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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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警備隊の反撃(後)

 ヴィリアンの村の攻防3日目、一の刻に警備隊直下の冒険者たちは起きた。まだ周囲は暗闇の中だ。月明かりで非常にうっすらと周囲は見えるが視界は悪い。


 支度を済ませたユウたちは警備隊本部の建物前に向かった。主力班の冒険者たちも集まってきている。篝火(かがりび)がその様子を浮かび上がらせていた。誰もが毛皮製品で身を包んでいるが寒そうだ。


 全員が集まってしばらくするとイグナートが建物の中から姿を現した。全員に顔を向けると白い息を吐きながら声を上げる。


「諸君、ついに奴ら蛮族に怒りの鉄槌を下すときがやって来た。今まで耐えてきた鬱憤をこの一撃で大いに晴らしてきてもらいたい。この作戦の成功は大いに蛮族を震え上がらせるだろう。諸君の健闘を期待する。それでは、各配置場所に向かえ!」


 指示が下ると冒険者たちは東門と南の防壁の見張り台へと向かった。誰もがやる気に満ちている表情をしている。


 奇襲班であるユウとトリスタンはキリルに率いられて南の見張り台までやって来た。そこでマクシムが改めて全員に声をかける。


「それじゃ最後にもう1度手順を確認するぞ。村を出てから一旦川に向かって土手を下りて、そこから蛮族の背後に回り、二の刻になったら奇襲を仕掛ける」


 そこから具体的な手順をマクシムがひとつずつ話していった。全員が真剣に耳を傾ける。


「キリル班長、砂時計はどうです?」


「2回目の半分くらいかな。あと1回回転させて砂がなくなったら二の刻だね」


「それじゃ、砂時計をもう1回転させるまで篝火(かがりび)に当たって待ちますか」


「そうだな、そうしよう!」


 上機嫌なキリルがマクシムの提案に賛同した。しばし8人は3箇所の篝火(かがりび)に分かれて暖をとる。


 ユウはトリスタンと2人で燃え上がる炎に手をかざした。このときばかりは手袋を脱いで直接火に当たる。優しい暖かさが身に沁みた。


 白い息を吐くトリスタンがユウに顔を向ける。


「この作戦、うまくいくといいよなぁ」


「あの蛮族の様子だとこの襲撃はうまくいくと思う。問題はその後なんじゃないかな」


「その後? どういうことだ?」


「東門側の蛮族が蹴散らかされたら、あっちだって当然何か対策をしてくるはずじゃない。人をどこに配置するのかっていう点は隊長たちの言う通りなんだろうけれど、問題はあの防具を着た蛮族がどう動くかだと思うんだ」


「得体の知れない方法でお前を見つけたって奴か。でも、森で出会った奴と北門側にいる奴が同じだってまだ決まったわけじゃないだろう」


「そうだけど、北西からやって来た集団だから同一人物と思って良いんじゃないかな。あいつが東門のところにいて夜も見張っていたらかなり危ないと思う」


「考えすぎだろう。北側の大集団を指揮している奴が東側にやって来て一晩中見張るなんてあり得ないぞ」


「そうだよね」


 相棒に突っ込まれたユウは力なく笑った。可能性としてはあるが現実的ではないことを考えすぎて不安になることは良くない。軽く首を横に振って気持ちを切り替える。


 出撃前に暖をとったユウたちはキリルのかけ声でそのときが来たことを知った。再び全員が集まる。そして、いよいよ村の外へ出た。


 見張り台は全員が登れるほど広くない。そのため、1パーティごとに登ってゆく。


 最初に登ったのはユウとトリスタンだ。経験者のユウが先に縄梯子を使って下りる。地面に足を付けるとすぐに周囲に顔を巡らせた。見える範囲に動く物はない。次いでトリスタンが下りてくる。


 その後も順次1人ずつ村の外へと出てきた。最後にキリルが下りて全員が揃う。


「よし、それじゃユウ、先導してくれ」


「はい」


 班長であるキリルに命じられたユウが腰をかがめて静かに歩き始めた。東門の向こう側にいる蛮族の集団を意識しつつ進む。土手に達すると少し下りた所で立ち止まって振り向いた。全員が一列になってやって来る。


「ここから土手、足下に気を付けて」


 やって来た仲間たちにユウは小声で声をかけた。土手の直前で歩速を緩めた冒険者たちが次々に土手を下りてゆく。


 最後に土手を下りたユウは全員いることを確認すると再び先導を始めた。いつもの巡回とは違って背負う荷物がないので身軽に動けるのは良い。


 ある程度歩いたユウは前回と似た場所で立ち止まると全員をそこで待たせた。その間に土手を上って蛮族の様子を窺う。篝火(かがりび)の側に立つ蛮族の見張りは奇襲班に気付いた様子はない。


 土手を下りたユウはマクシムとキリルに声をかける。


「蛮族はこっちにまだ気付いていないよ。それで、奇襲を仕掛ける場所がここで良いか2人に確認してほしいんだ」


「わかった。見に行こう」


「連中の間抜け面を見てやるぜ」


 2人を伴ってユウは再び土手を登った。そして、3人で蛮族の様子を窺う。キリルはもっと近づけないかとユウに尋ねたが、逆にマクシムはこの場所で良いと主張した。最終的には初撃であるユウの投石が命中しやすいこの場所ということで決着が付く。


 具体的な襲撃地点が決まると後はそのときまで待つだけだった。蛮族の集団の様子を確認させるため、全員に短時間ずつ土手から蛮族を見張らせる。その間に、ユウは手頃な大きさの石を2つ見繕った。


 そうしてついにそのときがやって来る。キリルが砂が残り少ないことを全員に伝えると揃って土手を登り、武器を手にして身を潜めた。


 石を手にしたユウは最も投げやすい場所に位置取って身をかがめる。砂時計を見つめるキリルへと目を向け続けた。やがて、自分へと顔を向けたキリルがうなずくのを目にする。


 合図を受けたユウは立ち上がって石を投げた。続いて2つ目も投げる。どちらも連続して歩哨の顔面にぶつかった。わずかな音を立てて崩れ落ちる。


「よし、突撃!」


 短く鋭い声を発したキリルが叫ぶとそのまま蛮族の天幕めがけて突撃を始めた。他の冒険者たちもそれに続く。


 石を投げたユウも槌矛(メイス)を持って走った。少々出遅れてトリスタンを追いかける形になる。篝火(かがりび)を蹴飛ばして天幕に当てた。


 最初に異変に気付いたのは見張りの蛮族だ。50人程度の集まりなので陣地が小さく、見張りのすべてが村とは反対のほうへと体を向ける。しかし、最も川寄りの見張りが最初に倒されたので襲撃者の陣地侵入を許してしまった。


 次いで反応が早かった蛮族は天幕から武器を持って出てくる。しかし、どこから攻められたのかわからない者がほとんどで大半が東門の方角に体を向けていた。


 奇襲班の面々はパーティ単位でばらけ、明後日の方向を向いている蛮族に次々と襲いかかる。隙が大きい蛮族を倒すことは難しくなかった。


 しかし、そんな状態は長くは続かない。次々と天幕から蛮族が現れるに従って周囲に敵が増えてゆく。手はずでは初動の速い蛮族を倒して混乱を拡大させ、主力班が蛮族と戦い始めたら順次集まるということになっていた。ところが、予想よりも蛮族の立ち直りが早い。


 周りの蛮族を手当たり次第倒していたユウはそのことにすぐ気付いた。1人倒した後にトリスタンへと声をかける。


「トリスタン、主力班は!?」


「まだみたいだ! いや、今出てきた?」


「早いけどみんなと合流しよう!」


「わかった!」


 相棒の同意を得たユウは素早く周囲を見ると最も近くにいるキリルを見つけた。しかも1人で戦っている。驚いたユウはトリスタンと共に慌てて合流した。


 蛮族を倒したばかりで興奮しているキリルにユウが声をかける。


「キリル! なんで1人で戦っているの!? マクシムたちは?」


「おお、ユウか! こんなヤツら楽勝だぜ!」


「落ち着いて! 主力班が出てきたからみんなで合流するよ!」


「よっしゃ、任せろ!」


 完全に1人の戦士になってしまっているキリルを連れてユウは順次仲間と合流していった。マクシムたちと再会したときは奇襲班の指揮を任せ、トリスタンとキリルの保護を優先する。さすがにこの状態では放っておけない。


 蛮族たちから受ける圧力が急に緩くなったことをユウは感じた。東門側の方向で蛮族が主力班と戦う音が聞こえる。


 どうにか9人全員が集まってユウたちが反撃に転じようとする頃には、既に蛮族の集団は潰走を始めていた。戦う蛮族の数が急速に減ってゆく。状況は追撃戦に移ろうとしていた。


 ここでキリルが蛮族の後を追おうとするが、マクシムが全力で止める。これは主力班に任せるべきであり、それに今の興奮状態のキリルでは深追いの危険があったからだ。


 結局、戦闘はその後間もなく終わった。この襲撃で蛮族を概算で30人以上倒すことができる。それに対して冒険者側は主力班の死者が1名で残りは数名が負傷しただけだった。作戦は文句なしの大成功である。


 この報に村内は沸き立った。久しぶりの朗報である。後は蛮族の森から討伐隊が戻って来るのを待つだけだった。

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― 新着の感想 ―
 班長に指名されたんだから無能なワケじゃないんだろうけどなぁ。いや、人手不足でキリルしかいなかったのか。
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