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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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雪の降る世界

 12月目前の早朝、ユウとトリスタンは二の刻に起床して出発の準備を整えた。最後に朝食で体の内を温めてから冒険者用宿舎を出る。ほぼ新月の時期である今は月明かりが期待できないので真っ暗だ。


 支給された松明(たいまつ)に火を(とも)して村の西門から外に出て分断の川へと向かう。こんな早朝から既に船頭が渡し場にいた。篝火(かがりび)で暖をとっているその男に寄ると、寒風の厳しい平原での野宿を嫌う冒険者が1日で蛮族の森へたどり着くため、早めに出発することがあるからだそうだ。今や鐘2回分程度しか日照時間がないので、昼間だけ歩くとなると森へは1日で到達できないのである。


 考えることは皆同じだと知ったユウは笑いながら船頭に舟を出すよう頼んだ。暗い中、舟の先に設置された篝火(かがりび)の明かりを頼りに川を渡る。


 川の南岸に上がると2人は南へと歩き始めた。真っ暗な中に2つの小さな明かりが揺らめく。


「それにしても寒いなぁ。まだ冷えるのか。せめて風がなかったらいいのに」


「僕もそう思う。でも、毛皮の製品を買っておいて正解だったよ。これのおかげでかなりましだし」


「こんな寒い日に毛皮の製品なしで過ごしたことがあるみたいな言い方だな」


「昨日一昨日と服を洗濯していたからね」


「ああ、そういえばそうだったな。水浴びだけはしなかったんだっけ」


 最近のユウの様子を思い出したらしいトリスタンが苦笑いした。当人はそんな相棒から目を逸らす。


 予定通り1日で森の端にたどり着いたユウとトリスタンはそこで一泊し、翌朝から森へと入った。平原とは違って湿り気のある冷たい空気が2人を包み込む。


 うっすらと朝靄(あさもや)の広がる森の中は静かだった。木々には葉が生い茂っており、生命のしぶとさを感じさせる。


 警戒するのは周囲だけでなく、足下も同様だ。獣や魔物の他に蛮族の跡も見つかることもあるので油断できない。


 蛮族の跡というところでユウは初めての巡回任務について思い出す。蛮族の足跡を見つけてその罠の裏をかいたまでは良かったが逆に襲われて逃げ出した。いきなりひどい目に遭ったわけだが今では懐かしい思い出だ。しかし、まだ1ヵ月程度しか経っていないことをに気付いて驚く。


 巡回任務は何事もなく進んだ。蛮族の痕跡は見つからず、獣や魔物は可能な限り回避しているので本当に何もない。


 2日間はまったくの手ぶらだった。もう蛮族の活動が低調になる頃なので当然といえば当然なのかもしれないが、先日までの日々を思い出すとどうにも手持ち無沙汰に感じる。


 夕方、2人は適当な場所で野営を始めた。焚き火を(おこ)して体を温める。次いで持ってきた乾し肉と黒パンも炙った。


 いつもならこれで一息ついて談笑を始める2人だったが、今日は焚き火で暖をとっているにも関わらずその表情は硬い。食もあまり進んでいない様子だ。


 乾し肉を噛みちぎったトリスタンが震えながらつぶやく。


「今晩はやけに寒いな」


「そうだね。暦の上では12月になったからかな」


「暦に合わせて気候が変化するなんてあるわけないだろう。それにしても寒い」


「もっと火の勢いを強くしようか」


「賛成。でも、朝まで薪が保つかな?」


「このくらいだったら日の出前くらいまでは保つんじゃないかな」


「朝飯のときに火が使えないのは困るな」


「それじゃもう少し木の枝を集めてこようか。多少湿気っていても今なら使えるしね」


 食べるのを中断したユウとトリスタンは薪拾いを再開した。今度は多めに拾ってきたのでどちらも満足する。そして燃える焚き火に枝木を追加した。火勢が強くなる。


 2人は先程よりも幾分か落ち着いた表情を浮かべて火に当たった。食事を再開すると会話も始まる。


「これとあと1回巡回して終わりかぁ。なんかもっと長くやっていた気がするよ」


「色々とあったもんな。次の巡回を終えても2ヵ月かかっていないのに」


「でも、僕たちはそもそもここで滞在するつもりなんてなかったんだから、長すぎる滞在なんだよね」


「そうなんだよなぁ。やっと終わりというべきなんだよ。報酬も安いし。このままだと6日やって銅貨12枚だぜ? 酒場で1回飲み食いしたらなくなっちまう」


「でも懐かしいな。最初の頃の隊商護衛だと報酬はその額だったんだよ」


「本当かよ? なんでそんなに安いんだ?」


「その辺りの隊商の護衛は傭兵がやるものだったからだよ。そこで冒険者の僕がなんとか仕事にありついたものだから、日当が低かったんだ」


「なるほどなぁ。そりゃ大変だったな」


「まぁね。でも、仕事がないって門前払いされるよりかはましだったよ」


「ああ、うん」


 曖昧な表情で小さくうなずくトリスタンを見ながらユウは苦笑いした。当時は路銀も心許なかったので日当が低くても仕事にありつけたのはありがたかったものだ。それを思うと今は随分と成長したものだと感じ入る。


 その後も2人は食事をしている間は雑談を続けた。日没後の周囲はすっかり暗闇の中なので焚き火の周りだけが人の生きていける世界のように思えてくる。


 夕食が終わろうという頃になると、ユウは地面に何かがふわりと落ちたのを目にした。不思議に思ってしばらくその辺りを見続けていると白い粉のように軽そうなものが落ちてきているのに気付く。


「何だろう?」


「どうした、ユウ。何かあったのか?」


「何か白いものが上から落ちてきているんだ。これってもしかして、雪?」


「え、雪? おお、この綿みたいなのがそうなのか? 確か寒い日に降るんだよな」


「だから今日はこんなに寒いんだ」


「できれば俺たちの巡回が終わってから降ってほしかったよなぁ」


「雪は僕たちの都合なんて考えてくれないからね。仕方ないよ」


 目の前で初めて降ってくる雪を見たユウとトリスタンは寒さで身を縮めながら感想を漏らした。焚き火がないと凍え死ぬと思えるほどの冷え込みを体験しながらだと感動よりも実害の方に目が向いてしまう。寒い地方の出身ではない2人だと尚更だ。


 2人が夜の見張り番を始めてからも雪はちらちらと降り続けた。積もるほどではなかったものの、冷え込みが目に見える形になったようで微妙な思いを抱くことになる。


 そして、交代で眠るときには持ってきた外套が役に立った。全身を覆える毛皮の外套だけでは足りず、持ってきた通常の外套で身を(くる)んだのだ。そうでもしないと地面からの冷え込みに長時間も耐えられない。もちろん、焚き火からは離れられなかった。


 再び夜の見張り番を引き受けた後、ユウは火勢が衰えないよう焚き火に木の枝をくべる。その後は、火を見て、周囲に顔を向けて、そしてたまに相棒へと目を向けた。こうして気を紛らわしながら周囲を警戒し続ける。


 今までもユウは旅をしている途中で何度か冬を体験していたが、この東端地方の寒さは別格だと思い知った。どこかいつもの延長線上だと考えていたがそれは違うと痛感する。今後大陸の北回りで西を目指すことになるが、油断していると簡単に凍死してしまいそうだと実感した。


 焚き火の炎を見ながらユウはぽつりとつぶやく。


「歩く場合でも、薪を集めないとこれは死ぬなぁ」


 隊商の護衛をしているときは荷馬車に荷物を積めるので焚き火の薪も確保しやすい。しかし、徒歩で町から町へと向かう場合は全部自分で背負っていく必要がある。一晩分の薪を何日分も背負うのは現実的ではないことを考えると、道中で木の枝を拾えるかが重要だった。もし集められないと凍死する可能性が高くなってしまう。


 旅先の困難は何も獣や魔物それに盗賊だけではないことをユウは改めて知った。しかも常時その危険がつきまとうことを考えると最も危ない危険とも言える。


 何とかできる方法はないものかと考えながらユウは夜の見張り番を続けた。




 翌日、ユウとトリスタンは冷え込みの厳しい朝を迎えた。薪が絶えることなく焚き火を燃やし続けられたことは幸いである。


 夜の見張り番からそのまま起きていたユウの隣で、眠ってきたトリスタンが起きてきた。すぐに焚き火へ顔と手を寄せる。


「うう、さっぶ。今日はまた一段を冷えるな」


「そうだね。できればずっとこうしていたいんだけど」


「でも、村に帰って暖をとった方が絶対いいよな」


「動いていれば体はそのうち温かくなるから、今は我慢しよう」


「ユウ、今日はどう動く?」


「基本的に村に向かって歩くんだけど、今日はもっと西寄りに行ってみよう」


「前より獣や魔物の数も減ってきているし、今日は何も見つけられないまま終わるかも」


「今はもうその方が良いな。ここでまた面倒なことに当たっても困るから」


「違いない」


 顔を見合わせたユウとトリスタンは静かに笑い合った。再び蛮族に遭遇してまたもや期間延長はしたくない。


 ひとしきり笑うと2人は干し肉と黒パンを取り出して焚き火で炙り始めた。

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