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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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セリド島の船長

 古鉄槌(オールドハンマー)がウェスニンの町にたどり着いてから1週間になろうとしていた。いよいよ今年も終わりに近づきつつある。


 この日、ユウとトリスタンは朝の間に冒険者ギルド城外支所へと足を運んだ。2人揃っての訪問はこれで3回目である。そろそろ何かしらあっても良いのではという期待を抱きつつ受付カウンターの前に立った。


 あまり人のいない室内でユウが受付係に声をかける。


「おはようございます。船の仕事はありますか」


「熱心だねぇ。最近じゃ見かけない冒険者だよ、あんたらは。で、仕事の件だけど、実は昨日1件入ってきたんだ」


「本当ですか!」


「ああ本当だとも。こっちの根負けだね。それで依頼の内容なんだけど、スマンド島経由でセリド島のチュアの町へ向かい、そこから大陸北部へと向かう」


「僕たちにぴったりじゃないですか」


 目を輝かせたユウがトリスタンと顔を見合わせた。待望の仕事が現れてどちらも喜ぶ。これでようやく先に進めるのだ。


 そんな2人に受付係が説明を続ける。


「日当は銅貨8枚とあるね。海の魔物の討伐報酬は戦利品のみ、他には働きに応じた報酬もあるみたいだよ」


「日当が少し安いですね。今まで乗った船だとどれも銅貨10枚だったんですけれども」


「報酬の設定は依頼者がしてるから、こっちに言われても知らないよ。それは向こうと会ったときに直接尋ねてくれ」


「ということは、海の魔物の討伐報酬や働きに応じた報酬についても?」


「その通り。この依頼を引き受けたいのならばね」


 肩をすくめた受付係を見ながらユウは考えた。


 余程無茶な依頼内容でないかぎり、基本的に冒険者ギルドは依頼者が提示する依頼に口出しはしない。もちろん、相談を持ちかけられた場合は応じるが最終決定権はあくまでも依頼者にある。


 そのことをかつて教えてもらったことのあるユウは受付係の言葉を信じた。そうなるともう選択肢はひとつしかない。


「トリスタン、この依頼を引き受けようと思うんだけど、どうかな?」


「まぁ他にないんだったら仕方ないんじゃないかな。報酬面に少し不安はあるが」


「決まりだね。ということで、この依頼を受けます」


「わかった。それなら紹介状を用意しよう」


 手続きを始めた受付係を見たユウはようやく先に進めることに安堵した。この際多少条件が悪くても目をつぶるつもりだ。


 紹介状をもらったユウとトリスタンは建物から出た。そうして港へと向かう。このときを待ち望んでいただけにどちらも足取りは軽い。


 防壁に囲まれた中に入るといくつかの船が桟橋に係留されているのが2人の目に入った。踏み固められた雪で足を滑らさないように気を付けながら石材でできた岸壁を歩く。教えられた特徴のある船を見つけると係留されている桟橋へと足を踏み入れた。


 船に近づくにつれて顔を上げるユウが言葉を漏らす。


「うわぁ、大きいね。今まで乗ってきた船よりも大きいんじゃない?」


「俺もそう思う。でも、見るだけなら他の港でも見たことはあったよな」


「そうだけど、乗るのはこれが初めてじゃない」


 船の横までやって来たユウとトリスタンは船に続く板を渡って甲板に上がった。すると、白髪の皺の多い顔をした小柄な老船員が近づいて来る。


「なんじゃい、お前らは」


「冒険者のユウとトリスタンです。冒険者ギルドで護衛兼船員補助の依頼を見てやってきました。船長はいらっしゃいますか?」


「おう、ちょっと待ってろ。呼んできてやる」


 元気な老船員が踵を返して船室へと入っていったのをユウは見た。誰の姿も見えなくなると甲板を一通り眺める。造りは今まで乗った船と大差ないようだ。これなら仕事にもすぐに慣れるだろうという自信が湧く。


 待っている間、ユウはトリスタンと雑談をしていた。話の内容はこの船についてだ。今まで乗ってきたものとは大きさが違うのでやはり興味が湧く。


 そろそろ体が冷えてきたという頃になって、くせ毛で頬に傷のある顔の男が船室から姿を現した。毛皮の服で身を固めたその男が2人に声をかける。


「依頼を引き受けたいってのはお前らか?」


「はい。冒険者ギルドで話を聞いてやって来ました。これが書いてもらった紹介状です。どうぞ」


「ほう、本物だな。それなら身元は確かか」


「それにしても、この船は大きいですね。今までこれよりずっと小さい船にしか乗ったことがありませんよ」


「沿岸船か。こっちは(おか)から離れて航海する遠洋船だからな。その分だけ大きいんだ。もちろんより多くの荷物を運べるぞ」


「積み荷運びが大変そうですね」


 甲板にある倉口カーゴハッチを見ながらユウはつぶやいた。荷運びの人足の苦労を忍ぶ。あまりやりたいとは思わなかった。


 そんなユウを見ながら船長がにやりと笑う。


倉口カーゴハッチを知ってるのか。なら、お前には基本的な船の知識はあるんだな」


「船員補助としてのですよ。さすがに専門知識はありません」


「冒険者にそこまでは求めてない。ふむ、まぁいい。それならこちらから質問するぞ」


 そうして船員補助の仕事についてユウとトリスタンは船長からいくつも問いかけられた。いずれもやったことのある作業についてばかりだったので言いよどむこともない。


 やがて質問が終わると船長は2人に疑問点を促す。


「オレの方はこんなもんだな。お前たちからは何かあるか?」


「あります。最初に質問なんですが、今まで僕らが他の船に乗ったときだと日当は銅貨10枚だったんですけれど、依頼票には8枚とありました。同じ仕事なので報酬が違うのはどうしてですか?」


「オレの船は長期の航海が中心だからだよ。例えば、ここから北の大陸に行くとなると3ヵ月くらいになる。そうなるとこっちの金銭的な負担も馬鹿にならないからな。だから、日当は安めに設定してあるんだ。けど、それでも結構まとまった額になるぞ」


「銅貨8枚でも3ヵ月だと、金貨3枚以上になるんだ」


「そうだ。遠洋船ならこれが普通だぞ」


 堂々と返答されたユウはそういうものかと黙った。


 次いでトリスタンが口を開く。


「海の魔物の討伐報酬は戦利品のみと聞いたんですが、1匹倒したらいくらってのはないんですか?」


「お前は他の船に乗ってたときに海の魔物に襲われたことはあるか?」


「あります」


「なら思い出してみろ。どれも簡単に倒せるような代物じゃなかっただろ。そんなのに1匹倒していくらなんてやって意味があると思うか? むしろ下手に命をかけられて無駄に死なれてもこっちが困る。だから、海の魔物の討伐報酬は戦利品のみなんだ」


「言われてみれば確かに」


 説明を聞いたトリスタンがうなずいた。無茶なことをして死にたいとはさすがに思わない。


 相棒の話を聞いていたユウが再び船長に問いかける。


「他にも働きに応じた報酬というのがあるらしいですけれど、これはなんですか?」


「例えば、荷物を積んだり降ろしたりする人足仕事なんかだな。大陸ならまだしも、島だと人足が不足していることが多いんだ。だから船員に仕事をさせるために支払うんだよ。他には、別の()に襲われたときの報酬だな。基本的には一般的な習慣に準じるが、功績が大きい場合は働きに見合った報酬があることを約束する」


 船長の話を聞いたユウは日当が少し低い理由はこれかなと見当を付けた。島で荷物を積み込んだり降ろしたりするときの報酬を確保するためかもしれないと予想する。


 あとは海賊船(・・・)に襲われたときの取り決めだが、これも一般的だと判断した。実はここに大きな見落としがあるのだが、このときのユウとトリスタンは気付いていない。


 ともかく、ユウは今まで乗った船と条件はそんなに大きく違わないと考えた。トリスタンも特に反応していないので大丈夫だと判断する。


「とまぁこんなもんだが、どうだ?」


「僕たちは構いません。大陸の北部まで行きたいです」


「俺も同じです」


「よし、それなら決まりだ! えーっと、あ? そういや、まだ名前を聞いてなかったな」


「あれ? あ、船員の人には名乗ったんですけどね」


「バシリオの野郎、冒険者2人としか言わなかったからな。ああ、オレも名乗ってねぇ。オレはアラリコ、この『速き大亀』号の船長だ。セリド島のフォテイドの町を拠点にしてる」


「僕は古鉄槌(オールドハンマー)のユウです」


「俺はパーティメンバーのトリスタンです」


「ユウにトリスタンだな。覚えた。年明けの初日に出発する予定だから、年内にこの船に乗り込んでくれ」


「わかりました」


「残り少ない(おか)の生活で必要な準備は済ませておくんだぞ。出港してから忘れ物があっても絶対取り合わないからな」


「ははは」


 船長のアラリコがおどけてみせるとユウとトリスタンは笑った。準備は既にほぼ終わっているのだ。なので、残りの日々はゆっくりとすればよい。


 ようやく船の仕事が見つかった2人は上機嫌で一旦下船した。

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― 新着の感想 ―
 数度しか乗ってないのに、『海の脅威』をフルコンプしてるユウたちに後で驚きそう(笑)
おっ!どんな見落としかわくわくしますねえ!
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