるんですか」


「あれだって立派な魚だ。塩漬けにすりゃ多少臭みは取れるし、鍋にぶち込みゃ大抵は何とかなる。何より、海の上じゃ食い物はめったに手に入らねぇんだ。この機会を逃がすわけにゃいかねぇよ。口に入るもんはみんな食い物だ」


 言い切ったバシリオがさっさと調理場から出て行くのをユウは呆然と眺めた。トリスタンに顔を向けると再び肩をすくめる姿を目にする。


 命じられたユウはその通り樽5つを甲板へと運んだ。トリスタンと2人、しかも中はある程度残った塩だけなので肉が入っているときよりは軽い。あまり苦労せずに船倉から持ち出すことができた。


 その間に飛翔嘴魚フライングビルフィッシュの解体作業が進められる。とどめを刺して殺し、角の根元を切断し、それから胴体の解体だ。


 2人がかりで最後の樽を甲板に運び終えたときには魔魚は甲板に横たわり、その片面は真っ赤に切り刻まれていた。周りには興味深そうに眺めている船員が何人かいるがいずれも短時間で立ち去っている。


 次の作業は塩漬けにして樽に入れることだと確信したユウだったが、まだやったことがないことに気付いた。すると、先にバシリオから声をかけられる。


「ユウ、調理場から包丁を持ってきて、こいつを更に4つに分けろ。それでその樽の塩をまぶして中に入れろ。トリスタン、お前も手が空いてるなら」


「バシリオ、ちょっと来てくれないか? ユウとトリスタンも」


 呼び声でバシリオの指示が中断された。声がした方からセリノが近づいて来る。


「なんだよ、今ワシは忙しいんだ」


「あの魚が船体に刺さってるんだよ。船尾の辺りに」


「は?」


 端的に説明された内容を聞いたユウたち3人は言葉を失った。確かに槍のように伸びた上顎を見ると刺さる可能性は充分に考えられるが、だからといって実際に刺さると普通は思わない。だからこそ、誰も反応できなかった。


 最初に立ち直ったのはユウである。


「バシリオ、今まで飛翔嘴魚フライングビルフィッシュが船体に刺さった経験はないんですか?」


「ねぇな。そうか、甲板に刺さるんだ、船体側面にもそりゃ刺さるか」


「とにかく来て。まだ生きてるんだよ」


 解体中の魔魚をそのままにバシリオが立ち上がってセリオに続くと、ユウとトリスタンもその後ろを歩いた。


 現場の船尾近くに着くと船長のアラリコを始め何人かの船員が右舷の外側に顔を突き出している。ユウたちに気付いた船長が振り向いた。そうしてバシリオに声をかける。


「バシリオ、あれを見てくれ」


「ああ、こりゃぁ。飛び損ねたっつーか、早く飛びすぎたのか。しかも動いてやがる」


「航海には直接関係ないと言えばないんだが、放っておくわけにもいかんだろう?」


「あのままだとそのうち死ぬな。あいつはでかい分死臭もきついから、角を叩きって海に戻してやるのが一番だな」


「ジジイもそう思うか。そうなると、誰かを縄で縛ってあの辺りまで行くしかないな」


「ワシはもう歳だから無理だな。若いヤツにやらせてくれ」


 炊事担当者から言い返されたアラリコが周囲に顔を向けた。どの船員も何とも言えない表情を浮かべている。


 船長は最後にユウとトリスタンへと顔を向けた。少し間を空けてから告げる。


「ユウ、トリスタン、お前らのどっちかがあの魚の角を折ってこい」


「バシリオ、飛翔嘴魚フライングビルフィッシュの角を折るときってどんな道具を使うのが一番良いと思う?」


「そりゃ斧か鉈だろう。ワシはさっき鉈でやったが、この場合だと斧の方がいいかもしれん」


「だったら、僕がやります。斧の扱いなら、トリスタンよりうまいですから」


「よし、決まりだ! おい、縄と斧を持ってこい!」


 船長のアラリコが叫ぶとすぐに船員がその場から去って駈け足で縄と斧を持ってきた。次いでユウの胴体を縄でしっかりと縛る。


 斧を受け取ったユウはその刃先を見た。可もなく不可もないといったところだ。普段使いにはこれで充分だろう。


「ユウ、すまん」


「構わないよ。すぐ終わらせてくるから」


 申し訳なさそうな顔をするトリスタンに軽い返事をしたユウは船長にうなずいた。そうして右舷の外に出る。舷にぴんと縄が張ると下に顔を向けた。右側の下方に飛翔嘴魚フライングビルフィッシュが刺さっているのが見える。


 船員たちがゆっくりと縄を下ろしていくのに合わせてユウも少しずつ降りた。やがてほぼ真横までたどり着く。上を見て様子を窺っていたバシリオに手を振ると縄が止まった。


 腰に吊した斧を手に取りながらユウは魔魚を見る。無表情のはずだが不機嫌そうに思えた。これから痛い思いをさせるときっと怒るだろうと想像する。


 一瞬頭に思い浮かんだことを振り払うとユウは魔魚の角の根元に斧を叩き込んだ。次第におとなしくなってきていた魔魚が再び激しく動き出す。しかし、それを無視して何度も斧を振った。角の根元に入った切れ目は次第に大きくなり、ある時点で魔魚の自重によって乾いた音と共に折れちぎれ、魔魚本体が海へと落ちてゆく。


 その姿を最後まで見ていたユウは無表情のはずの魔魚の目に恨めしげな感情がこもっているように思えた。例えそうであっても自業自得だとは思うが。


 しばらく海面を眺めていたユウは顔を上に向けると、バシリオに手を振って引き上げてもらった。

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 魔魚『(_`Д´)_クッソォォォォ!』
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