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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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違和感のある蛮族

 古鉄槌(オールドハンマー)が単独で巡回任務に当たる日がやって来た。二の刻の鐘と共に目覚めたユウとトリスタンは出発の準備を整える。


 2人は白い息を吐きながら用意を終えると背嚢(はいのう)を背負って宿舎を出た。日の出まではまだ間があるので周囲は暗いが、幸いうっすらと月明かりがある。しかし、頼りないので松明(たいまつ)に火を点けた。支給されたものなので質は悪いが日の出までなら充分に保つ。


 今回は自分たちだけで行動するので2人はすぐに出発した。村の北門から外に出ていきなり街道を脇に逸れる。そこから分断の川に行き、たどり着いたら東へと足を向けた。


 ヴィリアンの村から川の北側に広がっている蛮族の森の一部へ行くには2通りある。ひとつは東端の街道を歩いて森に出くわしてから入る方法で、もうひとつは分断の川に沿って森に向かう方法だ。


 2人が後者を選んだのには理由がある。蛮族は町や村が築いた文明を避ける傾向があると冒険者たちに教えてもらったからだ。それならば、川沿いに進めば蛮族と出会いやすいと考えたわけである。


 左手に川の流れを耳で聞きながらユウたちは歩いた。2つの明かりに照らされる下でトリスタンの声がユウの耳に届く


「これから2日間は平原を歩きっぱなしか。夏なら1日半で行ける距離なのに」


「こんな暗い中を歩くのは危ないからね」


「せっかく松明(たいまつ)を持っているんだから、日の出前や日の入り後に少し歩けるんだけどなぁ」


「歩くだけならね。でも、こんな明かりを持って動き回っていたら目立って仕方ないじゃない。暗闇の中でも目が見えるなら話は別だけど」


「そうなんだよなぁ。でもそれなら、ここで松明(たいまつ)を使ってもいいのか?」


「今はまだね。この場所で蛮族に見つかるということは、もう村の目の前にまでやって来ているってことじゃない。だったら、村の見張り台で見張っている警備員に僕たちの異変にすぐ気付いてもらった方が良いよ。松明(たいまつ)の動きに異変があれば何かあったって思ってくれるはず」


「俺たち自身が炭鉱の鳥ってわけか。ぞっとするなぁ」


 嫌そうな顔をしたトリスタンが身震いした。異変があったときは自分に何かが起きたときである。面白いはずがなかった。


 しかし、それからしばらくすると東の空から明るくなってくる。それに合わせて周囲も視界が利くようになってきた。この時点で2人は松明(たいまつ)の火を消して捨てる。もう足下は安全だからだ。


 ここからはもう昼間と同じようにひたすら前に進むだけである。この後、ちょうど2日間は同じ光景をずっと眺めることになった。




 分断の川に沿ってユウとトリスタンが歩き続けて3日が過ぎた。3日目からは蛮族の森へと入り、一夜明けて4日目の朝を迎える。


 川から少し離れた森の奥で野営をした2人は食事をしていた。乾し肉と黒パンを火で炙っては口に入れる。その表情は若干眠そうだ。


 トリスタンが大きなあくびをした。それが収まるとユウに話しかける。


「平原は良かったんだけどな。森の中はさすがに歩きにくい。河原を歩けたらいいのに」


「それじゃ目立つからさすがにね。歩きにくくても森の中を歩くしかないよ」


「わかっているって。言ってみただけだよ。ふぁ。あー、やっぱりあと1人はほしいな」


「それは同感。夜の時間が長いから合計の睡眠時間は充分なんだけど、鐘1回分ごとに見張り番をしないといけないからねぇ」


「眠りが浅い上にぶつ切りになるのがしんどい。慣れていてもなぁ」


 何とも気の抜けた会話をしている2人だが、これでも一応周囲への警戒はしていた。


 一旦周囲へと顔を巡らせたトリスタンがユウに目を向ける。


「しかし、今のところ何もないな。平原はまだしも、森に入っても獣や魔物をまだ見かけていないし」


「そうだね。村の南東に行ったときにやたらと魔物に遭ったの嘘みたいだよ」


「随分と極端だよなぁ。というか、あれって絶対おかしいぜ」


「僕もそう思う。でも、仮に蛮族がやったとしたら、どんな方法を使ったんだろう?」


「それは俺にもわからんな」


「でもそうなると、この辺りに不自然な点は今のところはないよね」


「確かに。つまり、蛮族がいる可能性も低いってわけだ」


 笑みを浮かべたトリスタンが火で炙った黒パンを囓った。しばらく噛んでから水袋に口を付ける。


 一方、ユウは不自然な点と蛮族の有無の関連性についてはまだ保留していた。疑ってはいるものの、まだ断定できる材料がないからだ。この周囲についても、蛮族がいる可能性は当然考えている。


 食事が終わるとユウとトリスタンは歩き始めた。予定では、あと1日歩いて1泊し、その後は別の経路で村に帰る予定だ。


 ひんやりとした湿り気のある空気を体にまとわりつかせながら2人は進む。主に森の奥へと注意を払っているが川とその対岸へもたまに目を向けた。今の時期だと昼でも肌寒い。


 そろそろ昼食にしようかという頃、先頭を歩くユウは異変を察知した。トリスタンを制し、物陰に隠れて前方の様子を窺う。


「ユウ、どうした?」


「人の声がする。もう少し先に進んでみよう」


 草木の陰に隠れながらユウは声のする方へと向かった。声は徐々に大きくなり、やがて毛皮を身に纏った蛮族が多数集まっている場所を目にする。


「10人、20人くらい? まだ増えている?」


「もしかして、川向こうからやって来ているんじゃないのか?」


「そっち側も見てみよう」


 小声で話し合ったユウとトリスタンは近くを流れる分断の川へと移った。木の裏手から川の様子を窺うと対岸から数人の人を乗せた舟がこちらに向かってきており、逆に船頭しか乗っていない舟が対岸へと向かっているのが見える。


 しばらく2人で目の前の様子を観察していた。最初は人を運んでいたが、そのうち何か荷物も舟で運ぶようになる。それが何往復も続いた。


 前をじっと見つめていたトリスタンが小声でユウに話しかける。


「これ、どこを襲うために川を渡っていると思う?」


「まだわからないよ。20人か30人くらいだったら街道を通る隊商なんだろうけど」


「問題は100人以上になったらだよな。ユウはどのくらいまで蛮族が増えると思う?」


「何らかの荷物をたくさん運んでいるから、たぶん100人以上は川を渡ってくるんじゃないかな」


「ということは、あの運んでいる荷物は食料とか天幕というわけか。けど、そうなると町と村のどっちを襲うんだろうな」


「この辺りだとセンスラの町ともヴィリアンの村とも言えるよね」


「どちらにせよ襲われることには変わりないんだが、これ、いつまで見張っていればいい? ずっとっていうわけにはいかないだろう」


「見える範囲に100人以上いるってわかったら戻ろう。そこまで人の数が増えたら、どちらを襲うにしろ絶対に町か村にやってくるだろうしね」


 方針を決めたユウは更にトリスタンに川を見張るよう頼んだ。自分は蛮族の集まる場所へと戻る。


 人数を数えている間にもユウの目の前で蛮族の数は増え続けた。50人、70人と増えるに従い、これは確実に100人を超えると確信する。


 そんな中、ユウは1人の他とは異なる姿の蛮族を見つけた。纏った毛皮の上から革の鎧を身につけた蛮族がいたのである。周囲の蛮族に指示を出すそぶりを見せていることから、地位が高いことが窺える。


 蛮族の人数を100以上数えるに至った。これで町か村を襲うことはほぼ確定だ。早く戻って知らせないといけない。


 その場から立ち去ろうとしたユウは最後に蛮族の集団へと目を向ける。すると、防具を着た蛮族が明後日の方を見て何かをつぶやいているのを目にした。そして、ユウのいる方に指を差して騒ぎ始める。


「見つかった!?」


 明らかに別方向へと目を向けていた防具を着た蛮族が自分を発見したことにユウは驚愕した。直前までユウにまったく気付いていなかったことは様子を見ていて明らかだったにもかかわらずだ。


 数人の蛮族が近づいて来るのを見たユウは急いでその場を離れた。そして、トリスタンの元に駆け寄る。


「トリスタン、見つかった! 逃げるよ!」


「は? 嘘だろ」


 声をかけられたトリスタンは目を剥いたが体は即座に反応した。ユウに続いて走り出す。


 背後に蛮族の叫び声を受けながら2人は駆けた。それこそ全力である。


「ちくしょう! 前にもこんなことがあったよなぁ!」


「僕も今思い出した!」


「また日暮れまで走るのかよ!」


「とにかく逃げ切らなきゃ!」


 前回の経験から、蛮族は簡単に諦めてくれないということをどちらも理解していた。少なくとも日が昇っている間は追いかけ回されるのは確実だ。


 それにしてもとユウは走りながら思う。なぜあの防具を着た蛮族は自分の位置がわかったのだろうかと内心で首をひねった。何らかの特別な能力なら厄介だ。


 あいつと対峙するのは嫌だなとユウは感じた。

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