防具を着た蛮族
バーディの村から西へと続く東端の街道は途中まで分断の川が並走している。やがては蛮族の森側へと逸れてその奥へと姿を消すのだが、川の水は凍らずに蕩々と流れていた。
レナードヴィチの隊商は毎日その様子を眺めながら雪の世界を進んでいる。その雪は降ったり止んだりを繰り返しており、大地にはわずかずつ積もってきていた。日照時間が短いので溶けないのだ。
その日照時間の短さは隊商の進む距離にも大いに影響している。1日に鐘2回分も移動できないとなると歩みが遅れるのは当然だ。だからといって下手に日の出前や日の入り後に動くと迷いかねないのでもどかしい。
こんな状態の隊商では1日の楽しみは2度ある暖かい食事だ。朝晩に鍋で作られるスープは何よりも心を落ち着かせてくれる。
もちろんユウとトリスタンもその食事を楽しみにしていた。一口食べる度に体の内の温かさが強くなっていく。
しかし、その食事時もひとつだけ眉をひそめることがあった。サッヴァが毎回のように話しかけてくるのだ。その内容は決まって自分が優秀な冒険者だという自慢である。
「オレはパーティの前衛を任されてるんだ。他の先輩を差し置いてな。どれだけ期待されてるかわかるだろう」
しかも、パーティリーダーの目の届かないところでだ。気分の悪い話ではあるが、隊商と専属契約しているパーティと揉めるのは良くない。仕事はこの1回限りなので2人とも我慢していた。
そんな状態で続く旅は3日目を迎える。この辺りは街道に対して川と森が最も接する場所だ。当然、警戒にも自然と力が入る。
夕食を済ませたユウとトリスタンは荷馬車に上がって早々に荷台に横たわった。今晩は真夜中に見張り番が回ってくるので早めに寝るのだ。夏場ならどうしても寝不足になるが、今の時期だと充分に眠れる。
2人が次に目が覚めたのは自分たちの見張り番が回ってきたときだった。前任者に起こされて起き上がると荷台から下りる。じわりとした冷気が足下に忍び寄ってきた。
一緒に荷台から下りたトリスタンからユウは声をかけられる。
「さっぶい。俺は先頭だったな。それじゃまた後で」
「立ったまま寝ちゃ駄目だよ」
「さすがにそんな器用なことはしないよ」
強ばった顔に笑みを浮かべたトリスタンが背を向けるのをユウは見た。それから自分も隊商の後方に向かう。すぐそばの篝火だ。冷えた体を温めるためにすぐ側に立った。
雪が降るようになってからというもの、夜の視界は期待できない。雲が月明かりを遮ってしまうからだ。そのため、夜の見張り番をするときは視覚以外の感覚がより重要になる。
篝火の隣に立つユウも耳を澄ませて異変がないか警戒していた。緩やかな風の音と静かな川の音が耳を打つ。
隣で揺らぐ炎をちらりと見たユウは初日の夕方の話を思い出した。曇り空のときは視界がまったく利かないので篝火を止めてはどうかと提案したのだ。これでは大して周囲を見渡せないのに、蛮族からは自分たちの居場所がわかってしまうからだと主張したのである。しかし、その意見は却下された。視界はないよりもあった方がましであり、雪の降る寒い日には炎が必要だと反論されたのである。
こうして炎の側にいると暖かいのでそのありがたみはユウにも理解できた。しかし、どうにも蛮族の目印になっているようで気になるのだ。前の隊商でもこの意見は却下されたので、もしかしたら自分の考え方は間違っているのではと自信が揺らいでいる。
ただ、それにつけてもサッヴァの言動にはユウも腹が立った。ユウの意見に反対するだけでなく、却下されたことを喜んだのである。
「はっ、しょせんよそ者の浅知恵でしかないんだよ。ここにはここのやり方があるんだ」
言い返してやろうかとも思ったユウだったが既に結論が出た後だったので何も言わなかった。意見はできるだけ出す方が良いと考えるだけにサッヴァの言い方は思い返しても不快だ。
寒さ以外の理由で顔を強ばらしたユウだったが、ふと異変に気付いた。風と川の音以外に何か混じっているように思える。
危険を強く感じたユウは横に移動して篝火から離れた。右手に槌矛を持って隊商の後方を警戒する。すると、右脇を何かが横切ったことに気付いた。荷馬車の方へと顔を向けると、明かりの届く範囲ぎりぎりの地面に矢が刺さっている。
「後ろから蛮族が来たぞ!」
ユウは振り向かないまま叫んだ。同時に思う。今の矢はじっとしていれば間違いなく体のどこかに当たっていた。こちらからは暗闇で相手は見えないが、明かりの下にいるユウは相手から丸見えなのだ。相手の弓使いはさぞ狙いやすかっただろう。やはり篝火は暖かいが危険なのだ。
荷馬車から冒険者が降りてくる中、ユウは矢が飛んできた方に体を向けた。すると、今度は離れた場所で明かりが現れ、それが急速に近づいてくる。地面に突き刺さったのを見ると鏃付近が燃えていた。
火矢が飛んでくるその下から蛮族が奇声を上げて近づいてくることに気付く。しかし、暗くて見えない。輝く道の面々が篝火を中心に荷馬車を守るように待ち構えた。そこに蛮族たちが突っ込んでくる。
ユウが最初に相手をしたのは槍を持った蛮族だった。毛皮を着たその男が穂先を向けて突っ込んでくる。それを脇に少し飛んで避け、その顔面へと槌矛を振るった。相手は悲鳴を上げて転がる。それにとどめを刺すと次の蛮族へと向かった。
何度かそれを繰り返していると、ふとサッヴァが戦っているのが目に入る。突っかかってくるだけあって悪くない戦いぶりだ。蛮族の1人を倒す。
これなら安心だと思ったユウだったが、サッヴァが次に選んだ相手を見て目を見開いた。防具を着た蛮族だったのだ。しかし、別人の可能性も考えられる。同一人物とは限らない。
そのとき、ユウの前にも蛮族が現れた。人の心配をしている場合ではない。まずは自分の相手を倒す必要がある。
2人一組の相手を制したユウは再びサッヴァへと目を向けた。すると、左手に剣を持つ防具を着た蛮族が仲間と一緒になってサッヴァの相手をしているのを目にする。防具を着た蛮族は右腕が思うように使えないらしい。心当たりはもちろんある。
「サッヴァ、その防具を着た蛮族は体を拘束する魔法みたいなのを使うよ!」
サッヴァへと近寄りながらユウは忠告を伝えようとした。声をかけるだけでは意味がほとんどないが、それでもあの防具を着た蛮族を警戒してもらわないといけない。
ところが、ユウの声にサッヴァは反応しなかった。聞こえなかったのか無視したのかわからないが、今までと同じように戦おうとしている。
「キェ!」
防具を着た蛮族が気合いを発するかのような奇声を発すると、突然サッヴァは不自然な格好で体の動きを止めた。そして、防具を着た蛮族が首に剣を、その仲間の蛮族が脇腹に槍を突き刺す。
間に合わなかったことを知ったユウだったが、そのまま突っ込んだ。最初に仲間の蛮族の右手を槌矛で潰し、次いでその顔面を殴る。それから防具を着た蛮族に踏み込んだが大きく下がって避けられた。
かつて村内で戦ったときと同じようユウは防具を着た蛮族と対峙する。しかし、時間をかけるつもりはない。即座に突っ込んだ。
「キェ!」
対して、相手も時間をかけるつもりがないのは同じだったらしい。いきなり体を魔法か呪いで縛り上げられた。そこへ突き刺すように左手で剣を持った相手が突っ込んでくる。
防具を着た蛮族相手だと2回目、それ以前も合わせると3度目となるとユウも驚かなかった。全身に力を入れて解除を試みる。そして、その目論見は成功した。
体が動くようになったユウは相手の剣を持つ左手に槌矛を叩きつける。鈍い音と共に剣が相手の手から落ち、強烈な悲鳴が耳を突き刺した。だが、ここで怯むわけにはいかない。もう1度大きく振りかぶると槌矛を目の前の頭に叩き込んで悲鳴を中断させた。
これを機に蛮族たちは徐々に攻めてきた方へと逃げ帰っていく。普段なら追撃をするところだが、視界の利かない暗闇ではそれは不可能だ。
蛮族の去る足音を聞きながらユウたちはその場に立ち尽くした。
翌朝、襲撃された隊商の状況を全員で確認する。まず、荷馬車は幌が何ヵ所か焼けただけで済んだ。火矢の数が多くなかったから消火できたとのことである。また、商隊長以下人足たちも全員無事だった。一方、冒険者の方は輝く道のサッヴァ1人が死亡している。パーティリーダーは目を掛けていたそうで気落ちしていた。
しかし、この場所でいつまでもじっとしているわけにはいかない。いつまた襲撃されるかわからないのだ。出発の準備をするとすぐに隊商は動き出す。
今日も一面曇り空の下、荷馬車が白い轍を残しながら街道を進んだ。




