今までよりも大きな船
年内最後の日、ユウとトリスタンは四の刻の鐘が鳴ってしばらくしてから『速き大亀』号へと乗り込んだ。通りがかった船員に船長への取り次ぎを頼むと甲板で待つ。
寒い中2人が震えながら立っていると、船室からアラリコが姿を現した。機嫌良さそうに近寄ってくる。
「来たか。もっとゆっくり来ると思ってたが」
「最初に船の案内をしてもらえるんですよね。それを明るい間に済ませて、それから夕飯を食べに酒場に行かせてほしいんです。七の刻までには戻って来ますから」
「そういうところはうちの船員にも見習わせたいもんだな。わかった。それでいいぞ。ついて来い。まずは人を紹介してやる」
言うとすぐに踵を返したアラリコにユウとトリスタンは続いた。船内に入って久しぶりに悪臭を嗅ぎながら船員室へと入る。そこには見たことのある老船員と初見の船員が寝台で寝そべっていた。扉の開く音に反応して船長へと顔を向ける。
「あのジジイの方がバシリオで、若い方がセリノだ。おい、2人ともこっちに来い。前に言った新入りを紹介するぞ。こっちがユウで反対側がトリスタンだ」
「なんじゃい、お前ら、あのときの2人か」
「バシリオは会ったことがあるんだ?」
「船長を呼べと言われてな。そうか、船に乗るんかい。ワシはバシリオ、この船で炊事担当をしとる。後は他の船員の相談に乗るとかかの」
「オレはセリノ、甲板員だ。甲板上のことなら何でも聞いてくれ」
「以後はこの2人から指示を受けるように。大体、甲板や貨物倉での作業だとセリノに、船内はバシリオという分担ができてるからそのつもりでな」
船長から説明を受けたユウとトリスタンはうなずいた。今までの経験から忙しく駆け回ることになることを想像する。
そのとき、ユウはふと思い付いたことがあった。なのでアラリコへと問いかける。
「僕たち以外に船員補助の冒険者はいないんですか?」
「今回はいないな。沿岸船ならそうでもないらしいが、遠洋船に乗る冒険者は実のところあまり多くないんだよ。恐らく、長期間海に出ることに慣れない者が多いんだろう」
「外の海は荒れるからね。これに耐えられないことが多いんだ」
「いままで嵐に遭遇したことはありますけれど、あんな感じですか?」
「あれほどじゃないけれど、まぁそうだね。あれに耐えられるんだ。だったら大丈夫かな」
横から説明してきたセリノに対してユウは生返事をした。外の海のことを知らないので何とも言えない。
話が途切れたところでアラリコが口を開く。
「それでは、後は2人に任せる。先にセリノが案内して、バシリオはその後でいいだろう。2人は何度か船に乗った経験があるそうだから、さらっとでいいはずだ」
「了解しました、船長」
指示を出し終えた船長が船員室から去った。残された4人の内、最初にバシリオが動く。
「セリノ、お前の案内が終わったらこっちに連れてきとくれ。ワシはそれまで寝る」
「わかった。ユウ、トリスタン、ついてきて。外は寒いから本当にさらっとだけ回るよ」
そう言うと、セリノは船員室から出た。ユウとトリスタンも後に続く。
案内役となったセリオが最初に案内したのは船倉だった。中に入ると2人に振り向く。
「まずはその重そうな荷物をここに置いてからにしようか。身は軽い方がいいだろうしね」
「わかりました。荷物をどこかに縛り付けるのは後で良いですか?」
「そうだね。案内が終わってからにしてくれると嬉しいかな」
セリノの話を聞いた2人は背負っていた背嚢を船倉の端に置いた。それから改めて船内を案内してもらう。
最初に向かったのは甲板だ。最も目にする場所のひとつであり、ユウたちの主な作業場所になるはずである。2人が今まで乗った船よりも大きいのでその分広いが、構造そのものはあまり変わらないようで見覚えのあるものばかりだ。
ただ、その中でも初めて見るものはあった。特に目に付いたのは空の樽である。これが左右の舷、大檣、船首や船尾とあちこちにくくり付けられているのだ。
さすがに気になったトリスタンがセリノに質問する。
「船のあちこちに空の樽があるんだが、あれは何のためなんだ?」
「雨水を溜めるためだよ。飲み水はいくらあっても困らないからね。こうやってあちこちに樽を用意して雨が降ったときに溜め込んでおくのさ」
「なるほど、でもこれって、大波を被ったら海水が入ると思うんだが」
「はは、いいところに気が付いたね。その通りだよ。だから嵐のときはもちろん、波の高い雨の日にはあんまり役に立たないんだ。思いっきり海水が入るからね。ただそれでも、どうにもならないときは比較的ましなものを飲むことになるよ。飢えと渇きは大敵だから」
あっさりと返答されたトリスタンはそのまま黙った。嫌そうな顔をしている。
その後も船首、船尾、貨物倉などを3人で簡単に回った。大体知っていたり見たことがあったりするものばかりだ。
それだけに、ユウとトリスタンは船首の先の出っ張りもそんなものかと思う。船の仕事でその辺りでは仕事をしたことがなかったので、自分には関係がないと思ったのも大きかった。
こうして、セリノによる甲板および貨物倉近辺の案内は終わる。再び船員室へと戻ると今度はバシリオに交代だ。
寝台から起きたバシリオが2人に話しかける。
「それじゃ次はワシの番だな。とは言っても、あんまり見に行くところはねぇが」
「手を抜くなよじーさん」
「わかっとるわ。まずはここ、船員室だ。ここでみんな寝起きする。船員もお前たちもだ。船に乗ったことがあるんなら知っとるだろ」
「はい、よく寝ましたよ」
「だったらいい。なら次は船倉だな」
「さっきセリノと一緒に行きましたよ。最初に荷物を置く場所として教えてくれたんです。あとで荷物を縛らないといけないですけれど」
「そうなのか。そりゃ楽でいいな。なら次はと」
考えながら船員室を出たバシリオにユウとトリスタンは続いた。それから狭い通路を進んで2人を案内してゆく。船長室、客室、再び船倉と順番に巡る先は大体どちらも知っている場所ばかりだ。
しかし、ユウはあるべき部屋をまだ見ていないと首をひねった。ある船ではよく作業した場所でもある。
「バシリオ、調理場はどこにあるんですか?」
「今から行くところだ。ついて来い」
疑問には答えなかったバシリオの後を2人は歩いた。今までは船尾にいたが船首方向へとひたすら歩く。そして、ついには本当に船首近くまでやって来た。
案内された調理場を見たユウは目を見開いた。今まで乗ってきた船よりも大きいというのはもちろんだが、それ以上にあるとは思わなかった設備があることに驚愕する。
「バシリオ、これってもしかしてかまど?」
「そうだ。この船くらいの大きさになると積み込めるんだ」
「船内で火を扱っても良いんですか」
「ここだけだぞ。ただし、使える日は限られてる。海が穏やかな日だけだが」
「確かにそうですよね。荒れてる日に使うと火事になるかもしれないですし」
「その通りだ。あと、小さい船に比べて大量に積み込める余裕があるから、新鮮な食材も出港してしばらくは扱える。野菜、黒パン、ソーセージ、豆類だな。これをできるときは鍋で煮込むんだ」
「良いですね、それ。あの塩辛い肉を食べなくても済むんだ」
「はっはっは、みんな考えることは同じだな。けど、1週間もするとその生活に戻っちまうが」
「それでもすごいですよ」
「保存食の方もまたたっぷりと積み込んでるぞ。塩漬け肉、ビスケット、乾燥豆、乾燥果物なんかをな」
「乾燥豆と乾燥果物? あの日持ちするやつですか?」
「そうだ。乾燥豆は煮炊きするのに使う。新鮮な食材がなくなった後は、薪がある限り塩漬け肉やビスケットも放り込んで煮込むぞ。温かいメシは何よりもごちそうだからな」
「水は、ああ、あの甲板の樽」
「積み込んだものもあるが、当然それだけじゃ足りねぇ。雨が降るのは織り込み済みってことだ」
またあの塩辛くて硬いものを延々と食べると覚悟していたユウは喜んだ。短期間でも海の上でまともな食事を食べられるのであればそれに勝る幸せはない。
ちなみに、鍋で作ったスープは木製の食器を使う。船員が持参するのが一般的ではあるものの、一応船側でもいくらかは用意してあった。調理場にある皿を見せてもらうと、ユウが持っている皿よりもずっと底が深い皿だ。
食事用の袋は用意しているユウとトリスタンだったが、さすがにこれは知らなかった。少し迷った末に2人は船の物を借りることにする。袋とは違ってきちんと洗ってあったからだ。これでまた不潔であったのならば雑貨屋に直行するところである。
ともかく、一通り船内を案内してもらえた2人はどうにかやっていけそうな気がした。




