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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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北と東の海が接する港町

 パーヴロヴィチの隊商は予定通り13日の日の出にヴィリアンの村を出発した。東門から回り込んで東端の街道を北西へと進む。


 降った雪がわずかに積もっているので地平線の彼方まで地面が白い。一面真っ白というほど降り積もってはいないが、一見すると街道がどこにあるのかわからないくらいだ。


 そんな風景なので、ユウとトリスタンにはどこに街道があるのかよくわからなかった。同行する人足によると慣れたらわかるようになるらしいが当面2人には無理そうである。


 センスラの町までの6日間は底冷えする寒さ以外は穏やかな旅だった。蛮族どころか獣すら現れない。冬眠しているのか凍死しているのかわからないが、夜の見張り番をする分には寒さに震えるだけで済んだ。


 町に到着すると、2人はパーヴロヴィチから報酬をもらってすぐに酒場へと駆け込む。冷えた体を温めるために料理と酒を注文して口にした。トリスタンはともかく、ユウはカウンの町以来の酒場だ。約2ヵ月間食べていない肉の盛り合わせにかぶりつく。温かさが心と体に染み込んだ。


 安宿に泊まった2人は翌朝、三の刻の鐘と共に起きた。東端地方のこの頃だと日の出がこの時期なので早朝に起きた気分になる。


 外に出る支度を済ませたユウたちは白い息を吐きながら宿を出た。目指すは同じ木製の防壁内にある冒険者ギルド城外支所だ。


 石造りのしっかりとした建物は小さく、中にも冒険者はあまりいない。室内が閑散としている理由はよそ者にはわからないが、受付係が暇そうにしているのは都合が良かった。


 受付カウンターの前に立ったユウが目の前の職員に声をかける。


「おはようございます。仕事についての相談があるんですけれど」


「どんな相談だい?」


「ウェスニンの町まで行きたいんですけれど、船か隊商の護衛の仕事ってありますか?」


「船の方は今のところ仕事はないな。船自体は港にあるんだけれどよ。でも、この時期は船の数が少ないから、あんまり依頼は来ないねぇ」


「何日間か待っていたら来るってことはありませんか?」


「船の仕事は先月の月末に来てたのが最後なんだよな。こうなるといつ来るかなんてわからんよ」


 首を横に振る受付係を見たユウとトリスタンはわずかに肩を落とした。実際に船舶関係の仕事をするのかはともかくとして、仕事に選択肢がほしかったのだ。こうなると陸路に期待するしかない。


 気を取り直したユウが目の前の受付係に問いかける。


「それじゃ、隊商の方はどうですか?」


「ちょっと待ってくれよ。そっちなら、ああ、1件だけあったぞ。バーディの村行きの隊商の護衛だ。蛮族に襲撃された村の支援物資を送る臨時便で報酬は1日銅貨6枚だな。護衛の冒険者の都合が付けば今日から3日後に出発とある」


「ウェスニンの町までの仕事はないんですか?」


「そっちはないな。今の時期だと村行きがほとんどだ」


「ということは、バーディの村より先の仕事は村で探すしかないということですか」


「そうなるな。少なくともこの町からは出てないよ」


 話を聞いたユウはトリスタンへと顔を向けた。すると、肩をすくめられる。先に進むための手段があるだけましということだろう。確かに足止めされるよりかははるかに良い。


 そんな風にユウが考えていると受付係が話しかけてくる。


「それでだな、実はバーディの村での警護および巡回任務という仕事がある。報酬は1日銅貨2枚、就業期間中の3度の食事と1日分の水は雇い主が提供してくれるんだ。しかも、食事は温かい食べ物で寝床は安宿程度の宿舎が無料ときたもんだ。酒場は自腹だけどな。報酬が若干安いが、仕事の少ない今の時期に安定して長期間働けるってのは魅力的だろう? それと、討伐報酬は魔物が1体銅貨2枚、蛮族が1人銅貨4枚だ。短期間や期間限定での応募でも可能だから、やってみないか?」


 約2ヵ月前に聞いたことのある話をされたユウとトリスタンは顔を見合わせた。この手の募集をしているのは他の村も同じらしい。


 再び受付係に顔を向けたユウが口を開く。


「さっき、臨時便は蛮族に襲撃された村の支援物資を送るためだって言っていましたけれど、そんなに人手不足なんですか?」


「恐らくそうじゃないかな。蛮族と戦って無傷ってわけじゃないだろうし」


「僕たちウェスニンの町に行きたいだけなんで別にバーディの村には興味ないんですよ」


「そんなこと言うなよ。助け合いの精神は必要だろ? この村での仕事を引き受けたら、東端連合への貢献が高くなるから冒険者ギルドの覚えも良くなるんだ。この辺りで仕事をするんなら引き受けて損はしないぞ? だから、この臨時便の護衛を引き受けて、村を守ろうぜ」


「そうは言ってもですね、強制の依頼でもないんですから、受ける受けないは僕たち次第じゃないですか」


「だったら、臨時便の件もなしだ。あれは村の護衛の仕事を引き受けるやつのためにあるからな」


「そんな条件、依頼に書いてあるんですか? 依頼書を見せてくださいよ」


「ふん、字も読めないヤツが依頼書なんて見たって仕方ないだろ」


「ユウ、もういいんじゃないか?」


 隣のトリスタンから声をかけられたユウが顔を向けた。少し渋い表情をしている。


 相棒の様子を見たユウはうなずいた。懐から1枚の書類を取り出す。


「実は僕たち、既にヴィリアンの村で警備任務に就いていたんです。それで、先日満期除隊してここに来たんです。これがその証明書です」


「何だって?」


「僕たちはもう既に充分東端連合に貢献しているはずですから、改めて貢献する必要はないですよね」


 手渡した証明書を見て目を白黒とさせている受付係にユウは説明した。実態を知ってもう引き受けたいとは思えないのではっきりと断る。


「前の村の警備隊の隊長に聞きましたけれど、臨時便の護衛については優先して回してもらえるはずですよね。まさかヴィリアンの村の証明書を無視はしないでしょう? ということで、臨時便の隊商の護衛だけ引き受けますね」


「待ってくれ、バーディの村の警備隊が人手不足なんだ。この前の襲撃で結構やられてな、立て直すのが大変なんだよ」


「そんなにひどい状態なら、僕らが2人入ったくらいじゃどうにもならないでしょう。一体何年間村の警備をさせるつもりなんですか」


「最近警備隊に入ってくれそうな新顔がなかなかこっちにこなくて困ってるんだよ。村からはせっつかれるし」


「ここだとヴィリアンの村からも要請があるはずですよね。そっちはどうなんですか?」


「あっちよりバーディの村の方がひどいんだ」


 満期除隊証明書を見せると今度は泣き落としにかかる受付係を見てうんざりとした。とにかく何でも良いから放り込んでしまえば良いと思っているように見える。トリスタン共々これ以上は付き合いきれなかった。


 今度は相棒が受付係に話しかける。


「いい加減にしてくれ。こっちは先を急いでいるんだ。ヴィリアンの村で2ヵ月近くも足止めされたし、これ以上村の警護はできないんだよ」


「そんなこと言わないでくれ、オレの故郷なんだ」


「だったらなんであんたが警備隊の隊員になっていないんだ。そこまで困っているなら多少体力がなくても受け入れてもらえるだろう」


「オレはこっちで所帯を持ってるんだよ」


「そんなの俺たちの知ったことじゃないだろう。自分の代わりに他人を送り込もうなんて、そんな都合のいい話があるか」


 その後もしばらく押し問答を続けていたユウとトリスタンだったが、話にならないので別の職員を呼んだ。そして、その職員に受付係を代わってもらい、臨時便の護衛の紹介状を書いてもらう。臨時便の隊商には無事に採用してもらえた。


 とんだ受付係に出会ってしまった2人だが、3日間はゆっくりと過ごす。その間、ユウは自伝を少しずつ書き、トリスタンは賭場と娼館に足を運んだ。


 ただ、1日の日中の時間が短いのはいささか困った。何しろ、日の出が三の刻直後で日の入りが五の刻前なのである。特にユウは明るい時間が限られているので書き物があまりはかどらない。なので、日の出前と日の入り後は鍛錬に費やした。


 休暇が終わった翌朝、2人は臨時便の隊商へと向かう。底冷えすると思っていたら雪が降っていた。そのせいで地面に積もる雪がまだ一段と厚くなってきている。


 新雪を踏みしめて隊商の荷馬車までやって来た2人は商隊長の商売人に挨拶をした。そうして乗り込む荷馬車を指定される。今回は先頭だ。


 緩やかな風が雪を斜めに流す中、全員が荷馬車に乗り込むと隊商は出発した。冷風と共に雪が荷台に入ってくるので誰もが寒がる。しかし、毛皮の外套で身を包むくらいしか寒さを防ぐ方法はない。


 ユウとトリスタンも身を縮めてじっと寒さに耐えながら荷馬車に揺られていた。

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