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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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村の被害を抑えるために

 警備隊の目算では早ければ蛮族との戦闘が始まって4日目に討伐隊が戻って来るはずだった。もちろんこれはまったく妨害を受けずに普段通りに行動できた場合の話だ。実際には更に数日はかかると見込んでいた。


 そのため、戦闘開始から4日目の日没の時点で討伐隊が戻って来ていないのは織り込み済みである。織り込み済みではあるが、実際に受けた被害を目の当たりにすると頭を抱えたくなるのは仕方ない。


 幸い、村内に被害はまだ及んでいなかった。警備隊に協力を申し出てくれた有志の村民にも死傷者はいない。警備隊の村の若者も全員無事なのは村にとって良いことだ。


 ただ、傭兵と冒険者に死傷者がかなり出たのは厳しかった。その数は半数以上にも及び、死者に限っても17人が戦死している。北門は突破され、大穴も蛮族で埋まっている現状で次に攻められたら村を無傷で守るのは難しいというのが警備隊の予想だ。


 日没後、ユウたち冒険者は宿舎の部屋に戻っていた。夕食は六の刻なのでまだ間がある。その間は待機という名の休息だ。


 寝台に座ったトリスタンがため息をつく。


「まさか2人も死んでいたとはな」


「蛮族の森について色々と教えてくれた人だったよね。その後、村での戦いでいつも一緒だったけれど」


 力なくユウは相棒に返事をした。この宿舎に住んでいる冒険者からも犠牲者は出ていたのだ。警備隊本部の前で点呼を取ったときに2人は初めて気付いた。


 蛮族はまだ村の近くから去っていない。このままいけば明日も戦うことになるだろう。そのとき、次は誰が死ぬのかはそのときになってみないとわからない。


 何とも暗い気持ちのまま2人は夕食時を迎えた。食堂で冒険者6人が静かな夕食をしていると、キリルが警備隊本部の打合せ室に来るよう伝えに来た。命令なので従う他なく、全員食事をかき込んで本部へと向かう。


 警備隊本部の大きな方の打合せ室に入ると既に地元の冒険者たちが集まっていた。しかし、雑談している者はほとんどおらず、室内は静かだ。後からやって来たユウたち6人は空いている席に座る。


 それからしばらくしてイグナートが打合せ室に入ってきた。以前よりも空席が目立つようになった室内を見渡すと口を開く。


「諸君、本日はご苦労だった。諸君たち冒険者が奮闘してくれたおかげで村に被害を出さずに済んだ。蛮族にも多数の犠牲を強いることができ、まずは一息つけたと言えるだろう。さて、今回集まってもらったのは、その蛮族に更なる痛打を与えるために夜襲を決行するからだ。知っての通り、蛮族は多数の損害を受けたが、それでもまだ北門の向こう側で陣を張っている。そうなると、明日再び村に攻めてくるかもしれない。そこで、明朝日の出前に奇襲攻撃を仕掛け、明日の昼は動けないようにする。討伐隊がいつ戻って来るかわからない今、わずかにでも時間を稼ぐことは何より重要だ。この朝駆けはそのための作戦である」


 前回の夜襲の打ち合わせのときとは違って今回室内は沸かなかった。ただ、反対しているわけでもないようで、冒険者たちの表情は穏やかか無表情なままである。


 特に言葉もなかったのでイグナートは作戦の具体的な説明に移った。参加するのは冒険者のみで、人数も20人程度なので地元組や警備隊直下組の区別なく1人の指揮官でまとめる。その指揮官は前回の夜襲を成功させた西の防壁の副班長が再び担当することになった。襲撃は二の刻頃に東門から出発し、そのまま蛮族の集団を攻める。ただし、深入りはせずに一当てして本格的に反撃される前に引き上げることになった。


 作戦としては単純なので話し合うことは多くない。しかも前回の夜襲を経験している者たちなので尚更だ。相手に損害を与え、なおかつ出鼻をくじくことができるのならばとやる気を見せる者も増えてくる。


「諸君、今のオレたちは苦しい状況にあるが、それは蛮族どもも同じはずだ。半数以上の仲間を失った連中の士気は高くないはず。あと一撃、この夜襲で奴らの心をへし折ってやろうではないか」


 イグナートの言葉で締めくくられた夜襲のための打ち合わせは終わった。


 宿舎に戻ったユウたち6人は部屋に戻る。夜襲のための準備といっても今回は特にない。


 武具を引っ張り出してきたユウはトリスタンに顔を向ける。


「トリスタンは剣の手入れをした方が良いよね」


「一応ざっとはしていたんだけどな。寝る前にやっておくか」


 自分の武器を取り出したトリスタンから目を離したユウは自分の武具の手入れを始めた。とりあえずきれいに磨いておく。


 あまり長い時間をかけずに手入れを済ませた2人は寝台で横になった。




 一の刻になると目覚めたユウとトリスタンはすぐに支度を整えた。それから食堂へと向かう。用意されていた温かい食事を食べ終えると警備隊本部へと向かった。今回は打合せ室に入ってそのときが来るまで待つ。


 冷える室内で待っていると指揮官から出発の号令がかかったのでユウたちは席を立った。そのまま全員で東門の手前まで歩く。改めて集まって一塊になった。


 二の刻になると東門を警護する隊員が門を少しだけ開ける。その人1人分の隙間からユウたち冒険者は順番に村の外へと出た。


 月明かりがあまり期待できない中、冒険者たちが一列になって歩く。先頭はこの周辺ならば目をつむっても歩けるという地元の冒険者だ。


 防壁沿いに進んだユウたちは蛮族たちの視界に入る手前で立ち止まった。足の速い者が前面に立ち、そうでない者は後ろに立つ。途中で気付かれるのは織り込み済みなので、一歩でも早く蛮族に近づいて攻撃するのだ。


 その前面にユウとトリスタンは立っていた。武器を片手に暗い前方を見ている。


「よし、いくぞ!」


 指揮官の号令がかかった。冒険者全体が走り出す。北門の(やぐら)を警護する隊員からの話を元に計算すると蛮族の陣地まで約200レテムだ。普段なら何てことない距離だが、こういうときは全力で走っていてももどかしい。


 半分を走ったかどうかの時点で蛮族の陣地から声が聞こえてきた。あと少しというところで蛮族たちが次々と天幕から飛び出してきているのを目にする。


 そうして蛮族と直接武器を交えることになった。ユウが、トリスタンが、他の冒険者たちが次々と蛮族へと挑みかかる。


 戦いは最初から乱戦になった。数を正確に知られないためにも冒険者側としてはその方が好都合だ。前と同じく左の二の腕に布を巻き付けているので見間違うこともない。


 ただ、思った以上に蛮族の反応が早かった。冒険者たちが想定していたよりも立ち向かってくる蛮族の数が最初から多い。気付いていたというよりも、油断していなかったという方が正しいだろう。


 1人2人と蛮族を倒していくユウは常に周囲に目を配っていた。いつ退却の号令がかかるかわからないので退路は確保しておく必要があるのだ。一当てして帰るのならば深入りする必要はない。トリスタンは近くで戦っているのが見えた。


 しばらく戦っていると誰かが大声を張り上げる。


「全員、引き上げるぞ!」


「トリスタン、戻るよ!」


「わかってるって!」


 相棒が踵を返すのを見たユウも向かい合っていた蛮族に牽制を仕掛けてから背を向けた。あとは東門まで全力疾走だ。


 ほとんど視界の利かない平原をユウは走り続ける。村の防壁がかろうじて見えるのでそれを頼りに駆けた。背後から蛮族の奇声が聞こえてくる。


 村の防壁に差しかかったユウはそのまま並走した。周囲に同じように駆ける足音がする。


 東門が見えてきたわずかに開いているのをユウは見た。1人また1人とその中に入ってゆく。


 自分もそのまま村の中に入ろうとしたユウは門の近くで立ち止まった。すぐに後ろを振り返る。蛮族の奇声はそう遠くない。


 すぐ脇で立ち止まったトリスタンからユウは声をかけられる。


「ユウ、何やってんだ!?」


「いやちょっと、ああ、逃げ遅れている人がいる」


「あ、おい!?」


 驚く相棒をそのままにユウは東門から離れた。追いつかれたらそれまでと事前に話は付いていたが、助けられる方法があるのならば助けるべきと判断する。


「2人とも、そのまま走って!」


 蛮族に追いつかれそうな冒険者2人に声をかけたユウは腰から丸い玉を取り出した。それを走ってくる冒険者の手前の地面に投げつける。


 煙幕が溢れた瞬間に冒険者たちは走り抜け、追いかけていた蛮族たちはその煙を吸い込んだ。途端に悲鳴が上がり足が鈍る。


 それを見届ける前にユウは踵を返して東門へと駆けた。蛮族の奇声を背に受けながら村の中へと駆け込む。背後で門の閉まる音がした。


 息を切らしたユウはそれを整えるために立ち止まった場所で佇んだ。気付けば汗もかいている。寒いはずの早朝の冷気が今は随分と気持ち良かった。

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今さら気付いたけどレテムってmeterの逆読みか
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