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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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船での温かい食事

 『速き大亀』号において1日の食事は3回、二の刻、四の刻、六の刻だ。このうち、朝食と昼食は仕事があるので簡単に食べられるものを用意する。あの塩漬け肉やビスケット、それに乾燥果物だ。


 しかし、夕食は違う。六の刻以降も仕事が続く場合もあるが日中ほどではない。多くの者たちは夕食の時点で仕事は終わりになる。そのため、ゆっくりと食事ができるのだ。かまどを使った温かい食事が提供されるのはこのときである。


 夕食の準備は昼食の後片付けが終わってからだ。空の木箱や樽を船倉に運んでは明朝の朝食分と一緒に調理場へと食材を運ぶ。このとき、人手が足りないので他の船員に手伝ってもらうのが常だ。今回はセリノがやって来た。


 一緒に調理場へ酒樽を運んだその甲板員にユウが話しかける。


「ありがとうございます。助かりました」


「いやいや、これぐらいお安いご用さ。自分たちの食べるものだからね」


「ユウ、そいつの前で木箱を空けるんじゃねぇぞ。中身が空っぽになっちまうからな」


「え?」


「じーさん、そりゃないよ。いくら何でもそんなに食べきれるわけがないだろう」


「手伝いに来る度に何かがごっそりと減っちまうのは確かだろうが。それでいて配給分もきっちりと食いやがる。お前の食欲は底なしか?」


「はは、育ち盛りなのさ」


「それ以上どこが育つってんだ。とにかく、そいつに手伝わせてもいいのは荷運びだけだ」


「だったら他の人に頼めば良いじゃないですか」


「自分の仕事を要領よく片付けて他人の仕事を手伝えるヤツってのは案外少ねぇんだ」


「それに、どうせみんな似たり寄ったりで、誰に手伝わせても大して変わらないしね」


「やかましい、荷運びが終わったんならさっさと自分の持ち場に戻れ!」


 不機嫌そうにバシリオが吐き捨てると、セリノは肩をすくめながら調理場から出て行った。もう何度もあるやり取りのようで甲板員は堪えた様子もない。


 尚、別の機会にユウがセリノからこの件について改めて問いかけると、さすがにそこまでつまみ食いはしていないらしい。役得の範囲を超えて摘まむときつい罰が待っているので、その辺りは見極めてやっているとのことだった。そのぎりぎりの良い線を突きすぎるのがバシリオの気に入らない理由だとか。


 食材の運び込みが終わると、次にかまどの用意に移った。大人数の食事を一度に作れる大きな寸胴鍋を上に乗せ、そこへバシリオが食材と調味料を入れている間にユウがかまどの中に薪を組み上げる。それが終わると大量の水を樽から鍋へと移すのだ。


 大きめの鍋を手渡されたユウが椅子に座ったバシリオに言いつけられる。


「それで樽から水を汲んで鍋に入れるんだ」


 水の入った樽と手に持った鍋とかまどの上の寸胴鍋にユウが順に目を向けた。相当繰り返す必要があることにすぐ気付いてため息をつく。


「樽を傾けて直接入れられたら良いんですけどね」


「そうするにゃ樽が大きすぎる。無理にやってみろ、2人がかりでも腰をイワしちまうぞ」


「試したことがあるんですか?」


「そんときゃ樽と鍋の中身を盛大にぶちまけちまったな。あんときゃ派手に怒られたもんだ、はっはっは」


 以前に経験があるらしいことを知ったユウはそのまま黙って樽から鍋へと水を移し始めた。鍋に水が移って水位が上がってゆくと、ちぎった野菜の葉やちぎった黒パンのかけらなどの軽い食材が浮いてゆく。逆に中身の詰まった豆類や野菜の芯は沈んだままだ。


 どうにか鍋に水を入れると今度は薪に火を点ける。この作業自体は簡単だ。手慣れた様子でユウは済ませた。


 次いでユウは木製の底が深い皿と匙、それに大きめの空の木箱を用意する。一部の船員は自前の食器を持っていないので貸し出すのだ。そして、使い終わったら木箱に入れてもらうのである。


「ユウ、自分のその食器を使うんなら自分のはあらかじめ取っとけ」


「この貸し出す食器って余らないんですか?」


「そんなご丁寧に船が用意なんてするわけねぇだろ」


「だったら、食器を手に入れられなかった船員はどうするんです?」


「他のヤツが使い終わったやつを使うんだ。貸し出す食器は早い者勝ちなんだよ」


「うわぁ。あ、それなら僕たちが洗った食器を使ってもらうのはどうなんですか?」


「食器を洗うのは次の日の朝だ。それに、そんなことをしたら二度手間が当たり前になっちまうだろうが。自分の仕事を増やそうとするな」


 どうして船員の多くが自分の食器を用意しているのかユウは理解した。そして、バシリオの言いつけ通り自分の食器をこっそり奥へと取り置きする。


 そうしている間にもかまどの火は寸胴鍋を温めていた。水は次第に湯になってゆき、湯気が上がってゆく。


 火加減を見ていたバシリオが鍋の中を何度か覗き込んだ後に振り向いた。そうして人の半分ほどもある長い棒の先がへらになっている道具をユウへと突き付ける。


「ユウ、こいつで鍋の中をかき回せ」


「これでですか?」


「そうだ。ゆっくりと丁寧にな。特に鍋底が焦げ付かないよう底までしっかりとだぞ」


「これは結構、重いですね」


「当然だ。これをできあがるまで続けるんだぞ」


 予想よりも強い抵抗を受けたユウが全身を使って鍋の中身をゆっくりとかき混ぜた。鍋底もという指示を受けたのでなかなかきつい。


 そんなユウの背後でバシリオがソーセージの入った木箱を空けていた。そして、寸胴鍋の脇に引っかけられるように細工をした複数のざるに入れ、次々と鍋の脇に引っかけていく。


 この後のユウは延々と寸胴鍋の中身をかき混ぜ続けた。休みなく混ぜないといけないので地味につらい。たまにバシリオが加減を見るために代わってくれるときが貴重な息抜きのときだ。気付けばかまどの火と鍋の熱もあって冬なのに汗まみれである。


 そうやってじっくりと煮ていると鍋の中が変化してきた。最初は水と食材だったものが少しずつ混ざり合ってゆく。色も次第に不透明になっていった。それに合わせて匂いも料理らしいものへとなってゆく。


 何度目か交代して鍋をかき混ぜていたバシリオがあるとき小皿を取り出した。そこに鍋の中身を少量だけ移して口にする。ひとつうなずくと再び小皿に中身を移した。そして、ユウへと差し出す。


「味見してみろ」


「はい。あ、スープですね。ちゃんとスープになっています」


「当たり前だ。食い物を作ってるんだからな。よし、火は弱くするか」


 小さく笑ったバシリオに釣られてユウも笑顔になった。ようやく作業が一段落着いたのだ。近くにあった椅子に座って大きく息を吐き出す。


 一休みした後のユウはバシリオの指示に従って細々とした作業をその後も続けた。とは言っても大した作業はなく、後は船員たちに配るだけの状態なので休みながらだ。


 尚、夕食の時間は六の刻の頃と決まっているが、港を出た船は町の鐘を当てにはできない。なので、航海中は船長かあるいは信任された船乗りが砂時計などで大雑把に時間を計る。『速き大亀』では基本的に船長のアラリコが計っているが、炊事担当のバシリオが代行することもあった。


 そのため、何事もなければ食事の時間が大きく狂うことはない。寸胴鍋を2人がかりでかまどから降ろしてほどなくすると、底が深い皿を持ってきた船員が笑顔でやって来る。


「バシリオ、メシを入れてくれ!」


「おう、皿はきれいに洗ってあるんだろうな」


「あたりめーだ。空いた時間に海水できれいにしておいたぜ」


 よく見ると湿っている皿を受け取ったバシリオが寸胴鍋から煮込んだスープをなみなみと入れ、更にスープで茹でたソーセージを加えた。それを返された船員は嬉しそうに受け取って調理場の隅に寄る。


 揺れる船内でこぼれないかとユウは心配したが両者は気にせず、またスープがこぼれることもなかった。慣れたものである。


 それから次々と船員たちがやって来た。誰もが笑顔で皿にスープを入れてもらい、嬉しそうに食べる。冬の今だと特に大きな楽しみになっていることは明らかだ。


 そんな船員に交じってトリスタンもやって来た。ユウに教えてもらって皿と匙を借りて食事をする。スープ入りの皿を返すときに初期の慣例を教えると真顔になった。


 船員たちの食事が終わるとようやくユウとバシリオも食事ができる。


「さて、ワシらもメシにするか。好きなだけ食っていいぞ」


「良いんですか?」


「好きなだけ食えるってのも役得のひとつだ。それでも余ったら食い足りない連中がもらいに来るがな」


 バシリオに釣られて調理場の入口へと目を向けたユウは数人の船員が室内の様子を窺っていることに気付いた。


 慣例を知ったユウは遠慮なく残ったスープをすくい上げて自分の底の深い皿に入れ、ソーセージを加える。


 ようやくありつけた食事をユウはおいしそうに頬張った。

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