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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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期間延長の要請

 蛮族が去り、討伐隊が戻って来たヴィリアンの村は活気づいた。まだ後片付けさえ終わっていない状態だが、解放感で人々は浮かれていたのだ。


 そんな中、傭兵と冒険者に2日間の休暇が与えられる。本来ならば数日間は与えるべきだが、やるべきことが山積みな上に人数も減ってしまい、警備隊に余裕がないので無理だったのだ。尚、隊員は村内の防衛をしつつ順次休暇を取っている。


 もちろんユウとトリスタンも2日間の休暇を手に入れた。2人ともやることは決まっている。


 ユウは衣服の洗濯と武具の手入れだ。今回の戦いで大いに汚れたので洗うわけである。


 最初にユウがやったことは衣服の洗濯だ。日の出と共に分断の川の河原へと向かうと、村で分けてもらった薪と自分で拾った木の枝で焚き火を(おこ)す。そうしていつものように洗濯を始めた。ついでに体も洗おうとしたがやめる。服を洗うために川で足踏みしてあまりにも水が冷たかったからだ。体は村でお湯をもらって布で拭くことで済ませた。


 次にユウが毛皮製品の汚れを落とすために手入れをする。一応古着屋の店主に話は聞いたが、自分でどれだけ正しくできるかわからない。それでも部屋で帽子、外套、手袋、ブーツを丹念に掃除をした。いずれきちんと手入れできるようになりたいと強く感じる。


 最後にユウは武具の手入れをした。これはいつものことなので慣れたものである。特に今回よく使った槌矛(メイス)硬革鎧(ハードレザー)は念入りに磨いた。


 一方、トリスタンは酒場に出かけた。しかも、給仕女を引っかけられるという酒場兼宿屋である。ヴィリアンの村には娼館がない代わりに、こういう兼用の店があるのだ。そして、休日初日の夜に出かけて2日目に冒険者用宿舎へと帰ってきた。ユウなどはさぞかし満足しただろうと考えていたが、朝帰りしたその表情はしょんぼりとしていたのでどうしたのだろうと首を(かし)げる。しかし、聞きづらかったので理由は聞かなかった。


 このような感じで休日の2日間を2人は過ごしたわけだが、2日目の昼頃に隊長のイグナートから呼び出しを受ける。そして、すぐに警備隊本部の警備室へと向かった。


 イグナートの前に立ったユウは隊長に声をかける。


「イグナート隊長、今来ました」


「ユウ、お前の服は濡れているようだが、どうしたんだ?」


「あーそれは、今朝川で洗濯したんです」


「この冬目前の時期にか? 風邪を引くぞ」


「はい、気を付けます」


「いつものことなんで気にしなくてもいいですよ、隊長」


 横からトリスタンが口を挟むとイグナートが怪訝そうにユウへと顔を向けた。苦笑いする当人を見てわずかに首を傾けるがそれ以上は何も言わない。


 しばらく微妙な沈黙が3人を支配した。しかし、それも長く続かない。イグナートが咳払いをひとつして口を開く。


「まぁ、服の件はいいだろう。それより本題に入る。2人とも、この警備隊の在隊期限が迫っていることに気付いているか?」


「え? あ」


「気付いたようだな。もう数日しかない。でだ、当初は11月末ということだった期限だが、これを引き延ばせないだろうか?」


「蛮族の活動は12月から低調になるんじゃなかったんですか?」


「一番の理由は蛮族に再びこの村が襲われる危険性がまだ残っているからだ。2人とも知っているだろうが、昨日去った蛮族の集団は潰走したのではなく退却した。つまり、また体制を立て直してこちらに攻めてくる可能性があるわけだ。もちろんそれは低いと思っている。しかし、不安はどうしても残ってしまうんだ」


 確かにその通りだとユウは内心でうなずいた。人数が半分以下に減った集団を立て直すとなるとかなり大変だとは思うが、できないとは言い切れない。蛮族の正確な戦力など誰も知らないからだ。なので、手元に戦力を少しでも持っておきたいという気持ちはわかる。


 しかし、ユウとしてはここの仕事を延長してまでやりたいとは思わなかった。危険な上に報酬が安いからである。


 今回の契約では日当が銅貨2枚だが、通常の巡回で何もなければこれに日数分をかけた額が報酬となる。獣も魔物も原則狩るのを禁じられている上に、蛮族をいつも倒せるわけではない。追加報酬という情報料はあるがそれだって1パーティに銅貨100枚だ。ただ、これは危険を自分の判断で回避できる選択肢があるだけまだ良い。


 問題は蛮族と戦争になったときだった。今回の契約では、蛮族を倒すことによる特別報酬は適用されず、戦利品も回収を禁じられていた。これはいつどこから襲われるかわからない戦場で個別の戦果確認をしていては危険だからであり、また集団戦なので誰が誰を倒したかなどはっきりとしないからでもある。その代わり戦時特別手当というのがあるのだが、村の攻防5日間で1パーティに支払われたのが銅貨100枚だった。


 村の財政が苦しいということはユウも聞かされていたが、銅貨単位で生活をしなければならないこの地方でこの報酬額ではやる気になれない。地元の人間や食い詰めた者ならこれでも良いのかもしれないが、ユウは嫌だった。


 隊長席に座るイグナートの話は更に続く。


「それに、今回の戦い、特に村の防衛戦で傭兵と冒険者の数がかなり減ったのがきつい。地元の冒険者で防衛戦に参加した冒険者は半分が戦死した上に、ただでさえ多くない警備隊直下の冒険者を2人失ったからな。できるだけ今の戦力を維持したいんだ」


「どのくらいまで期間を延ばしたいんですか?」


「できるだけ長く、可能なら年内はいてほしい」


「さすがにそれは無理です。僕たちはできるだけ早くウェスニンの町に行きたいんですよ」


「何のために急ぐんだ?」


「冬の厳しさが増す前に東端地方から出るためです」


「冬の厳しさなら12月以降はそう変わらないだろう」


「さすがにそれはおかしいですよ。12月より13月、13月より1月の方が厳しいでしょう」


 随分と無茶を言うとユウは感じた。それだけ戦力が厳しいのだろうと推測する。ただし、杓子定規に11月末で絶対に除隊するとまでは決めていない。期間を延ばすにしてもできるだけ短くしたいとは思っているが。


 両者が一旦口を閉じると、今度はトリスタンがイグナートへ話しかける。


「イグナート隊長、この村にやって来る隊商って定期便や臨時便があるそうですね」


「あるな。それが?」


「来月にやって来る隊商でセンスラの町行きって、いつこの村に来るんです?」


 難しい顔をしてイグナートが黙った。じっとトリスタンを見つめる。


 隊長に目を向けられたトリスタンは笑顔でその目を見返した。そして言葉を続ける。


「その定期便か臨時便が来るときまで期間を延長するっていうのはどうですかね?」


「次はいつだったか」


「センスラの町からの定期便だと毎月半ばと末頃に来るって聞いたことがあるんですが」


「誰から聞いたんだ?」


「昨日、酒場で仲良くなった女の子からです。毎月大体決まったときに来る客が隊商関係者らしいんですよ」


 相棒の話にユウはそちらへと目を向けた。昨日の酒場で仲良くなった女の子というと心当たりは1人しかいない。狙ったのかたまたまだったのかわからないが、内心でよくやってくれたと賞賛した。


 一方、イグナートの方は呆れや苦笑いが混じった複雑な表情を浮かべている。トリスタンが聞いた相手がどんな人物なのかもしかしたら知っているのかもしれない。


 微妙な雰囲気が3人の間に流れた。ユウからは発言しにくい。


 しばらくして、イグナートが小さいため息をつく。


「来月の定期便だと12日頃に村へ到着するだろうな。ということは、2週間程度延長するということでいいのか?」


「ユウ、どうだ?」


「そのくらいだったら良いんじゃないかな」


「なら決まりだ。その定期便に乗れるように手配しよう。それまで巡回の任務を頼む」


「わかりました」


 話がまとまったことで3人の緊張がほぐれた。横から口を出してくれた相棒にユウは感謝する。どのように話を進めようか迷っていたのだ。


 それから明日の巡回についての話を聞くとユウとトリスタンは警備室から出て、そのまま宿舎の部屋へと戻った。


 扉を閉めるとトリスタンが口を開く。


「隊長、随分と強引なことを言っていたな」


「それだけ困っていたんだと思うよ。ただ、話の持って行き方がうまくないとは思ったけれどね」


「ああいう話し合いの仕方をいつもしているんだろうか」


「どうだろうね。冒険者がなかなか居着かない原因のひとつかも」


 実際にその可能性はあるとユウは考えていた。あれでは要求に応じてくれる冒険者は少ないのではと思える。


 ともかく、これでヴィリアンの村に滞在する期限は決まった。後は巡回任務を無難にこなすだけである。


 次の仕事の準備を始めるために2人は道具と荷物の点検を始めた。

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