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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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後片付けと次の準備

 巡回任務が終了した翌日、ユウとトリスタンはいつも通り二の刻に起きた。そうして朝食まで済むと部屋に戻って旅に出る支度を始める。


 最初に手を付けたのが荷物の整理だ。今は警備隊から貸与された背嚢(はいのう)に必要な道具を入れているが、これを元に戻さないといけない。


 初めて来たときと同じように寝台の上へとすべての道具を広げ、それを自分の背嚢(はいのう)へと入れてゆく。


「あれ? これってどうやって入れていたっけな?」


「どうした、ユウ?」


「なんか前の入れ方を忘れちゃったみたいで、ちょっと悩んでいるんだよ」


「とりあえず入ったらいいんじゃないのか?」


「それで全部入ってくれるのなら確かに良いんだけどね。そろそろ荷物の量が」


「あー、お前たくさん持っているもんなぁ。そんなに何を持っているんだ?」


「鍋やまな板なんかの調理道具とか、筆記用具の折り畳みの下敷きとか、結構かさばるやつがあるんだ」


「調理道具はわかるが、折り畳みの下敷きって何に使うんだ?」


「野外で物を書くときだよ。前はよく使っていたんだ。最近は安宿で自分のことを書くときによく使っているけれど」


「お前って、無駄そうに見えてちゃんと全部の道具を使っているんだよな」


 呆れと感心がない交ぜになった表情を浮かべたトリスタンが軽く首を横に振った。


 今のところどの道具も必要な物ばかりなのでユウは捨てるつもりはない。そのため、更に大きな背嚢(はいのう)を検討する必要があるかもしれないと思った。


 お互いの道具について色々と言い合いながら荷物をまとめると、借りている道具が手元に残った。使い切った松明(たいまつ)以外の背嚢(はいのう)と麻袋と麻の紐だ。これはすぐに警備隊本部の物品室に返却した。


 その後は武具の手入れと衣服や毛皮製品の手入れだ。武具に関してはよく磨き、傷んでいるところがないか念入りに確認する。衣服についてはほつれている箇所を繕い、毛皮製品については汚れも丁寧に拭き取った。


 今回はトリスタンの衣服をユウが見たが、衣類は汚れていてもほつれがないことに驚く。


「トリスタンのこの服って、いつから着ているの?」


「確か下水路の中に入る前だったから、何年か前だったはずだぞ。どうした?」


「繕ったところがないんだけれど、破れたことはないの?」


「そういえばないな。もう駄目なところがあったか?」


「まったくないから驚いているんだ。へぇ、良い服を着ているんだね。いいなぁ」


「それより早く確認してくれ。寒いんだ」


「ああ、うん、わかったよ」


 上半身裸で全身を覆える毛皮製の外套に(くる)まっているトリスタンが寒そうにせっついた。真冬の冷えた部屋の中なので当然の要求だ。


 借りた服を手早く見て問題がないことを確認したユウはそれを当人に返す。次いでズボンを要求した。こちらも同じように見ると少しほつれていた箇所があったので繕っておく。尚、毛皮製品については相棒に自分でやらせた。


 そうして日が沈み、1日が終わると夕食を食べに食堂へと入る。ここで知り合いと談笑して食事を楽しんだ。もう出発まで残り少ないので話せる冒険者とはできるだけ話をしておく。


 やがて食事が終わって食器を厨房前のカウンターに戻したときに、ユウとトリスタンはニキータから呼び止められた。部屋に引き上げようとしていた2人は目の前に干し肉と黒パンを差し出されて戸惑う。


「ニキータ、これは?」


「明後日の朝に出るんだろ? 10日分あるから持って行ったらいいよ」


「巡回任務はもうないのに?」


「いいんだよ、このくらい。ちゃんと働いた人には渡す習慣があるんだ。明日の夕方に水袋も持ってきたら中に薄いエールを入れてあげるよ」


「ありがとう、助かるよ」


「村を助けてくれたお礼だよ」


 笑顔のニキータが差し出してきた食料をユウとトリスタンは受け取った。思わぬ贈り物をもらって喜ぶ。


 こうして最後の休暇の初日は終わった。




 翌日、この日は夕方に冒険者ギルドへと行くくらいしか用事はなかった。既に出発の準備はほぼ整っているので1日休暇に充てられるわけだ。


 そんな日に何をしようかと考えたユウは、ふととあることを試したいと思った。同じ部屋にいるトリスタンに声をかける。


「トリスタン、この村にも商人ギルドってあるかな?」


「どうなんだろう。誰かに聞いてみないとわからないな。何をするつもりなんだ?」


「前に商売人の人からもらった紹介状がどこまで通用するかって話をしたことがあるでしょ。あれをここで試せないかなって思って」


「あれってたぶん駄目だろうって話にならなかったか?」


「でも、まだ実際には試していないでしょ。1回くらいやってみても良いと思うんだ」


「そんなに言うんならやってみてもいいが」


 賛成でも反対でもないという態度のトリスタンを説き伏せたユウは三の刻が過ぎてから冒険者ギルドへと向かった。そうして暗い感じのする職員に商人ギルドの存在を尋ねると、一応小さいながらもあることが判明する。


 商人ギルドの建物の場所を教えてもらうとユウはトリスタンと共にその場所を訪ねた。村のどこにでもありそうな一軒家である。意を決して声をかけてみると1人の男が現れた。


 ユウは自分の事情を話し、かつてもらった紹介状を差し出して取り引きが可能かを尋ねる。すると、意外なことに特別に取り引きをしてもらえることになった。


 『特別に』という意味がわからなかったユウは疑問を投げかける。


「特別にということは、普通はできないんですか?」


「さすがにどこの誰かもわからない、まったく別の地方の商売人の紹介状は信用しかねます。しかし、あなた方は村を救ってくれた警備隊の方です。この方からのお願いはさすがに断りきれませんよ」


「ああ、僕たち自身に信用があるわけですか」


「目の前で助けてもらうところを目の当たりにしましたから」


 2人は商売人の男の言葉で自分たち自身にそういった信用があることを気付かされた。


 家屋の中へと案内されたユウたちは商売人の男とにこやかに取り引きを始めた。ユウは砂金、トリスタンは宝石を金貨と交換する。取り引きできて安心すると同時に、紹介状が使える範囲は限られていることをはっきりと認識した。


 空が朱に染まった昼下がり、ユウたち2人は再び冒険者ギルドへと赴く。次は今度は警備隊の任務完了の件について暗い感じのする職員に話をした。すると、書類にサインを求められたので2人とも自分の名前を書く。


「はい、確かに受け取りました。お疲れ様です。では、こちらが警備隊の満期除隊証明書になります」


 差し出された書類を見たユウとトリスタンは安堵のため息を漏らした。ようやく契約的にも一区切りついたのである。


 こうなると後は待つだけだ。受付係にセンスラの町行きの定期便についてのお願いをするとギルド室内の隅に立つ。


「今日中に来るかなぁ」


「来るだろう。蛮族の活動も低調な時期に入っているんだからな」


「来なかったら明日の夜は宿屋だね」


「どうせ安宿はいつも空いているだろうから構わないだろう。それよりも飯の方だな」


 などと2人が話をしていると、建物内に4人の男が入ってきた。1人は白髪のくたびれた顔の商売人風の男だ。他の3人は見るからに冒険者である。


「センスラの町から来た商売人のパーヴロヴィチだ。ここの警備隊に入る冒険者を連れてきた」


 受付カウンターに片肘を突いたパーヴロヴィチが頑固そうな口調で言い放った。暗そうな感じのする受付係はそれに応じて手続きを始める。


 予定通りにやって来た商売人を見たユウとトリスタンはお互いに目を向け合った。そして小さくうなずく。


 その間にも商売人のパーヴロヴィチは事を進めた。受付係とやり取りをして、それが終わると連れてきた冒険者3人に一言声をかけ、最後にユウたちに向かって歩いてくる。


「お前たちがセンスラの町に行きたいという冒険者か?」


「はい。これが警備隊の満期除隊証明書です」


「確かに本物だな。よし、ついて来い」


 確認が終わるとパーヴロヴィチが踵を返したのでユウとトリスタンも後に続いた。向かった先は東門近くの空き地だ。


 北門ではないことにユウは首を(かし)げる。


「パーヴロヴィチさん、北門の辺りじゃないんですか?」


「あっちは大穴が空いたままだからここまで来たんだよ。今度の戦いは派手にやったらしいな」


 返答を聞いたユウは曖昧な笑みを浮かべた。まだ埋め立て中だったことを思い出す。


 隊商の荷馬車が集まる場所にたどり着くと、ユウたち2人は他の護衛の冒険者や人足などを紹介された。挨拶を済ませるとパーヴロヴィチに告げられる。


「明日の日の出前までに必ず来るんだぞ。遅れたら置いていくからな」


 伝えられたユウとトリスタンは力強くうなずいた。これでやるべきことはもうない。


 後はこの村を離れるだけだった。

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