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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第21章 鳴き声の山脈にある遺跡

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北の海を渡るための準備

 酒場で置いてけぼりを喰らった老水夫と盛り上がった翌日、ユウとトリスタンは次の仕事に向けての準備を始めた。まだ船舶関係の仕事は見つかっていないが、それでもわかったことから用意していこうというわけである。


 三の刻の鐘が鳴る頃、2人は安宿の大部屋で寝台に座って向かい合っていた。まだ夜明け前なので辺りは暗い。


 口の中の黒パンを嚥下したユウが目の前の相棒に向かって質問を投げかける。


「毛皮製の上下の服なら古着屋だよね。トリスタンはお店がどこにあるか知っている?」


「いや、賭場と娼館なら案内できるが」


「全然違うじゃない。だったら、探さないといけないね」


「この町の市場は小さいし、すぐに見つかるぜ。同じ種類の店はそう何軒もないからな」


 ウェスニンの町は重要な拠点ではあるがそこまで栄えているわけではない。なので、町中も城外もこぢんまりとしたものだった。


 日の出後、ユウとトリスタンは宿を出ると市場に向かう。すっかり雪化粧された街並みの中、冷え固まった泥を踏みしめながら店を見て回った。


 目的の古着屋はすぐに見つかる。店内に入ると衣類、外套、靴、ベルトなど様々な物が棚の上に山積みされていた。


 革や毛皮の独特な臭いが満ちる店内で2人は毛皮製の服を見て回る。前にカウンの町で古着について調べたことがあるのであまり困ることはない。


 店主に見つめられながら、ユウは毛皮製の上着を、トリスタンは毛皮製のズボンを手にして見つめた。貧民街にある市場の店なので品質はお察しだが、どうせならその中でもましなのを選びたいと真剣だ。


 いくつか手にした後、ユウはひとつの毛皮製上着を持って店主に声をかける。


「この上着っていくらですか?」


「銅貨100枚だね」


 他の地方の町だと普通の上着と同じくらいの値段だ。ここでは蛮族の森から皮が手に入るので他の地域よりも割安になっていることが窺える。ちなみに、通常の衣服はこの古着屋だと倍の値段だ。船で持ち込まれた服が多いからと店主は肩をすくめた。


 毛皮製ズボンも同じく銅貨100枚だと聞いたユウとトリスタンは顔に微妙な表情を浮かべる。こんなものだというのは頭では理解しているが、やはり合計で金貨1枚という出費に感情が拒絶反応を示してしまうのだ。


 それでも買うしかない2人は対価を支払って毛皮製の上下の服を購入した。


 服を手に古着屋から出たユウは難しい顔をする。


「早く船の仕事を見つけないとね」


「まったくだ。今はまだ宝石に手を付けたくはないからな。ところで、ユウはこの後どうするんだ? 俺は賭場に行こうと思っているんだが、お前はまた書き物でもするのか?」


「今日は書き物はしないよ。今決めた。服を洗濯して武具を磨くことにする」


「前にもやっていなかったか?」


「今回は今着ている上下の服を洗いたいんだ。この冬はずっとこの毛皮製品を着ることになるだろうから、洗ったら背嚢(はいのう)にしまいっぱなしになるだろうし」


「だったら俺も服を洗おうかな。でも、この辺りに川はないぞ?」


「宿に戻って水をもらえば良いじゃない。灰汁(あく)入りのだときれいになるし」


「川だと踏みつけるだけだしな。それはいいかもしれん」


 普段は洗濯に積極的にならないトリスタンが乗り気になったのを見たユウは熱心に誘った。すると、珍しく誘いに乗る。


 安宿に戻った2人は早速店主に服を洗う水を求めた。灰汁(あく)入りだと聞いて少し驚いた様子だったが用意してくれる。


 対価を支払って灰汁(あく)入り水の入ったたらいと水の入った桶を受け取った2人は大部屋の寝台で毛皮製の服に着替えた後、裏手の庭で直前まで着ていた上下の服を洗い始めた。雪が積もるほど冷える気候なので猛烈に寒い。


 すぐにトリスタンが根を上げる。


「冷たっ! さっぶ! 無理だろこれ! やっぱりやめようぜ!」


「まだ始めたばっかりじゃない! それに服はもう水につけちゃったから遅いよ。どうせ乾かすんだからきれいにしないと」


「ちくしょう、やるんじゃなかった!」


 嘆く相棒を励ましながらユウは服を洗濯した。手は水の冷たさで真っ赤になり、しばらくすると感覚が怪しくなってくる。たまに温かい息を両手に吐きかけながら洗い続けた。最後に服を桶に突っ込んで灰汁(あく)を洗い流す。そして水を搾り取って終わりだ。


 せっかくなので使った外套もまとめて洗濯が終わる頃には2人とも疲れ切っていた。


 きれいになった服を見て満足げなユウは湿ったそれを持って立ち上がる。


「トリスタン、大部屋に戻ろうか。次は体をきれいにしよう」


「お前は正気か? こんな冷たい思いをしたっていうのに、水で体を洗うのか」


「水じゃなくてお湯だよ。そうしたら冷えた体もましになるし、きれいになるじゃない」


「湯か。まぁ、それならいいかもしれん」


 さすがにこの寒さで冷水は危険だとはユウも理解していた。前回川で洗濯をしたときに学習済みである。


 今度はお湯を求めると店主はやや間を空けて用意してくれた。湯気立つ桶を受け取ると大部屋で体を布で拭い始める。湯に浸けて絞った布は温かいので2人の顔が緩んだ。どちらもしばらく声にならない声を漏らしながら体を拭き続けた。


 上半身を拭き終わったところでユウが口を開く。


「はぁ、生き返るねぇ」


「いやまったく。なぁ、もしかして洗濯の後にこれをするつもりだったのか?」


「そうだよ。これなら冷え切った体も温まるから良いでしょ」


「だったら最初っから言ってくれたらいいのに。俺、あれで終わりかと思ってたんだぞ」


「悪かった。ともかく、これで服は洗えたから、後は乾いたら麻袋に入れてしまおう」


「上下の服、外套、ブーツか。ベルト以外今まで使っていたやつ全部だな」


「まさか毛皮製品で本当に統一するなんて思わなかったよ」


「俺もだ。ところで、体を拭き終わったらこれで終わりなんだよな」


「僕はこの後、武具も手入れしておくつもりだよ。特に鎧は船の上だと使わないから」


「しまったそうだったな」


「でも、別に後回しにしたいんならそれでもいいんじゃない? まだ仕事も見つかっていないんだし。僕はまとめてやってしまうだけだよ」


「そうか。どうしようかな」


 話をしながらユウは周囲に目を向けた。幸い今は誰もいない。それがわかると立ち上がってズボンを下ろした。お湯を絞った布で下半身を拭く。自分たちだけだからこその暴挙だ。しかし、いつ何時他人がやってくるかわからないので手早く済ませる必要がある。


 最後の最後で掃除をしに入ってきた店主に驚かれた2人のその後の行動は違った。ユウは武具を磨き、トリスタンは荷物を置いたまま賭場へと向かう。


 宿に1人残ったユウは微妙な表情を浮かべる店主から灰汁(あく)入り水の入った桶をもらうと武具の手入れを始めた。まずは最も手間のかかる硬革鎧(ハードレザー)からだ。この手入れも既に何度もやっていることなので慣れたものである。それが終わると次は各種武器類だ。ナイフ、ダガー、戦斧(バトルアックス)、そして槌矛(メイス)。ひとつずつ丁寧に見て、手入れし、そして磨く。


 途中、昼食を挟んで昼過ぎにユウは作業を終えた。最近にしては珍しく日中はほとんど作業をしていたので疲れる。なので、トリスタンが戻って来るまで寝台で横になった。




 日没後数時間が過ぎた。とは言っても時刻はまだ六の刻にもなっていない。そんな時間にユウとトリスタンは酒場にいた。夕食のためだ。


 カウンター席に座った2人は注文した料理と酒を食べながらしゃべる。


「トリスタン、あの後冒険者ギルドに行ったんだ」


「建物が見えたからたまたま中に入っただけだけどな。で、船の仕事について聞いたんだが、相変わらずだった」


「早く来ないかなぁ」


「洗濯なんかの身支度はもう終わったもんな。まだ乾いていないが」


「毎日外に出していたらそのうち乾くよ。それより、次の行き先が気になるな」


「あの爺さんの話だと、大陸の北側に行くならセリド島経由の方がいいよな」


「大陸側だと冒険者の仕事は少なそうだしね。それに対して、セリド島にはちょっと興味あるな。鳴き声の山脈にたくさんの魔物が出るって話」


「与太話の可能性もあるが、冒険者向きではあるよな」


 昨晩老水夫から聞いた話を2人は思い返した。


 大きい方の島であるセリド島の西側には、いくつもの吹き抜ける風の音が動物の鳴き声に似ているという山脈がある。これが鳴き声の山脈と呼ばれているのだが、数年前から定期的に駆除しないと周辺の町を襲うほど魔物が増えているそうなのだ。原因は不明である。


 この話で2人は少し盛り上がった。どうせなら稼げる方に行きたいと思うのは当然だろう。ただ、ここはあくまでも通過点なので縁があればという程度の興味だが。


 なので、話題はすぐに別のものへと変わる。その後もあちこちの話題に飛びつきながら2人は食事を進めた。

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