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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第20章 東端地方の蛮族

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単独での巡回

 警備隊長へと直接報告をした翌朝、ユウとトリスタンは二の刻の鐘を耳にしてから起きた。いつものように支度を済ませてから食堂へと向かう。中は既に冒険者の喧騒で溢れていた。


 料理人のニキータから料理を受け取るために2人は厨房前のカウンターへ近寄る。すると、見知った警備隊員の姿を見かけた。ユウが声をかける。


「おはよう、キリル。こんな朝早くからどうしたの?」


「隊長からの連絡を伝えるために冒険者へ声をかけてるんだよ。あー眠い」


「で、連絡って何かな?」


「ユウは古鉄槌(オールドハンマー)だったよな。だったら、三の刻に小さい方の打合せ室へ行ってくれ。次の巡回の話があるから」


「昨日言われたやつだね。わかった」


「ユウたちは残念だったね。今回は討伐組から外されてさ」


「え、討伐組? 蛮族を討伐するんだ」


「そうだよ。結構な人数のね。春以来だから参加できる冒険者はみんな張り切ってるよ」


 幾分かの同情が混ざった目を向けられたユウは何となくうなずいた。攻撃的な計画に人気が集まるのは理解できる。しかし、今回の件については特に何とも思わなかった。


 キリルから連絡を聞いた2人は厨房前のカウンターでニキータから朝食を受け取る。


「ユウ、トリスタン、これがあんたらの分だ」


「ありがとう。寒い日に温かいご飯は嬉しいよ」


「そうだろう。腹いっぱい食べて次の巡回に備えてくれ」


 近くの席に隣同士で座ったユウとトリスタンは食事を始めた。今朝は親しい冒険者は見当たらない。全員先に食事を済ませたようである。


 まずはエールで口を湿らせたユウは黒パンをちぎって肉入り野菜スープにひたして食べた。暖かさが口内に広がって幸せな気分になる。


「やっぱり温かいスープはいいなぁ」


「体の中から温まるからな。ところで、さっきのキリルの話だが、あれって昨日の蛮族を討伐すると思うか?」


「たぶんそうなんじゃないかな。僕らが知っているまとまった蛮族ってあれと前々回追いかけ回された蛮族になるけども、わざわざ討伐隊を送り出すんだから数の多い方だと思う」


「だよなぁ。次はどこを巡回させられるんだろう。まだ行っていないのは南西だったか」


 2人の会話はその後とりとめもない雑談へと移っていった。とはいっても、ほとんど毎日巡回任務ばかりしているので話題は既に尽きている。結局仕事の話へと戻っていった。




 三の刻の鐘が鳴り終わる頃にユウとトリスタンは警備隊本部の打合せ室に入った。キリルから伝えられた通り小さい方の部屋である。ちなみに、大きい方の部屋にも多数の冒険者や隊員が入室していた。こちらが討伐組であることにはすぐに気付く。


 室内には6人の冒険者が既にいた。よく知っているのはマクシムとオレークの2人のみである。12席あるうちの2席をユウたちが占めた。


 その直後、イグナートが入室してくる。ユウはこれに内心驚く。隊長はてっきり討伐組の方に行くと思っていたからだ。


 どうやらそれはマクシムも同じだったらしく、早速声をかけている。


「あっちの方に行かなくてもいいんですか?」


「討伐隊の方はその指揮官に説明させるから構わん。オレは巡回の方の担当だ。さて、全員揃ってるな。では、これより話を始める」


 打ち合わせの開始を宣言したイグナートが今回の巡回についての説明を始めた。


 まず、今回はいくつかの有力な情報を分析した結果、村から南東へ3日ほど進んだ先にいるであろう蛮族を討伐することになった。討伐隊は隊員と傭兵と冒険者の合計60人程度だ。蛮族よりも多少数が少ないが、現在の警備隊の戦力ではこれが精一杯だという。出発の準備にいささか時間がかかるものの、2日以内に出発する予定だ。


 そして、次に森の巡回を担当するこちら側の話になるが、南東以外では冒険者を罠にかけた蛮族の集団を調査したがその姿は見当たらなかった。よって、他にもないかの調査も兼ねて蛮族の森を薄く広く巡回することに決定したのである。


「現時点では、南東にいるはずの蛮族の集団以外はこちらでは把握していない。よって、連中に更なる動きがあるのかを調べるのがこの巡回の目的だ。担当地域は今から発表する」


 今回の巡回の概要を説明したイグナートから具体的な話が始まった。それによると、この8人はいずれも2人組のパーティで、村から南、南西、西、北西の方向の森を担当地域として割り当てられる。


「そして、古鉄槌(オールドハンマー)は北西側だ。分断の川より北側の森だと言えばわかるか?」


「前に見た略地図の通りでしたらわかります。でも、僕たちはそっち方面に1度も行ったことはありませんよ?」


「わかってる。しかし、人手が足りない中、やり繰りした結果なんだ。初めての単独行動だということを理解しているが、何とかやりきってほしい」


「わかりました」


「今回の巡回は、南が6日間、それ以外は8日間とする。これは、最近の日照時間の短さを考えてのことだ。1日に行動できる時間は日に日に短くなっている。気を付けてくれ」


 なかなか厳しい内幕を知ったユウの顔は険しくなった。事前に何が準備できるか考える。


 その後は各パーティからの質疑が始まった。いずれも単独での巡回経験のあるパーティのようなので、その質疑応答から自分に不足していることをユウは身に付けてゆく。


「隊長、担当地域の地図を見せてもらえませんか? 事前に確認しておきたいです」


「いいだろう。後で警備室に来るといい。用意しておく」


「それと、できればここにいるみんなに北西の森について知っていることがあったら教えてほしいんだけれども」


「さっきも言ったが、古鉄槌(オールドハンマー)は今回初めての単独行動でしかも初めての地域だ。皆が知っていることがあるなら教えてやってほしい」


 他の3パーティの面々はそれぞれ顔を見合わせた。しかし、マクシムがユウに知っていることを教え始めると、他の冒険者たちもぽつりぽつりと口を開いてゆく。


 それら他パーティが教えてくれる知恵や知識をユウとトリスタンは真剣に聞いた。ひとつずつ頭に刻み込んでゆく。


 やがて教える側の口が閉じると打ち合わせは終わった。誰もが明日からの準備のために席を立つ。


 部屋から出たユウはマクシムと並んで廊下を歩いた。すると、相手から話しかけられる。


「初めての単独行動が大変なことになったな」


「うん、でも話を聞いていたら、大体僕たちが持ち帰った情報が多いみたいだからあんまり恨めないんだよね」


「まぁな。持ち帰った情報が役に立ったのは嬉しいが、もう先月みたいに逃げ回るのはゴメンだな」


「それは言えているね。今回に限って言えば、空振りが一番幸せなんだろうなぁ」


「蛮族どもが南東側で全滅してくれることを祈ろうか」


 警備隊本部の建物から出るとユウたちはマクシムとオレークの2人と別れた。


 冒険者用宿舎に戻ったユウとトリスタンは食料を手に入れるために食堂へと入る。すると、食事時でもないのに多数の冒険者が集まって騒がしかった。


 2人が足を止めて戸惑っているとザハールが声をかけてくる。


「ユウにトリスタンじゃねぇか! お前ら打合せ室に来てなかったが、どこに行ってたんだ?」


「僕たちは別の打合せ室にいたんだよ。今回は討伐隊には参加しないからね」


「そうなのか。ということは、別の所で巡回するってことか?」


「そうだよ。僕とトリスタンは討伐隊とは正反対の北西に行くんだ」


「残念だなぁ。せっかくの稼ぎ時なのによ」


「まぁ、こういうときもあるよ」


「ザハール、お前は浮かれすぎだ」


「何でだよ! ダヴィットだって張り切ってんじゃねぇか!」


 楽しそうに言い合いを始めたダヴィットとザハールを見てユウは微笑んだ。近くに立つエウゲニーは仕方がないという様子で仲間を眺めている。


 先に用事を済ませようとその場を辞したユウとトリスタンは厨房前のカウンターでニキータに声をかけた。しかし、既に料理人は交代しているらしく昼担当の人物が出てくる。今は忙しいらしく注文を受けた食料をカウンターに置くとすぐに戻っていった。


 食堂を出ると今度はリヴォーヴナと出会う。


「ユウか! お前、さっき打合せ室にいなかったな。討伐には参加しないのか?」


「僕たちは巡回の方なんだ」


「そりゃ残念。確かマクシムのヤツもそうだっけ。こういうとき2人組はつらいよな」


「だったらその分頑張って」


「任せろ! それじゃ、オレは準備に忙しいからこれで!」


 やや早口で会話をしていたリヴォーヴナが片手を上げるとそのまま去って行った。相変わらず騒がしい男である。


 周囲を見ると、どの冒険者もやる気に満ちていた。そのせいか宿舎全体に活気がある。いつもよりも雰囲気が明るい。


 同僚に釣られてユウたちも心なしか気分が浮ついてくる。明日の巡回に備えるためにそのまま自分たちの部屋に戻った。

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